第36話 言っちゃった

「……あれ、ここどこ?」

「ごめんなさいごめんなさい! 宮永君!」

「九条さん……」


 安定の保健室のベッドだった。

 九条さんが心配そうに俺を介抱してくれている。


「いてて……」

「大丈夫? 私、嬉しくてつい……」

「いや、玉井さんにやらなくてよかったよほんと。でも、気をつけないとね」

「う、うん……」


 結果的に彼女が他人に被害を与えるということにならなくてホッとしたけど。

 やっぱりあんな光景を教室で見せてしまったので弊害はあった。


 教室に戻ると皆が九条さんに怯えて震えていた。

 どうやら、玉井さんが気安く話しかけた代償に殺されかけたという認識を持っているらしい。


 玉井さんも、俺の代わりにハグされていたらどうなっていたのだろうかと想像してしまったようで。

 顔面が真っ青だった。


 ……ダメだなこりゃ。

 しばらくまた、九条さんにみんなが怯える日々が続くのかと。

 せっかく変わりかけた風向きがまた元の木阿弥だなんて思って迎えた昼休み。


 しかし今日はよく風向きが変わるようで。


「おい、九条さんと宮永ができてるって本当か?」


 そんな話を、誰かが声を大きくして言った。

 そしてそれにいち早く反応したのがカズヤ。

 こういう話、好きなんだよなあいつ。


「出来てるんじゃねえの? なんか毎日一緒だし。なあ宮永、どうなんだよ」

「……裏切りもの」

「いいじゃんかよ、どうなんだよ、言えよー」


 ちなみに九条さんはジュースを買いに行っていない。

 でも、戻ってくる前にこの話を終わらせないと。


「カズヤ、俺と九条さんはな」

「あ、戻ってきたぞ」


 教室の後ろの入り口から、缶ジュースを持って九条さんが入ってくる。

 その姿に一度教室は静まり返るが、しかし暴走したカズヤは無謀にも九条さんに声をかけてしまう。


「九条さん、宮永と付き合ってるって本当なの?」


 その質問に、みんなが固唾を飲む。

 俺も、九条さんが何と答えるのかと、なぜか緊張する。


「え、えと……」

「どうなの? ねえ」

「……」


 沈黙。

 そして、九条さんは顔をみるみるうちに真っ赤にしていって。


 やがて、限界を迎えたように顔をあげると、口を開く。


「み、宮永君とわ、私は、ああ、愛しあってましゅっ!!」

「……」


 愛し合ってると。

 噛み噛みながらに宣言して。

 その言葉に教室が盛り上がる。


 うおーっとお祭り騒ぎが始まって。

 俺は恥ずかしさのあまり机に突っ伏して。


 そして、自分で何を言ったかをようやく自覚した九条さんは、その恥ずかしさをようやく実感したようで。


「キャーッ! はずかしい!」


 照れる仕草で自分の机をひっぱたくと、それがまるでおもちゃのように吹っ飛んで、次々と机をなぎ倒していって。


 ぐっちゃぐちゃになった教室から九条さんは顔を隠して逃走。


 その光景に、さっきまで盛り上がっていた連中も沈黙。

 そしてチャイムが鳴る。

 先生がやってくる。

 しかしながら、教室中の机がなぎ倒された状況を見て、それが誰の仕業かすぐに悟った先生は、「えー、きちんと片付けておくように」とだけ言って、逃走。


 今日の午後は、自習となった。



「はうはうはうぅぅ……」

「大丈夫だって九条さん、俺も恥ずかしかったから」

「だってー」


 なかなか教室に戻ってこない九条さんを探しに校舎をぐるぐる回っていると、体育館裏の花壇のところで一人うずくまっている九条さんを発見した。

 その時の彼女の顔の赤さは過去最高を記録していた。

 赤くなっているというより、赤だった。

 真っ赤。

 血圧大丈夫かな?


「……私、言っちゃった」

「いや、嬉しかったよ。ほんとは俺がはっきり言うべきだったのに、恥ずかしい思いさせてごめんね」

「宮永君……好き」

「あはは、俺もだよ九条さん」


 照れまくる九条さんをなんとかなだめながら、ようやく教室に連れ帰るとみんなはまた彼女に視線を送る。


 しかし何かいうことはなく、それでも何か言いたそうな雰囲気だけはずっと感じながら放課後になって。


 俺と九条さんが教室を出る時もずっと、みんなが俺たちを見ていた。

 色々訊きたいことがあるんだろうなと思いながらも、多分これ以上みんなの前で恋バナをさせたら九条さんが教室そのものを破壊しかねないと思ってさっさと連れだす。


 それに今日はすずねとの買い物デートもあるし。

 真っすぐ俺の家に帰った。


「ただいま」

「おかえりおにい。あ、龍華お姉ちゃんもお疲れ様。私はもう出れるからそのまま行く?」

「う、うん。じゃあ荷物置いてていいかな?」

「いいよいいよ。おにい、お留守番頼むわよ」


 帰るや否や、九条さんは妹に拉致された。

 ほんと仲良しだ。でも、一人になるとちょっと寂しいな。


 ま、今日は外でお土産も買ってきてくれる予定だし、腹を空かせて待っておこう。


 九条さんと俺の荷物をリビングに運んでから、一人でソファに寝転がってテレビをつける。

 ぼーっと、つまらない夕方の番組を見ながらあくびが出て。

 なんか眠くなってきた。

 ちょうどいいか。二人が帰るまで、夕寝でもしておこう。


 眠気にそのまま身を任せ、やがて俺は夢の中に落ちていく。

 その時、玄関の扉が開いたような気がしたが、もう意識ははっきりしていなかった。



 近くのショッピングモールの浴衣コーナーにやってきた。


「さてと、お姉ちゃんは細いからこういうタイプの浴衣が似合いそうだね」

「そ、そうかな? でも、ピンクってちょっと」

「赤のジャージ着てうろうろしてる人が何いってるの。これ、すっごくかわいいから」


 お姉ちゃんはこの辺りでは知らない人がいない有名人。

 しかも悪い方で名を馳せているからたちが悪い。

 だからこそ、可愛いところをもっと全面にだして、九条龍華は実はただの可愛い女の子なんだって、知ってもらうところから始めないと。


「ほらほらお姉ちゃん、これとかどう? 猫の柄でかわいいよ」

「あ、かわいい。これがいい!」

「うん、じゃあ試着しよっか。すみませーん」


 店員を呼ぶと、若いアルバイトの女性がやってきて。

 しかしお姉ちゃんの顔を見ると、店員は青ざめて体を震わせながら、試着室に彼女を案内する。


 相当なまでの有名人だ。

 これは骨が折れる。


 でも。


「どうかな、これ」

「か、かわいい……」


 猫柄の浴衣に着替えたお姉ちゃんは、死ぬほど可愛かった。

 ああ、ご馳走様。目の保養になるー。


「うん、これ絶対おにいも喜ぶ! これ買って、下でドーナッツ買ったら早く帰って見せてあげないと」

「う、うん。じゃあこれください」


 と。

 九条さんがノリノリで店員に言うと、なぜか「は、半額サービスさせていただきます!」って言われて。


 何度も店員に大丈夫なのと訊くお姉ちゃんだったけど、「是非そうさせてくださいお願いします潰さないで」と、悲鳴にも似た訴えを繰り返す店員を見て、私はそっと全額を置いて彼女をその場から連れ去った。


「……ふう。買い物も一苦労だねほんと」

「すずねちゃん、なんか迷惑かけてごめんなさい」

「全然。私の友達とか、もっと迷惑なのいっぱいいるから慣れっこです」

「……それってもしかしてミクちゃんのこと?」

「あはは、正解です。ほんとあの子は油断も隙も……あっ!」

「ど、どうしたの?」


 うっかりしていた。

 今はおにいが家で一人っきりだ。

 それに、今日はミクに用事があるから先に帰るって言っちゃった。


「ヤバいです、早く家に戻りましょう」

「え、どうしたの急に?」

「いいから、走ってください」

「う、うん」


 慌てて、走って家に向かう。

 考えすぎかもしれないけど、もしミクが家にやってきたとしたら。


 おにいのピンチだ!


 私とお姉ちゃんは全力で家を目指す。


 目指すんだけど……。

 どんどんと私が置いて行かれる。


 お姉ちゃん、足めっちゃはやっ!

 

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