第45話 アルバイトします

「おじいちゃん、お待たせ」

「おお、龍華。そこに座るがよい」


 道場の真ん中で汗を流すおじいちゃんに声をかけて、畳の上に正座すると、おじいちゃんが私にまず一言。


「龍華の男を鍛える話じゃが、あれはなしじゃ」

「え、なんで?」

「まあ落ち着かんか。鍛えてやったところであやつは強くならん。格闘家としての素養が一切ないのじゃ」

「……でも」

「それに、おぬしは強いからあの男に惹かれたのか? おぬしの母、龍美が婿殿と結婚を決めた理由を知っておるか?」

「お母さんがお父さんと結婚した理由? 訊いたことないけど」

「ほほっ、あやつは婿殿が優しいからじゃとかぬかしよった。最初は反対したがのー、まあそれでも幸せそうにしとるから今となってはそれでよかったのじゃと、思っとるんじゃ」

「おじいちゃん……」

「じゃから龍華よ、おぬしも相手に求めるのは強さではなく優しさであるのじゃと、相手にそう伝えてやるがよい。焦って強くなろうとして、そうなれない自分に苦しんであやつが龍華に劣等感を持ってうじうじする未来が容易に想像できるわい。わしはそういうラブコメが大っ嫌いなのじゃ」

「ラブコメって……でも、うん、そうだね。おじいちゃん、たまにはいいこというじゃん」

「なんじゃたまにはとは失礼な。そんな心配する暇があるなら勉強してちゃんとした仕事について稼げと伝えておけ」

「うん。仕事……仕事かあ」


 おじいちゃんの言うことにはすごく救われたんだけど。

 仕事というワードを訊いてまたげんなりする。


 仕事しないとなんだよなあ。

 アルバイト、したくないなあ。


「なんじゃ龍華、おぬしもしかしてお金がないのかえ?」

「そ、そうなの。アルバイトしろってお母さんに言われて」

「そんなもん男に全部払わせたらよかろう。なんじゃ、甲斐性のない男じゃのう」

「そ、そんなのやだもん。今は宮永君に甘えるばっかりじゃヤダもん」


 男の子に全部奢ってもらってる子の話とかも、たまに耳にするけど。

 なんかそういうのって、結局相手に気を遣うだけで対等でいられないというか。

 それに、私から宮永君に買ってあげたいものもあるし。


「よい心がけじゃ。よし龍華、いい仕事を紹介してやろう」

「え、おじいちゃんが? 何の仕事?」

「ちょうどデパートの張り紙を見つけての」

「……わかった」


 結局お母さんと同じ、情報源が張り紙っていつの時代なのよ。

 でも、それに期待するしかないかなあ。


 宮永君……。


 誕生日プレゼント、買わないとだもんね。



「おはようすずね」

「おにい、おはよう。昨日の夜ね、アルバイト一つ見つかったよ」

「え、マジで?」


 朝。

 すずねが朝食を並べながら早速アルバイトの話を持ってきてくれた。

 さすがすぎるぞ妹よ。もうおにいちゃんは終活の際もすずねに頼る未来しか見えないよ。


「あのね、中学の同級生の子の家が隣町のゲーセンを経営してるみたいでね。そこで今度イベントするらしいんだけどその時だけスタッフが欲しいんだって。おにい、ゲーセンよく行くしいいんじゃない?」

「隣町のゲーセン……」

 

 そこは、九条さんと初めてゲームを一緒にした場所だ。

 なんか縁を感じるなあ。

 

「うん、やってみるよ。早速お願いしますって伝えといてくれる?」

「おけー。じゃあ手数料もらっちゃお」

「お、おいおいそれは」

「今度、龍華お姉ちゃんと一緒に三人でお出かけ。それでいいよ」

「……そんなのでいいの?」

「うん。だって、二人の邪魔したら悪いなって思ってたけど、三人でお出かけしたいんだもん」


 なんて言いながら微笑むすずねに思わずほっこり。


 やっぱりすずねは最高の妹だ。



「おはよう九条さん」

「おはよう宮永君、あのね」


 九条さんの家に迎えに行くと、玄関先に九条さんとおじいさんの姿が。


「あ、おはようございますおじいさん」

「誰がダディじゃ!」

「……あの、今日は何か?」

「うむ。おぬし、強くなりたいと龍華に申したそうじゃの?」

「あ、訊いたんですか? はい、できれば修行を」

「断る」

「……え?」

「おぬしは鍛えとる暇があるなら勉強していい大学行って稼げる男にならんかい。不出来な男じゃと龍華と別れさすぞい」

「そ、それは、もちろんですけど、でも」

「龍華に敵う人間なぞこの世におらんわい。それに、男は稼いでなんぼじゃい。おぬしもちゃんと勉強せい」

「お、おじいさん……」

「誰がパピーじゃ」

「……」


 朝からおじいさんにそんなことを言われた。

 でも、なんとなくだけど言いたいことはわかったというか。

 まあ、俺に必要なことって強さとかそういうんじゃないってこと、なんだよな。


「ごめんねおじいちゃんが朝から。私から言うって言ったのに聞かなくて……」

「はは、大丈夫だよ。それに、ああやって話してくれるってことはおじいさんも俺のことを認めてくれてるのかなって」

「あ、当たり前だよ。それに、おじいちゃんがいくらダメって言っても私は……」

「九条さん……」

「と、とにかく鍛える話はなし、だけど。あと、私今日はちょっと用事があって」

「そっか。俺も今日は用事があるんだよ」

「そ、そうなの? うん、じゃあ夜に電話しないとだね」

「そだね」


 用事ってなんだろうと。

 気になったりはしたけど詮索はしない。

 あまり嫉妬深い男は嫌われるって言うし、九条さんに限って隠し事とかはしないだろうから。


 ……バイト頑張らないとな。

 もうすぐ九条さん、誕生日だし。



 宮永君の用事って何かな?

 訊いていいのかな?

 でも、はっきり言わないってことは言いにくいこと?


 ……もしかして、女の人と会う約束を!?


 い、いやいやないない絶対ない。

 宮永君に限ってそれは絶対ない。

 ないんだけど……心配だなあ。

 私ってこんなに嫉妬深い女だったんだ……。


 んー、そういえばこの前ミクちゃんが意味深なことを言ってたっけ?

 も、もしかしてミクちゃんと会うとか?

 そ、それで言いにくくてコソコソしてるってこと?


 ……どどど、どうしよう。

 宮永君が盗られちゃうよー!


「……」


 考え事をしていたら、いつものおはようを言い損ねてそのまま教室に入ってしまった。


 するとクラスのみんなが私を見てきて。

 一人、また一人と目を逸らしていき。


 宮永君も、トイレに行ってしまって。


 そして誰もいなくなった。


 ……。


 放課後、宮永君の後をつけたら怒られるかなあ。

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