第43話 我慢しないとだけど
今回に限っては、他校から不良がやってきてたという事情も加味されて、正門を破壊した件は物損報告書と反省文のみの処分となった。
しかし、あの鉄の塊が宙を舞う様子を多くの生徒が目撃したことによって、彼女の最恐伝説は再び蘇ることとなる。
九条龍華。
最強にして最恐のヤンキー。
暴走族をチームごとぶっ潰す、鉄をも砕く孤高のヤンキー。
なんか、おさまるどころか前よりもキャッチコピーがひどくなっていた。
それに、そんな彼女にあれほど大声で好きだと言わせる宮永隼人とは一体何者なのだと。
そっちもそっちで変な噂ばかりが飛び交っていた。
「……ごめんなさい宮永君、私のせいで」
「い、いや全然。むしろ俺の方がって感じだよ」
「なんで?」
「だって、俺が強かったらあんなヤンキーなんて退けられたのにって。だから……」
だから。
強くなりたかった。
やはり俺が弱いままだと、彼女の最恐伝説は輪をかけてひどくなる一方だから。
それに、俺も変な誤解を受けている以上、絡まれることも多くなるかもしれない。
そんな時に相手を寄せ付けないような強さが欲しい。
「ねえ、テストが終わったら俺、おじいさんに鍛えてもらうこととかできないかな?」
「おじいちゃんに? まあ、おじいちゃんは喜ぶと思うけど、でも厳しいよ?」
「いいんだ。俺、やっぱり九条さんに近づきたい。弱いままとかじゃ嫌なんだ。だから、強くなる」
「宮永君……うん、嬉しい。今日帰ったら話してみるね」
「じゃあまずはテストだね。すずねに怒られないようにしっかりやらないと」
「あはは、そだね。すずねちゃんも怒ったら怖そうだし」
今朝の件に怯えてか、誰もいなくなった教室で二人、笑いながらそんなことを語り合って。
放課後、真っすぐ家に帰るとすずねがエプロン姿で出迎えてくれた。
「おかえり二人とも。さっ、勉強だね」
「ただいますずね。ちょっとくらい休憩させてくれよ」
「ダメよ。先にやることやってから遊ぶの。わかった?」
こういうきっちりしたところもすずねらしい。
仕方ないと、二人で部屋に行こうとするとすずねが、「リビングでやって」
と。
「え、なんで?」
「私の目の届くところでやって。どうせ二人っきりだとイチャイチャするんでしょ」
「そ、そんなことは、ないよ? ねえ、九条さん」
「う、うん……ぜ、絶対キスとかハグとかし、しないよ?」
「……リビングでやってください」
「「はい……」」
絶対キスとかハグとかするじゃんって目で見られたので、敢え無く降参。
二人でリビングの机にノートと教科書を広げてから勉強をスタート。
その間にすずねは晩御飯の支度をしてくれているようだ。
しかしすずねのやつはどうやったらそんなに頭がよくなるんだ?
毎日同じものを食べて、同じテレビを見て、なんなら家事もすずねがやってくれてて俺より時間ないはずなのに。
……頭の出来の問題なのかな。
「じゃあ、九条さん。まずは英語からだね」
「う、うん。英語……英単語覚えないと」
そう言って単語帳を開くと、チラッとこっちを見る。
どうやら、キスがしたいようだ。
「九条さん、今はさすがに」
「しゅん……」
「あ、あとでね。我慢だよ」
「我慢……うん、わかった」
英単語を音読しながら、必死に暗記しようとする九条さんは、しかし十分くらいするとまた俺の方をチラッと。
「……」
「九条さん、すずねがそこにいるんだから」
「わ、わかってるけど……今日、してないもん」
「……じゃあ、ちょっとだけ、なら」
「うん」
すずねが振り向かないか横目で確認しながら、九条さんとちょっとだけキスをした。
なんか、すんごい悪いことをしてるような気分になって、いつも以上に心臓がバクバクする。
でも、さすがにこれ以上はまずいからと、九条さんをなだめているとすずねが「勉強捗ってるー?」と声をかけてくる。
「う、うん。大丈夫、順調だよ」
「そっかそっか。じゃあおかずの準備ができたら二人にテストするから」
すずねは、そう言ってからずずっと料理の味見をする。
よかった、バレてないみたいだ。
「九条さん、もう少しだから頑張ろっか」
「うん。元気出た。えへへっ、そっち行っていい?」
「う、うん」
なぜかキスをすると甘えたいモードになるようで、九条さんは俺の隣にピタッとくっついて、英語の教科書をじっと見つめる。
いつもながらにいい香りがして、今度は俺が我慢できなくなりそうになるが、必死に堪えながら数式を解く。
もちろん、全くもってダメだった。
XやらYやらに何が入るのかさっぱりわからない。
因数分解どころか集中力がバラバラに崩壊している。
そして何もできないままタイムアップ。
すずね先生がやってくる。
「はい、二人とも準備はいい? 今から私が出す問題を解いてね」
すずねは俺たちの為にわざわざテストまで作ってくれていた。
どれだけ優秀なんだよすずね。お兄ちゃんは嫉妬してしまうぞ。
「これ、すずねちゃんが作ったの?」
「はい、もちろん。これが解けたら平均点くらい軽いですよ」
と、軽く言う我が妹。
多分彼女なら、今からうちの学校に来ても学年一位は軽そうだ。
ううむ、しかしだ。
見せられた問題なんだけど、結構難しい。
さっきまでダラダラと解いていた問題集で似たようなことをやったはずなのに、頭が働かない。
「じゃあ、三十分でやってね。その間、わかんなかったら質問はオッケーです」
「「はーい」」
女子中学生にテストを作ってもらって勉強を見てもらって。
なんなら質問も受け付けますと言われるバカなカップルがここにはいた。
俺たちだった。
ほんと、バカップルだ。
「……すずね、ここいいかな?」
「おにい、まず考えてから質問しなさい」
「はい……」
「す、すずねちゃん、この文章の意味だけど」
「わかんない単語があったら、前後の文脈から読み取るのも一つですよ。考えてみてください」
「はひ……」
自分に厳しく、他人に優しい。
でも、決して甘やかさず、何が人のためになるかを一番わかって行動できるスーパーガール。
我が妹。
宮永すずね。
彼女のスパルタは俺たちの想像を超えていて。
イチャイチャする暇も隙も一切与えてもらえず。
結局二時間にわたる熱血指導を受けた俺たちは。
クタクタだった。
「よし、じゃあ今日はここまで」
「だーっ! 終わったー」
「あうう、疲れたよー」
「大袈裟ね二人とも。じゃあ、これから晩御飯の支度するからちょっと休んでて」
そう言って、すずねはキッチンに戻るのかと思いきや。
「そうそう、胡椒切らしちゃったからちょっとコンビニ行ってくるね」
そう言って、さっさと家を出て行った。
「……やれやれ、すずねはスパルタだなあ」
「でもすごいね。私たちより全然勉強できるって」
「あいつは天才だよ。ほんと、尊敬するなあ」
「……でも、今はいないんだよね?」
「九条さん?」
「んっ。今のうちに、したいな……」
「え、えと、うん……」
「きゅっ」
きゅっとハグして。
キスをして。
もしかしたら、九条さんとこうしたいこともすずねに見破られてて、気を利かせて出て行ったのだろうかと思うと、やっぱりすずねはすごいなあと。
感心させられながらも甘えてくる九条さんにやがて夢中になって、すずねが帰ってくるまでリビングで九条さんとくっつきっぱなしだった。
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