第46話 雨降って?
♠
「じゃあ九条さん、また後でね」
「う、うん。またね宮永君」
放課後、九条さんを家まで送ってから俺も一度帰宅することに。
今日はすずねの紹介によるアルバイトの説明を聞くために、隣町のゲーセンに二人で行くことになっている。
九条さんも知ってる店だから、隠す必要はなかったんだけど。
でも、お金がなくてアルバイトしようとしてるなんて、かっこ悪くて言い出せなくて。
それに、誕生日プレゼントも、やっぱりサプライズで渡したいから。
コソコソしてると、なんか悪いことしてるみたいだな。
「ただいますずね」
「おかえりおにい。私はもう出れるから、そのまま行く?」
「ああ、自転車でニケツしていくか」
「いいねえ。運転よろしくー」
こうしてすずねと外出なんて久々だ。
最近は九条さんとばっかで、兄妹水いらずの時間は夜の少しだけの間だったし。
たまにはこうしてすずねとお出かけってのもいいかなと。
まあ、九条さんだったらすずねにまでヤキモチ妬きかねないけど。
もう帰ったはずだし、さすがにみられることはないかな。
♥
怪しい。
やっぱ怪しい。
宮永君、さっさと私を家に送り届けてどこにいくんだろ。
……ちょっと家の方まで行ってみよっと。
私は、こっそり家を出て宮永家を目指す。
なんか悪いことをしてるような気分になりながらも、早足で家に到着すると、庭にあるはずの彼の自転車がなく。
すずねちゃんに挨拶くらいしようかと思ってチャイムを鳴らすも不在。
どうしようかなあと思いながらも帰る気にはなれず、なぜか隣町に足を向ける。
その途中、前から歩いてくるうちの学校の生徒たちがいて。
会話が聞こえてくる。
「なあ、さっきのってあの宮永だろ?」
「ああ、九条龍華の彼氏とかってやつな」
「でも、後ろに乗っけてた子、可愛かったなあ。中学生か?」
「だろうけどかわいい子だな。あいつ、案外遊び人なんだな」
そんな会話を訊いてしまった。
でも、間違いだと信じたくてその二人組に迫る。
「ねえ」
「く、九条龍華!?」
「ねえ、さっきの話ってほんと?」
「へ? あ、ああ、む、むこうの方に、ニケツして、あの、えと」
「……にゃーっ!」
「ぎゃーっ!」
思わず電柱を殴ってしまって、地鳴りが起きる。
男子二人組は絶叫して脱走、近所の人も「地震!?」と言って家を飛び出してきて大騒ぎ。
それに電柱の表面が砕けてて。
さすがにヤバいと思って私はそそくさと退散。
でも、家に帰ってすぐに部屋に閉じこもって。
泣く。
大泣きだ。
「うえーん、宮永君の浮気者ー! えーん!」
一人で勝手に泣いて。
途中おじいちゃんが外から広告もらってきたとか叫んでたけど返事をする気にもならず。
勝手に疲れて勝手に寝落ちして。
そして気が付いた時にはもう部屋は真っ暗で。
でも、やっぱりそこから起きる気分になんてなれず二度寝。
そのまま、朝を迎えた。
♠
「じゃあ、よろしくお願いします」
バイトの概要を、いつもいる店員のあかねさんから訊いてすずねと帰ることになった。
「あかねさんがすずねの同級生のお姉さんとはなあ。世間って狭いな」
「だね。でも美人だねあかねさん。おにい、浮気したらダメだよ」
「するわけないだろ。俺は九条さん一筋だ」
「あはは、知ってる知ってる。帰ったらどうせ電話するんでしょ」
「ああ、そうだな。早く帰ろう」
また、すずねとニケツして。
さっさと家に帰るとすぐに部屋に行って九条さんに電話をかけた。
しかし。
「……出ないな」
何度か電話をかけてみたが出ず。
風呂にでも入ってるのかもしれないと、そのまま待つこと三十分。
すずねの料理の方が早くできてしまって、先に晩御飯を済ませてから。
また電話を待ったがかかってこず。
そのまま、夜になって。
九条さんからの折り返しがないまま、俺は眠りについてしまった。
◇
「おはようおにい、どうしたの暗い顔して」
「……九条さんと連絡がつかないんだ」
「え? なんで?」
「わかんない……」
朝。
やはり彼女から連絡はないままで。
心配になった俺はまだ登校時間まで随分あるのに、さっさと着替えて家を飛び出す。
「ごめんすずね、九条さんの家に行ってくる」
「うん、気を付けてねー」
何かあったのだろうか。
もしかしたらあの後、買い物にでも出かけた彼女が事故にでも遭って……。
いや、車に轢かれたとしても車の方が大破しそうだけど……。
じゃあ、もしかしてあの後誰か他の人と会ってて、そのまま朝まで……?
いやいやいや、それこそあり得ない。
いくら不安だからって彼女を疑うのはよくない。
でも、連絡がつかないのはどうしてだろう。
とりあえず、行ってみればわかるかな……。
「すみませーん、宮永です」
九条家の大きな門の前に着いて。
インターホンを鳴らして呼びかけると、枯れたような声が響く。
「なんじゃいこのくそ虫が!」
おじいさんだ。
「お、おじいさんおはようございます。あの、龍華さんに会いに」
「おぬしのような不届きものに孫を会わせるもんか。帰れっ!」
「……?」
なんかいつもと様子が違う。
なんだろう、何か誤解されてる?
「あのー、すみませんが何かありました?」
「ええい鬱陶しい。今からおぬしを駆逐してやるからそこで待っとれ」
そう言って通信が途切れると、門が開く。
そして、小柄な老人が姿を現すと同時に俺は、なぜか飛び蹴りを喰らう。
「ぐえっ!」
「この不貞男が! おりゃ、こりゃ!」
「ま、待ってくださいなんのことですか」
「おぬしまだしらばっくれるつもりか。昨日、龍華を置いて別のおなごと浮気しとったんじゃろ」
「は、はあ?」
腹にケリを喰らった後、小突かれながら俺は首を傾げる。
何の話だ? 昨日はすずねと二人で……。
「も、もしかして妹のことですか? い、いててっ」
「妹? おぬし、妹子がおるのか?」
「い、いますよ。それに、昨日は妹と二人で用事があって出かけてて」
「……そやつは中学生か?」
「え、ええ。一つ年下です」
「ほいで、かわええのか?」
「ま、まあ自分の妹を可愛いっていうのもなんですけど、美人ですよすずねは」
「……ふむ、ちょっとそこで待っとれ」
「?」
急に攻撃をやめたおじいさんはそのまま家の中に入っていって。
すると、怒鳴り声が聞こえる。
「ごりゃー龍華! ちゃんと確認してからいじけんかい! 無実の男をタコ殴りにしてしもうたじゃろがー!」
そんなおじいさんの怒号の後、ドドドドッと足音が聞こえてきて。
すぐに玄関から九条さんが飛び出してきた。
「く、九条さん!」
「……宮永君」
「よかった、連絡がつかなくて心配したんだよ。何かあったのかと」
「……ううっ」
「九条、さん?」
「うう、ううっ、うえーんっ!!」
「九条さん!?」
急に泣き出した。
よく見ると目元も腫れていて、髪もぼさぼさ。
そのまま崩れ落ちるように玄関先で泣き出す。
「ちょ、ちょっと九条さんどうしたの?」
「だっでー、宮永君が浮気じだどおもっだー!」
「う、浮気? するわけないじゃんそんなこと」
「うだがっでごめんなざーい! えーんっ!」
ひたすら謝りながら泣き続ける彼女を、朝からずっと慰めて。
ようやく泣き止んだ彼女に事情をきくと、どうやらすずねと買い物に行っていた俺の事を誰かが噂していたのを訊いたとかで。
誤解によって彼女が拗ねていたということだった。
「……すん、すんすん」
「九条さん、落ち着いた?」
「うん……よかった、浮気されてなくて」
「だからしないよ。でも、昨日は用事もちゃんと伝えてなくてごめんね」
「んーん、私が悪いの……疑ってごめんなさい」
目を真っ赤にしたまま彼女は涙を拭いて。
やっぱりというか、まあそうなるよなというかだけど、両手を広げる。
「ハグ……」
「うん、仲直りしよう、九条さん」
「ゔん……、ぎゅっ」
「ぐえっ……」
ちょっといつもより強めのハグは、俺の背骨を矯正するかの如く締め付けてきて。
でも、今日はさすがに我慢かなと耐えていたのだけど段々その力が強くなっていき、最後には。
「ごめんなさいなのー、ぎゅーっ!」
「ぎやああああ」
締め落とされた。
意識が戻った頃には既に朝の登校時間はとっくに過ぎていて。
俺たちは仲良く遅刻した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます