第42話 イチャイチャしたい
「おい、あいつがあの九条龍華に勝ったって噂の一年だぞ」
「まじか、やべえな。目合わせたら殺されるぞ」
なんか、不本意な形で九条さんの噂話が少なくなった。
彼女は絶対無敗の最強最恐ヤンキーとして恐れられていたので、その彼女に土がついたと知れると、途端に興味が薄れたようで。
代わりにその相手と噂される俺の方にみなの興味が集中している。
「……九条さん、よ、よかったね」
「なんかすっごく複雑……宮永君に迷惑かけちゃってる……」
「だ、大丈夫だって。それに、今のところなんの被害もないし」
被害はない。
それは嘘ではないのだけど。
まあ、しかしすれ違う生徒たちにすごい目で見られるようにはなった。
今までは、九条さんの隣を歩く召使いみたいに見られていたのに今では逆に彼女を従える最強ヤンキーと誤解されている。
これ、結構辛い……。
九条さんは、ずっとこんな気分だったんだ。
そう思うと余計に胸が苦しくなる。
……うん、これでよかったんだ。
九条さんじゃなくて俺が怖がられてたら、そのうち彼女は普通の人になって。
友達だって自然にできるはずだから。
何事もプラス思考がいいと、以前すずねに言われたことを思い出しながら下校。
今日は二人で図書館に寄って勉強だ。
「ここだと、柄の悪いひともいないし平和だね」
「うん。でも、私語厳禁って書いてるからあんまり話せないね……」
「集中してさっさと終わらせて、ちょっとだけゲーセン行こうよ。昨日結局いけなかったし」
「うん!」
そんなんでいいのかと言われそうだけど、まあ、楽しみもないと勉強も捗らない。
だからさっさと今日の分を終わらそうと、二人で図書館の机に座って横並びで勉強を始める。
広くて、とても静かなのに人が多いこの場所ではとてもイチャイチャする空気になんてならず。
勉強が捗るなあと、せっせと筆を走らせていると九条さんが、止まる。
ピタッと、鉛筆が止まる。
「ど、どうしたの?」
小声で彼女に訊くと、プルプルとその手が震える。
……トイレ?
「九条さん?」
「……したい」
「へ?」
「イチャイチャ、したい……」
「え、今なんて」
「イチャイチャしたいの!」
九条さんの恥ずかしい叫びが、静かな図書館中に響く。
誰もが目を丸くしながらこっちを向いて、やがて声の主が九条龍華だとわかると皆が皆、そそくさと図書館から出て行った。
「く、九条さんまずいよ……」
「……」
冷静になったのか、みるみる顔が赤くなっていく彼女は、やがてじわっと目に涙を浮かべ、そして。
「にゃーっ!」
脱走した。
「ま、待って!」
「やだー、もーやだー!」
すごいスピードで駆けていく彼女を追って俺も図書館を飛び出す。
図書館のマナーもへったくれもなかった。
「ま、待って九条さん!」
出口付近で開店扉に戸惑っていた彼女を捕まえた。
「はあ、はあ……九条さん、落ち着いて」
「や、やだ、恥ずかしい……私、はしたないもん……」
「と、とにかく出よう。ね、ここじゃまずいから」
彼女を急いで連れ出してから、近くの公園に避難。
まだ、少し落ち込んでいる様子の彼女の為にジュースを買って渡す。
「はい、これ」
「……ごめんなさい」
「いいよいいよ。静かなとこ、苦手なんだね」
「静かなのは好き、なんだけど……なんでかな、宮永君が隣にいるとね、ドキドキして勉強どころじゃないの。落ち着かないの……」
「九条さん……うん、俺もだよ。九条さんがいると勉強なんて手につかないよ」
「じゃ、じゃあ」
「でも、一緒に勉強できることも嬉しいからさ。だから、やっぱり一緒に勉強して、一緒にいい点数とりたいなって」
「宮永君……う、うん。私も一緒にいたいもん。だから我慢、する……」
少し口をとがらせながら、渋々と言った様子でそう話す彼女はなぜかそのままとがらせた口元を向けてくる。
「ん」
「え、今我慢するって」
「今は勉強中じゃないからいいの。んっ」
「……うん」
甘えん坊だなあと、彼女にキスをする。
外の風に吹かれながら、少し悪いことをしているような気分のまま、外が暗くなるまで彼女とベンチでイチャイチャしていた。
◇
「ただいまー」
夜、帰宅するとすずねが出迎えてくれる。
「おにい、おかえり。今日はちゃんと勉強した?」
「う、うん。まあ、なんとか」
「ふーん。でも、来週はもうテストなんだから追い込まないとだよ。明日はお姉ちゃん連れてきてね」
「な、なんで?」
「勉強の成果を私が見てあげるの。テストの前のテストね。おけ?」
「わ、わかった」
明日はすずね試験官による模擬テスト、らしい。
前にも言ったけどすずねはめちゃくちゃ頭がいい。
正直高校一年生レベルの勉強なら今でも満点取れるくらいに頭がよくて、多分俺たちよりも今すぐいい点数をとれるレベルだ。
だから誤魔化しはきかないと。
部屋に戻ってから、この日は徹夜で勉強をする羽目になった。
キス……我慢しないとだなあ。
◇
「九条龍華はいるか?」
朝。
正門前で九条さんを探す男の姿を発見する。
金髪の、オールバックの学ランのボタンを全部開けているヤンキーのような姿は他校の生徒だろうか。
「九条さん、知り合い?」
「ううん、知らないよ? 誰だろ?」
心当たりのないその姿に怯える九条さんを見つけたそいつは、「あっ!」と大きな声をあげて近づいてくる。
「九条龍華だな」
「は、はい……あなたは?」
「俺は大門。
「……知らない」
九条さんもだけど、俺もこの男が誰かなんて知らなかった。
ただ、荒い口調やいかつい人相を見る限り相当割るそうな人だってくらいは想像がつく。
「知らない? まあいい。で、九条龍華。お前に話があるんだ」
「な、何でしょう?」
「俺と付き合え」
「……え?」
急な告白だった。
横にいる俺のことなんて見えてもいない様子で、強引に彼女の前に立つと踏ん反りかえって告白。
「俺の女になれ。お前のこと、前から目つけてたんだよ」
「……ヤダ」
「照れるなって。それに最近変な男に騙されてるって噂だけど、どうせそんなのは詐欺だ。お前の魅力は俺にしかわからん。付き合え」
「お断りします……」
「はは、そういう遠慮深いところも嫌いじゃないぞ。いい、ますます気に入った。よし、俺の女にしてやる」
全く話を聞かない奴だった。
そして周りも見えてない。
なんだこいつ。
「あ、あの。私は好きな人がいるの」
「ああ、言わずともわかってるって。俺に惚れない女なんていないからな」
「だ、だから」
「よし、行くぞ龍華。お前は今日から俺の女だ」
やはり話を聞かず、彼女の手を取ろうとする男に、さすがの俺も限界だった。
その手をはらいのけて、九条さんの前に立つ。
「おい、迷惑してるだろ。なんなんだお前」
「……あ? なんだよお前。もしかしてお前も龍華のことが好きなのか?」
「か、勝手に九条さんを呼び捨てにするな! 俺はこの子の彼氏だ!」
「……ほう」
朝の正門で。
九条さんを庇うようにして、俺はヤンキーと対峙する。
その様子に登校中の生徒が足を止めて一人、また一人と野次馬のように群がってくる。
「お、お前なんかには指一本触れさせない」
「はは、いい度胸だなお前。この俺が粛清してやるよ」
男は拳を握る。
あ、多分殴られるやつだと、すぐに察しはついたけどどうしたらいいかさっぱり。
喧嘩なんて無縁も無縁だった俺だから、そもそも喧嘩の仕方がわからない。
でも、このままやられるわけにはいかないと、必死に身構えると後ろから九条さんが。
「いい加減にしてっ!」
そういって、正門を。
蹴った。
すると、鉄製の門が。
重たくて、開けるだけでも全体重をかけて思いっきり押さないと動かないようなそれが。
吹っ飛んだ。
レールから外れ、グラウンドの中に巨大な門がゴロンゴロンと。
そしてへしゃげたそれは無造作に横たわった。
「あ……」
「誰か知らないけど、いい加減にして! 私はね」
怒った彼女は、無残に散った正門を見て腰を抜かすヤンキーに向かって。
全校生徒が注目する中で彼女は、大きく息を吸い込んでから、叫んだ。
「私は宮永君のことが大好きなのー!!」
いつぞやの日に、クラスでそんなことを叫んでから。
クラスメイトは俺たちの関係を知ってくれてる様子だったけど。
まだそんな事情を知らない他クラスや他学年の生徒たちは、校庭の隅っこで叫ばれた愛に目が飛び出るほど驚いた様子を見せて。
しかし怒った様子の彼女を見て、ざわざわしながらもそそくさと校舎へ避難していって。
腰を抜かしたヤンキーは取り残された。
「あ、あの……九条、龍華?」
「私の名前を気安く呼ばないで! 私は宮永君がいいの! 宮永君しか嫌なの! どっかいけー!」
「し、失礼しましたーっ!」
走り去っていったその男。
大門修吾という男は、実は勘違い野郎だけど結構すごい奴だったそうで。
この一帯の暴走族をまとめ上げるガチもんのヤンキーだったそうだけど。
涙と鼻水と小便を垂れ流しながら敗走する彼の姿を多くの暴走族メンバーが目撃したそうで。
九条さんによってその軍団ごと消滅したとかなんとか。
まあ、噂なので真偽のほどは定かではないが。
ただ、九条さんの愛の告白を全校生徒が聞いていたのは紛れもない事実で。
それは噂というより本人の口からきいた話として周知の事実となり。
俺と九条さんが付き合っていることが、全校生徒に知れ渡った。
そして、先生に彼女と一緒になって怒られた。
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