第44話 お財布事情
「えー、試験はこれにて終わりましたが引き続き気を抜くことのないように」
云々と。
先生が言うと、クラスメイトはホッと息を吐く。
テストが終わった。
俺も九条さんも、すずねのおかげでなんとかやりきることができて、肩の力を抜く。
「なんとか終わったね、九条さん」
「うん、すずねちゃんのおかげ。でも、これで文化祭だね」
「ほんとだね。高校の文化祭ってどんなのか楽しみだなあ」
それに、九条さんと一緒だし。
楽しみな夏が始まる。
「ねえ、この後ゲーセン寄ろう? 私、ほしいのがあって」
「うん、いいよ。じゃあすずねには寄り道して帰るって伝えとくよ」
今日の放課後は学校中がにぎやかだった。
テストの終わりでテンションが上がった連中が打ち上げだとかいって騒いでいるし、文化祭の準備も早速始まっていつもなら静かな教室に多くの人が残っている。
いつもより騒がしい校舎を二人で歩いていると、「おーい」と。
カズヤが追いかけてくる。
「どうした?」
「あのさ、文化祭のことで二人にお願いしたいことがあるんだけど、いいか?」
「俺たちに? 九条さん、どうする?」
「う、うん。いい、けど」
「よかった、じゃあ中庭で話聞いてくれ。ジュース奢るから」
といって。
三人で移動。
中庭のベンチに座って待っているとジュースを買ってカズヤが戻ってくる。
「いやーすまんな急に」
「で、頼みってなんだよ」
「頼むのはまあ九条さんにだけど」
「私?」
「うん、実はさ」
カズヤが、缶ジュースの栓を抜いてそれを一口飲むと。
九条さんを見ながら、
「ミスコン、出てくれないか?」
と。
「え、ミスコン?」
「ああ、クラス対抗のミスコンの主催任されちゃってさ。うちのクラスなら、っていうか学校でも断トツ九条さんが綺麗なんだし、出てもらうっきゃないなって」
「わ、私、そそ、そんな……」
九条さんがミスコン、か。
いやまて、ミスコンって、水着着たりコスプレしたりするんじゃないのか?
み、見たい……いや、でも他の連中に見せたくない。
ううむ、悩ましい……。
「ちなみに衣装はドレス一着だけだから。露出もないし、どうかな?」
「そ、それなら……宮永君、どうかな?」
「い、いいんじゃないかなそれだったら。うん、九条さんなら絶対優勝だよ」
あ、露出ないんだ。
なんかホッとしたような残念なような……いや、変なこと考えたらダメだ俺。
「じゃあ詳細はまた言うから。よろしく」
カズヤはまた慌ただしそうに校舎の中に戻っていったので、俺たちも帰ることに。
しかし帰り道でも九条さんの顔は浮かない。
「ミスコンかあ。九条さんなら優勝だね」
「わ、私、大丈夫かなあ。恥ずかしいよう」
「大丈夫だよ。俺も九条さんのドレス姿とか見てみたいな」
「うーん……」
「じゃあ、またすずねに衣装選びに付き合ってもらう? ほら、浴衣選ぶのもすずねといったじゃん」
「それ、いいかも。うん、すずねちゃんにお願いしよっかな」
ちょっと乗り気じゃない九条さんにここまでミスコンを勧めるのは少し心苦しい気もしたけど。
やっぱり彼女には出てほしいなって思う。
だって、まだ九条さんは学校の中でも外でも怖い人ってイメージが消えてない。
だから、このミスコンで彼女にいいイメージをもってもらいたいと。
そんな願望込みでこの件を彼女にやってもらいたいと。
いい機会だし、これで彼女が人気者になるのはちょっと嫉妬するかもだけど、友達もできるかなって。
勝手に成功した未来を想像しながらヤキモキしていると、ゲーセンに到着。
今日一番の笑顔を見せる九条さんは早速目当てのクレーンゲームに走っていく。
「見て! このあざらしさん可愛いよ!」
「お、同じようなの持ってなかったっけ?」
「ゴマとは違うもん! それにあの子の友達も欲しいの」
「なるほど」
なるほどよくわからない。
ぬいぐるみのことだけはさっぱりわからないけど、まあこうやってはしゃぐ九条さんが可愛いからいっかと。
完全に思考放棄になるのもいつものこと。
久しぶりだなあと財布を開くと、お金があまり入っていない。
「……あれ」
「どうしたの?」
「い、いや。大丈夫、すぐとるからね」
よく考えると、俺の小遣いって月五千円で、普段なら自分のペースでゲーセンにぼちぼち使うくらいだったからあんまり減らなかったんだけど。
九条さんと知り合ってからはそうもいかず、結構なペースでお金を使ってたこともあって完全に金欠だった。
「……あー、よかったとれたー」
「わーっ! すごいすごい!」
「……」
なんとか、所持金内で目当てのものをゲットできたのはよかったが、しかしこのままではじり貧になってしまうことがはっきりとわかる。
ちょっと控えないとなあ。
文化祭とか夏休みに遊びに行くお金がないなんて、あんまりだもんな。
それに。
「やたーっ! かわいい! ぎゅーっ!」
こんなに嬉しそうな彼女の笑顔を、金欠なんてしょうもない理由で見れなくなるのはあまりに辛い。
……バイトだな。
「宮永君、ありがとー」
「いいよいいよ、とれてよかった」
「じゃあ私がジュース奢るね……あれ?」
「どうしたの?」
「う、ううんなんでも。な、なにがいい?」
「じゃあこれで。いただきます」
結局、この後はお金がなくて他のゲームをすることは諦めて。
二人で一度うちに戻ってから、すずねにテストの報告とミスコンの話をして解散となる。
九条さんが帰った後、俺は一応、ダメ元ですずねに相談してみる。
「なあすずね」
「なあに、お小遣いなら増えないよ?」
「ぐっ……」
「やっぱり。最近お姉ちゃんと遊んでばっかだからそろそろかなって」
「さすがすずね……なあ、何かバイトとかないかな?」
「うーん、何かバイトかあ。明日友達に短期バイトないか訊いてみよっか」
「頼む。お前だけが頼りだよすずね」
「はいはい。でも」
すずねが少し黙り込んで。
うーんと、悩んだ後で俺に言う。
「お姉ちゃんは、お金あるのかな?」
♥
「お母さん、テスト頑張ったからお小遣い増やして!」
「ダメ」
「なんでー!」
私のお小遣いは月に五千円。
友達もいなくてネットくらいしか趣味のない私は、たまに貯まったお小遣いでゲームやぬいぐるみを買ったりするくらいでよかったのでそれに何の不満もなかった。
でも、宮永君と付き合ってから毎日お出かけしてゲーセンに行く頻度も増えて買い食いとかでもついついお金を浪費して。
気が付けばお財布も、貯めていたお小遣いのプールもすっからかん。
お財布の中にはあと五百円しか入っていない。
「あんた、お小遣い増やしてほしければもっといい成績とってからにしなさい」
「だってー、文化祭も夏休みもあるのにー」
「ダメなものはダメ。そんなにお金が欲しかったらアルバイトしなさい」
「あうあうー」
こんな時にお父さんがいたらなあ。
お父さんは私に甘いから、絶対こっそりお金くれるのに。
なんで今、海外出張なのよー。
「そういえば、近所のデパートで短期バイトの張り紙を見たわよ。明日チラシ持って帰ってくるからコツコツ働いて稼ぎなさい」
「やだー、働くのなんて私には無理だよー」
「じゃあ宮永君に早く結婚でもしてもらいなさい」
「けけ、けこ、結婚!?」
「冗談よ。はい、話は終わりよ。それより、おじいちゃんが道場の方で呼んでたわ」
「あ、そうだ。宮永君の特訓の件、お願いしてたんだっけ。うん、行ってみる」
「ちなみに、おじいさまにお小遣いねだってもダメだからね」
「うっ……」
何もかもお見通しの母だった。
アルバイトかあ。
私、人見知りだし知らない人と仕事なんて無理なのになあ。
……でも、金欠なんて理由で宮永君と遊べないなんてヤダ。
私、頑張らないと。
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