第19話 記念写真

 うちのクラスだけ、異常なまでに自習が多いせいで授業の進行が遅れていると、担任の先生がホームルームで嘆いていた。


 しかし理由は明白で。

 皆が九条さんにビビりすぎて、他のことに手がつかないのである。


 もちろん彼女は普通に過ごしているだけで悪くはないのだけど。

 先生の話を聞きながら、新調された机に肘を置いて悲しそうにしている九条さんをみるといたたまれない。


 やがて彼女は「保健室に行ってきます」と言って教室を抜け出す。

 多分、自分がいることで空気を乱していると自覚してのことなのだろう。

 これじゃあいじめと変わらない。

 やっぱりどうにかしないと、だな。


「なあ、お前九条さんに絡まれて何言われてたんだ?」

 

 カズヤが、不安そうにやってきた。

 こいつもまた、九条さんのことを誤解している。

 まずは身近なやつの誤解からでも解いていくのが先か。


「絡まれてない。それに、あの子はみんなが思うようなヤンキーじゃないぞ」

「へえ、お前もしかして九条さんに惚れた?」

「な、なに言うんだよ……別に、そんなわけじゃ」

「でも、最近お前がよく絡まれてるって話は聞くぜ。案外、惚れられてたりしてな」

「ば、ばか言うな。そんなわけ……」


 そんなわけない。

 とは、言いきれなかった。


 いくら鈍感な俺だって、もしかしたらって期待くらいは持っている。

 ハグしてくれるし、家に遊びに来てもくれるし。

 友人以上の関係になっているのは間違いないと、そう思う。

 でも、それが果たして好きなのかはわからない。

 俺が偏見を持たずに彼女に接してるから話しやすいと思ってくれてるだけなのか、それともそれ以上の感情があるのか。

 それは、やっぱりわからない。


「……まあ、そうだといいんだけどなって」

「へえ、宮永も隅に置けないな。でも、九条さんが不良じゃないとして、あのバカ力は説明がつかんだろ。やっぱり最恐の名をほしいままにするあの噂は嘘じゃないんだって」


 だってあの机の壊れ方、半端なかったし。

 そう言いながらカズヤは身震いする。


 確かに、あんな光景を目の前で見せられたら、誰だってビビッてしまう。

 あれを見せられた直後に、彼女はただの優しい女の子だと弁解しても説得力がないというものか。


 ……でも、また後日と先延ばしにしてる間にも彼女は苦しむことになる。

 恥を忍んで言うべき、か。


「カズヤ、俺は九条さんが優しい子だって知ってる。あれも、その、何かの間違いだ。たまたま机が古かったんだよ。だからあまり九条さんの噂を流さないように、みんなに言ってくれないか?」

「ふーん。よっぽどあの子のことが心配なんだな」

「ま、まあな」

「よし。じゃあ今度うちに遊びにこいよ。ちょっとさ、積もる話もあるだろ?」

「そ、そうだな。うん、お邪魔するよ。明日辺りでも、早速」


 カズヤの家に行くのも久しぶりだし、いい機会だと思った。

 学校では話しにくいこともあるし、カズヤの誤解が解けたら、こいつのことを好きな女子たちからでも伝染していって、九条さんの誤解が消えるかもしれない。


 まずは地道に。 

 でも確実に一歩ずつというところか。


 明日の予定が埋まって迎える放課後。

 今日は、やはり九条さんと二人でお出かけの約束をしている。

 

「宮永君、行こう」

「うん、今日もかわいいぬいぐるみがあるいいね」

「……そ、そだね」

「?」


 一緒に教室を出る時からずっと。

 九条さんの様子が少し変だった。


 手をもじもじさせながら、何か言いたそうにしているのだけど。

 どうしたのと訊くと、なんでもないと言って誤魔化される。

 ただの取り越し苦労ならいいが。


「ちょっと遠いけど、今日は隣町のゲーセンまでいかない? 最近あっちまで行ってないからさ」

「うん、いいよ。あそこは静かだから私も好きだし」


 いつもなら一人で自転車に乗っていけば十分くらいで着く距離だけど。

 九条さんは徒歩の為、俺は自転車を押しながらゆっくりと彼女の隣を歩く。

 まあ、こうして一秒でも長く一緒にいたいので慌てる必要もないかと、ゆっくり歩いていると、九条さんが突然、


「二人乗りって、したことある?」

 

 と。

 前を向いたまま小さな声で、独り言のように呟いた。


「え? まあ、すずねとなら何回か」

「……早く行かないと、かわいいぬいぐるみが誰かにとられちゃう可能性、あるよね?」

「そ、そんなに慌てなくてもあそこは客少ないし問題ないと思うけど」

「で、でも。もしいいなって思った子が誰かにとられてたら嫌だよね?」

「そ、それはまあ、そう、だけど」

「なら、二人乗りで自転車で行った方がいいよね?」

「……そうだね」


 どうやら九条さんは二人乗りをしてみたいそうだ。

 その証拠に、しきりに「荷台ってお尻痛くないかな」とか「私、結構体重軽いよ?」なんて言ってアピールしてくる。

 

 ……ここは覚悟を決めるか。


「じゃあ、後ろ乗って」


 そう言って自転車にまたがると、彼女は横座りでトンと後ろの荷台に腰かける。

 彼女の言う通り、本当に軽い。

 そして細い指で、俺の制服を少しつまんでから、「いいよ」と。


 俺はいつもより少しだけ重いペダルを漕いで、前に進む。


「隣町まで坂がないから、この方が早くていいかもね」

「うん。重くない?」

「全然。九条さんが本当に乗ってるのか、話してないとわからなくなるくらいだよ」


 まあ、それは少々大袈裟な言い方だったのかもしれないけど。

 気分が高揚しているせいもあって、本当に重みなんて感じず。

 むしろいつもより軽い足取りで、あっという間にいつものゲーセンに到着した。


「いらっしゃいませー。あ、宮永君」

「あかねさんこんにちは」

「あら、今日はお友達も一緒なんだ。ゆっくりしてってよ」

「はい、お邪魔します」


 ここは相変わらずだ。

 バイトのあかねさんが退屈そうにカウンターで肘をついてボーっとしていて。

 どのゲーム機もデモ画面が延々と流れているだけの閑散とした場所。


 でも、ここがいい。

 ここなら人目を気にせずに彼女との時間を楽しめる。


「九条さん、早速だけど何かほしいのある?」

「うーん……あ、なんか面白い企画してるよ」

「どれどれ……お店からの挑戦状?」


 中央にあるクレーンゲームの機械に、大きな張り紙が。

 そこには、『この景品をとれた方には商品券と当店専用コイン三千枚をプレゼント』と書かれてある。


 そしてガラスケースの中には、もう人の大きさくらいある丸っこいペンギンのぬいぐるみが。

 たしかにあれをとるのは至難の業だ。


「このペンギンさん可愛い。これ、やってみない?」

「い、いいけど。でも自信ないなあ」

「宮永君ならきっと獲れるよ。私、応援してる」

「……よし。じゃあ挑戦しよう。すみませーん」


 挑戦する前に店員に声をかけてくださいとのことで、早速あかねさんを呼んでゲームをさせてもらうことに。


 ちなみに彼女曰く、未だに達成者はゼロ。昨日も五人の無謀なゲーマーたちが散ったとか。


 でも、俺は燃えていた。

 九条さんにいいところを見せようと、いつも以上に集中力が増す。

 まずはじっくりと、どうやったら最短で落とせるかをイメージして。

 最初のプレイを開始する。


「……あ、全然だめだ。アームの力が弱いなあ」


 まあ、これだけ店が自信を持っている企画が、そう簡単に破れないのは想定済みだったけど。

 予想以上に手ごわいということだけは、最初の一回で分かった。


 まず、景品がデカすぎてアームでは本体を掴めない。

 それに、アームの力も弱く、手足の細いところをつまんでみても、ぬいぐるみの重みですぐに落下してしまうだろう。

 これは厄介だ。

 

 なんとか糸口を探さないと、あっという間にお金が底を尽きてしまう。


「大丈夫?」

「う、うん。なんとかなるよ」


 と、強がっては見たものの内心焦っていた。

 俺が彼女の前でかっこつけれるのなんて、せいぜいゲーセンの中くらい。

 その唯一の場所で醜態をさらしたのでは、話にならない。


 なんとかして、考えないと……。

 そういえば、九条さんが初めて家に来た時、タグがどうこうって……。


「そうか、タグに引っ掛ける系か」


 大体景品のぬいぐるみには小さなタグが付いている。

 その隙間はわずかだけど、隙間が狭いからこそ、そこにハマったアームの爪は抜けにくく、そのままぬいぐるみを穴まで連れて行ってくれる可能性が高くなる。

 

 それしかない。

 針に糸を通すような難易度だけど、俺ならできる。

 なにせ、毎日毎日あてもなく景品をとり続けてきた俺だ。

 狙ったところに爪を入れるくらい、造作もない。


 まずはタグをひっかけやすい位置に調整するために。

 何度かは捨て金になるけど、ぬいぐるみの向きを変えるためにお金を使ってから。


「……よし、入った!」


 ようやく。

 ぬいぐるみの尻尾付近にあるタグを捉えて、おおきなぬいぐるみが宙に舞う。


 おおっ、という声をあげたのはあかねさん。

 そして頼むと見守りながら拳を握って待つ。


 すると、ゴトンという音と共に、下の穴から大きなぬいぐるみが転がってきた。

 成功だ。


「やったー! 獲れたよ九条さん!」

「わーっ! すっごいすっごい!」


 思わず。

 はしゃいでしまって九条さんを見ると、彼女が抱きついてきた。


「すごーい宮永君! かっこいいー!」

「あはは、苦しいよ九条さん。く、くる、しいよ……」

「宮永君、ぎゅーっ!」

「が、ああ……く、九条さんおち、ついて……」

「あ、ごめんなさい!」


 今日ばかりは。

 キュッ、ではなく思わずぎゅっとしてしまった彼女のスコーピオンハングの前に倒れるわけにはいかなかった。

 俺が気絶したらまた、彼女が悲しむから。

 必死に意識を保ちながら、これまた必死に声を振り絞ってなんとか事なきを得る。

 

「はあ、はあ……で、でも無事獲れてよかったよ」

「う、うん。ごめんなさい興奮して」

「大丈夫大丈夫。それより」

「はーい二人とも、記念撮影どうぞー」


 あかねさんが、カメラを持ってこっちにやってきた。

 どうやら、景品ゲットの記念として、写真を撮ってくれるそうだ。


「え、これって」

「ミッション達成者として、うちの店にしばらく飾らせてもらうけどいい?」

「え、えと……九条さんは、大丈夫?」

「う、うん。私は、全然」

「よーし決まり。じゃあぬいぐるみ持ってそこ並んで」


 さっきプレイしたクレーンゲームの前に、ぬいぐるみを間に挟むようにして九条さんと立つ。


 そして、あかねさんの掛け声と共に、ピースをして。


 九条さんと初めて、写真を撮った。

 後でその写真を見せてもらうと、俺は少し緊張していたせいか、笑顔が引き攣っていたけど。


 彼女は、それはそれは満面の笑みで。

 

 ほんのり赤くなった頬が、とても印象的だった。

 


 

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