第48話 チャレンジャー
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「ええと、この看板をここに置けばいいんですね?」
「うん、そうそう。男手って助かるわー」
今日は人生初バイトの日。
今日はゲームセンターのイベントで、なんでもプロゲーマーの人がやってきて取材があるとかで。
多くのギャラリーが押し寄せることが期待され、俺はその整理係と機材なんかの搬入を主な仕事として任されることになった。
「でも、宮永君がうちでバイトとはねえ。これも何かの縁だね」
「はい、あかねさんと一緒に働くなんて思ってもみませんでした」
「そういや、あの金髪の子は元気? ちょっと最近みないけど」
「ええ、元気ですよ。実は、その、あの子と付き合いまして」
「まじ? うわー、いいじゃんいいじゃん。その辺ちょっときかせてよー」
「ま、まあ、仕事おわったら」
あかねさんは、どういうわけか九条さんのことをあまりよく知らない。
大学生で、普段は地元を離れているからだろうけど、そういう人だからこそ、九条さんのことを気兼ねなく話せるとあって、少しばかり惚気ていると。
「失礼しまーす」
大学生くらいの、茶髪のイケメンが店にやってきた。
「あ、こんにちは大井さん。今日はよろしくお願いします」
「ああ、よろしく。じゃあ早速何か遊んでていい?」
「ええ、ごゆっくり」
あかねさんが案内すると、昔ながらのアーケードゲームにお金を入れて、イケメン男性が一人で遊びだす。
チラッとその様子を伺うと、凄まじい腕前だ。
「あの人が今日のゲストの大井さん。大学生でプロってすごいよね」
「へえ。かっこいいですね」
「それに、大学ではボクシング部に入ってるらしくて。そこのパンチングゲームも彼が記録持ってるのよ」
あかねさんの指さす先を見ると、パンチングゲームのランキングが貼ってある。
その一番上には大きく『大井京太』と。
ううむ、イケメンでゲーム上手くてなんでもできて、か。
世の中は不公平だなあ。
「お? 大井さんがいるぞ」
「え、どこどこ? うわあ、かっこいい」
そして彼の様になる姿と、ゲーマーには知名度抜群なこともあってかすぐに人だかりが出来る。
俺は、看板とコーンを設置して邪魔にならないようにとギャラリーの整理を始め。
やがて取材のためのカメラなんかも入ってきていよいよ取材らしくなってくる。
「えー、では今から現役大学生プロゲーマー、大井さんによるゲームセンター内の機種全部でランキング一位をとれるかチャレンジが始まります」
どうやら、今日は彼がこの店にあるゲームを全て制覇するという企画らしい。
そして早速レーシングゲームに座った彼は、ものすごい勢いでコースをクリアしていき、すぐにレコードをたたき出す。
「おおー!」
ギャラリーも、さすがの腕前に大きな歓声をあげる。
それに気をよくした彼は続いて格闘ゲームに。
それもあっさり全クリ。
クリアタイムもレコードを出して、得意げだった。
「はは、楽勝じゃん。それなら次はパンチングゲームかな。これ、自己ベスト出しますよ」
パンチングゲームの彼の持つ記録は四百。
マックスが五百らしいが、世界最強の格闘家とやらがたたき出した世界記録が四百五十とかで、彼の数字は日本記録なんだとか。
「さて、世界記録出そうか」
そう言って、グローブを右手に装着したその時。
「ちょっとまったー」
棒読みの割り込みが入る。
「実はここで、チャンピオンに挑戦者が来ています。今回はその方に勝つことで企画クリアとさせてもらいまーす」
リポーターが大根演技で読み上げると、ギャラリーをかき分けて金髪の女性が……。
「九条さん!?」
なんと、挑戦者として現れたのは九条さんだった。
彼女は、顔を真っ赤にしながら緊張している様子。
しかしギャラリーの一人が「九条龍華だ!」と、彼女の存在に気づくと、ざわめきが大きくなっていき、なぜかみんなじりじりと後ろに下がっていく。
「えー、女の子? しかも可愛いじゃん。高校生?」
「あ、あの、私は、ええと、くじょ、くじょじょ、りゅう、きゃっ!」
噛み噛みだった。
無理はない。カメラを近くで向けられて、多くの客に囲まれるこの状況に彼女が耐えられると思えない。
いや、それよりもまず、なんで彼女がここに?
♥
今、私はゲームセンターにいる。
ほんの少し前、家に帰った私におじいちゃんが部屋に来て、アルバイトのチラシを持ってきてからとんとん拍子でこうなった。
「龍華、アルバイトのチラシじゃぞ」
おじいちゃんに渡されたチラシには、「挑戦者募集!」と大きく書かれていた。
「これは?」
「なんでも取材のゲストでちょっと参加するだけでお金をくれるそうじゃ。良さそうじゃったから勝手にエントリーしたら受かっとったぞい」
「え、なんで勝手に応募しちゃうの? で、いつ?」
「今日じゃ。ほれ、そろそろ行かんと間に合わんぞ」
「え、え、え? うそ、今から?」
「そうじゃ、はようせんかい」
「えー」
こんな感じで。
大慌てでやってきたらすぐに知らないスーツの人たちに囲まれてグローブをつけられてスタンバイされて。
めっちゃ人が多いよ……。
どうしよう。
なんかゲーマーさんもチャラそうで苦手だし。
「さあ、それではまずチャンピオンからどうぞ」
今日の主役だという茶髪のお兄さんが構える。
そしてペチンとパンチを繰り出すと、数字は441と。
「おおー!」
「くそー、惜しいなあ」
惜しい?
え、何点出したらいいの?
私、あれを超えたらいいの?
「いやあ、素晴らしい数字が出ましたねえ。さあ、挑戦者の九条さん前にどうぞ」
「……」
何も聞かされてないけど、さっき前払いってことでお金もらっちゃったし、このまま逃げるわけにもいかないし……。
ううっ、前みたいに機械を破壊したらドン引きされそうだけど、どうやって加減したらいいか……ん?
あれ、宮永君?
なんで宮永君がいるの?
もしかして宮永君、私の応援にきてくれたの?
え、どうしよう、緊張してきた。
あうう、頭が真っ白になってきた。
「さあ、どうぞ!」
「……えいっ!」
「っ!!?」
思わず、強めに殴ってしまった。
案の定、パンチングマシンの鎖は切れて壁まで吹っ飛んでしまった。
そのまますごい音を立てて壁にたたきつけられたそれは、ドスンと音を立てて沈黙。
断線したケーブルがバチバチと。
液晶も真っ暗になった。
「……え?」
沈黙。
完全にこの場所が沈黙した。
ああ、やっちゃった……。
テレビの前なのに私、やっちゃったよう……。
「すげえ」
ぽつりと。
誰かが呟いた。
すると、
「すげー! なに今の!? やばいよあれ!」
「かっこいい! やばっ、強すぎんだろ!」
「それによく見たら九条龍華ってめっちゃ美人だな! 九条!」
「九条! 九条!」
「え、え?」
なんかわからないけど、九条コールが響く。
手拍子とコールに包まれて、私は目がまわりそうになる。
そこに、
「九条さん、大丈夫?」
「み、みやなが、くん……」
宮永君が来てくれた。
「す、すごいことになってる、ね」
「あの、ええと、私……」
「でも、こういう時は、応えてあげる方がいいんじゃない?」
「……うん」
もう、気絶しそうだったけど。
勇気を振り絞って拳をあげた。
すると、ワーッと歓声が大きくなり、なんかカメラマンも撮影を忘れて大はしゃぎ。
そんな騒ぎを鎮めるために、私は宮永君によってカウンター裏の事務室に連れていかれた。
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