第47話 お弟子さん?

「……おはよう」


 一限目の授業が終わった後の休み時間に九条さんと登校。

 でも、いつもの癖でおはようとみんなに挨拶をする彼女の目は腫れて、声は枯れていた。


 ただでさえ彼女が遅刻してきただけで何事かと騒がれるのに、様子までおかしいとあって教室の空気は一気に凍る。


「九条さん、声がガラガラだよ……」

「だ、だって……」


 みんな怖がってる。

 でも、それを伝えると傷つけるかもだし、どうしたらいいものか。


「……九条さん、今日は学校サボらない?」

「え、でも……」

「文化祭前で午前中だけだしさ、遅刻ついでだしたまにはいいじゃん」


 もちろん言いたくはないけど、このまま九条さんが教室にいると、先生もビビッて授業どころではなくなるし。

 

「……うん、そうする」

「あはは、じゃあいこっか」


 結局席に着くことなく、俺と九条さんは教室から出て行く。


 その時にクラスから「ふう」と大きめのため息が漏れた。

 やっぱりみんなビビってたなあ。

 だって、


「宮永君、目がかゆい」

「結構腫れてるもんね。あれだけ泣いたらそうなるよ」

「ううっ……」


 目が腫れた彼女の目つきは相当怖いものがある。

 せっかくのパッチリ二重も台無しで、切れ長の鋭い目つきになっちゃった彼女はすれ違う人たちすら寄せ付けず。


 いつも以上にみんなに逃げられてしまうのを察して、しょんぼりしていた。


「どうしよう、学校出てきたのはいいけど、こんな目じゃどこもいけないよ……」

「うーん、それなら眼鏡でもかける? ほら、伊達メガネとか」

「……眼鏡かあ。うん、じゃあ宮永君が選んで」

「うん、さっそく買いにいこっか」


 近くの雑貨屋に足を運ぶ。

 すると、レジの横に眼鏡がずらりと並んでいて。

 

 早速一つを手に取って九条さんに渡す。


「これなんかどうかな。黒縁眼鏡」

「ええと……どう、かな?」

「……」


 え、可愛い。

 めっちゃ可愛いんだけど。


 あれ、いままで眼鏡っ子ってそんなに好みじゃなかったけど、ちょっとこれはヤバいかも。


「だ、だめ?」

「え? いやいやすごく可愛いよ! うん、めっちゃくちゃいい」

「ほ、ほんと? じゃあ、これにしよっかな」


 早速、千円の伊達メガネを買って。

 そのままタグを外してもらって九条さんがもう一度かけ直す。


「ど、どうかな?」

「……」


 ヤバい、めっちゃ可愛い。

 あー、これすごくいい。

 なんか色気が増すというか。


「や、やっぱ変?」

「ぜ、全然そんなことないよ! それ、すっごくいいから学校にもつけていったらどうかな?」

「ほんと? うん、じゃあそうする。ねえ、この後うちにこない? おいしいお菓子あるんだよ」


 すっかり機嫌が戻った九条さんを見て、俺は胸を撫でおろす。

 でも、少しばかり心臓の鼓動がいつもより激しくて。

 まだまだ、九条さんの知らない魅力がいっぱいあるんだなって。

 そんなことを思いながら、二人で九条家に向かった。



「すずね、相談があるんだけど」


 久々のミクとの食事。

 ファミレスなう。


「なに? おにいとのことだったら私」

「おにいさんの件はもういいわよ。もう懲り懲り……」


 何があったかは知らないけど、ミクもようやくおにいたちのことを諦めてくれたようで。

 でも、そうなると相談って何かな?


「もしかして、他に好きな人でもできた?」

「そんなに軽い女じゃないわよ私は。そうじゃなくてアルバイト、何か紹介してほしいなって」

「ミクも? なんか最近お金ない人多いなあ」

「いいから、何かない? すずねは知り合い多いし、よく色んなこと頼まれてるじゃん」

「うーん」


 とはいっても、という感じだ。

 ゲーセンの短期バイトはおにいに紹介したし、まさかミクをおにいと同じ場所で働かせるはずもなく。

 そんなに都合よくバイトなんて落ちてないからなあ。


「ま、帰ったら色々当たってみる」

「さすがすずね。で、おにいさんと九条龍華はうまくいってるの?」

「ラブラブ。心配する必要はないよ」

「ちっ」

「ちっ?」

「う、ううんなんでもない」


 今、絶対舌打ちしたよね。

 ミク、まだおにいのこと諦めてないんだなあ。


 もう少しだけ、この子には監視の目が必要、かな。



「おい小僧、アルバイトを紹介してくれんか?」


 九条家の居間にて。

 二人でお菓子を食べているとおじいさんがやってきて、そう言った。


「バイトですか? うーん、ちなみになんの?」

「道場の掃除じゃ。最近腰が痛くての、本当はこの前入った新弟子に刺せようと思ったんじゃが来なくなって困っとるんじゃ」

「わかりました、帰ったら妹と相談してみます」


 その後、九条さんに対しておじいさんが「ほれ、今日はイチャイチャせんのか?」とか、「ワシのことは気にせんといつものようにちゅっちゅせい」とか。

 茶化してばかりで落ち着かなかったので、結局二人でいつものようにうちに行くことにした。


 ちなみにおじいさんは九条さんのパンチを素手で受け止めていていた。

 化物だな、あの人も……。


「ごめんねおじいちゃんがうるさくて」

「いやいや、大丈夫いつものことだから。それより、あの広い道場を掃除って大変だよね」

「昔はね、お弟子さんがいっぱいいて、その一人が掃除係って感じだったみたいなんだけど、ここ数年、誰も続かなくて」

「そっか。誰か弟子になりたいなんて人がいればいいけどね」


 ていうか、もし俺がおじいさんに入門してたらあの広い道場を全部掃除させられてたってことか。


 ……断られてよかったかも。


「ただいまー」

「おかえりおにい。あ、お姉ちゃんも一緒なんだ」

「こんばんはすずねちゃん。お邪魔します」


 家に人がいるといっても、あのじいさんとすずねとでは月とすっぽん。

 俺たちに気遣ってくれながらあれこれ世話してくれる妹に甘え、すっかりくつろいでいるところで、そんなおじいさんとの会話を思い出す。


「あ、そうだすずね。アルバイト探してる子、知らない?」

「え、ちょうど一人いるのよ。どうしたの?」

「いやあ、九条さんとこの道場の掃除なんだって。一日でいいらしいんだけど」

「ふーん。まあ、訊いてみよっかな」

「頼むよ」


 とまあ、そんな感じでアルバイトの話は終わらせた。

 あまり話が盛り上がって、俺のアルバイトのことにまで話題が及ぶと困るのもあって。


 その後は何でもない話をして、九条さんを家まで送っていって一日がゆっくりと膜を閉じる。



「なんか、掃除のアルバイトがあるみたいだから行ってみる? 住所は後で送っとくから」

「さっすがすずね。仕事が早いね」


 夜。

 すずねから電話をもらって早速アルバイトが見つかった。


 そのあと、住所を見ると結構近所だったしやらせてもらおうと。

 よーし、働いて稼いで、おにいさんにサプライズしちゃうぞー。


 もうすぐ誕生日だもんね、おにいさんの。

 いいよね、別に好きな人に贈り物するくらい。


 えへへー、なんにしよっかなー。

 旅行券でもプレゼントしちゃおうかなあ。



 翌日の放課後。


「確かこの辺……ってここは?」


 地図を見ながらついた場所は、九条家だった。


 嫌な記憶がよみがえる。

 あのちっこいじじいに死ぬほどしごかれたあの日のトラウマ。

 もう、二度と来ないと誓ったこの場所になぜかまた来てしまった。


「ど、どうしよう……逃げないと」

「ほほう、戻ってきたか」

「……わーっ!」


 さっさとその場を去ろうとしたところで、見つかった。

 あのじじいに。

 九条龍華の祖父、格闘マニアの九条龍座衛門に。


「あ、あの、私はですね、その、たまたまこの辺を」

「なあに、脱走なんぞ誰にでもあることじゃ。気にせず戻ってこい」

「いや、だから、そのですね、おじいさん私は」

「ええい、水くさいのう。一度弟子になった人間は身内同然じゃ。ほれ、行くぞまかべえ」

「や、やだー、離して―!」


 この後、あのだだっ広い道場を一人で死ぬほど雑巾がけさせられて。

 壁も窓も全て、汗だくになりながらひたすら掃除させられて。


「えーん、もう勘弁してー!」

「ええい、まだまだ拭きが甘いわ! もう一往復!」

「うわーんっ!」


 辺りが真っ暗になって、体力が底を尽きたところでようやくおじいさんから。


「ほれ、今日の日当じゃ。明日も精進せえ」


 ポチ袋を渡されて。

 中には五千円が入っていた。


 もう、本当に懲り懲りだった……。

 

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