第35話 お友達になれそう?
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「ただいまー」
「おかえりすずね。なんだったんだミクちゃんは」
「あー、もう忘れて。それより九条さんは?」
「テレビ見てもらってるよ。料理教えてほしいって」
「はーい。今日はお詫びにとっておき教えてあげようかな」
すずねが帰ってきて、この後は平和なひと時を過ごすことに。
妹の料理教室が始まると、九条さんとすずねはキッチンにこもる。
俺は、リビングでテレビを見ながら待つ。
しばらくすると、いい匂いが漂ってくる。
今日はどうやら、すき焼きのようだ。
「じゃじゃーん、今日はすきやきだよー」
ピンクの鍋つかみでぐつぐつ煮える鍋を運んでくるすずねは、嬉しそうに俺の方を見てくる。
「うまそうだな。いい匂い」
「でしょー。これね、九条さんが味付けしたんだよ」
ねー、っと。
すずねの後ろを恥ずかしそうについてくるエプロン姿の九条さんにすずねは言う。
エプロン姿の九条さん、可愛い。
「九条さん、すごいね。おいしそう」
「そ、そんな……教えてもらったから、できただけで」
「早速食べていいかな? お腹空いてきた」
「う、うん。いっぱい食べてね」
すぐに三人でテーブルに座って。
いただきますと言ってから卵を割って、早速一口。
「……うまい。これ、めちゃくちゃおいしいよ」
「ほ、ほんと?」
「うん。すずねの料理以外でこんなにおいしいと思ったの初めてだよ。九条さんありがとう」
「……えへへっ」
褒められちゃった、と。
すずねと二人できゃっきゃする光景は、なんとも微笑ましくて。
もちろんすき焼きは本当に美味しかったのだけどそんなことはどうでもよくて。
終始嬉しそうな九条さんを見ながらの食事を堪能した。
「あー、お腹いっぱい。ご馳走様でした」
少し食べ過ぎて、ふうっと一息ついていたところですずねが、冷蔵庫に貼ってあったチラシを持ってやってくる。
「二人とも、今度の週末に商店街で出店があるんだって。行ってみたら?」
「もうそんな時期か。九条さんはそういうの好き?」
「わ、私……去年行こうとしたんだけど、あの、実は……」
急に困った様子で、九条さんは下を向いてしまう。
そのあと、すごく言いにくい感じで、ぼそぼそと。
「大騒ぎに、なっちゃって……」
「な、なにかしたの?」
「ううん、そうじゃなくてね。あの、私がいるってことで、地元の不良の人がきたり、お客さんが逃げたりしちゃって」
「ああ……」
九条さんって、学校のみならず地域で有名な存在なんだなと。
しかしそんなことを言っていたらどこにも行けない。
だからここは敢えて……。
「いこうよ九条さん。去年は一人だったんでしょ?」
「う、うん。でも」
「俺が一緒だから。堂々としてたらいいんだよ。九条さんがみんなに遠慮して楽しめないなんて、そんなの理不尽だよ」
「宮永君……うん、わかった」
「よーしおにいよく言った! 祭りとなれば浴衣だね。着付けはこのすずねちゃんに任されよ」
「すずね、よろしく頼むよ。ちなみに九条さんは去年どんな格好でいったの?」
「ええと、アザラシのゴマ太を連れて、赤のジャージで行ったっけ?」
「……全部見直そうね、今年は」
ただでさえ明るい髪の色と、切れ長の大きな目が目立つヤンキー顔の美人なのに、赤のジャージはダメだよなあ。
しかもそんな子がぬいぐるみ持ってたら逆に怖いって。
よく行ったなあそんなので。ある意味メンタル強いよな九条さんって。
「じゃあ明日は私と浴衣買いにいこっか九条さん」
「え、すずねちゃんいいの?」
「うん、もちろん。ていうかたまには九条さんとデートしてみたいなあって」
「わ、私と、でで、でー……と」
「あはは、だって九条さんって本当のお姉ちゃんみたいだもん。すずねのこと、可愛がってね、龍華おねえちゃん」
「う、うん。すずねちゃん、よろしくね」
すっかり仲良しな二人は、明日買い物の約束をして。
俺もついて行きたいなというと、「デートだからダメ」と。
すずねに止められて少し寂しかったけど、なんか嬉しくて。
楽しい夕食の時間もあっという間に終わり、九条さんは家に帰っていった。
「あー、なんかおにいが龍華お姉ちゃんと付き合ってくれてよかった」
九条さんを見送って家に入るとすずねがそんなことを言う。
「なんだよ急に」
「だって、あんなに綺麗なおねえちゃんができてうれしいもん。絶対喧嘩とかしたらダメだよ」
「わかってるよ。でも、明日は買い物したらすぐ帰ってきてくれよ。寂しいから」
「あはは、私とお姉ちゃんがいないから寂しいんだ」
「そうだよ。ついでになんか飯も買ってきてくれよ」
「はいはい。お土産たっぷりで帰ってくるね」
そんなこんなで楽しい一日が終わる。
終わり良ければすべて良しというが、あまりにも三人の時間が楽しすぎたせいで、その前にもう一人いたことなんてすっかり忘れていた。
ミクちゃんが何をしたかったのかなんて。
この日、夜に九条さんにおやすみメールを送って恥ずかしがっていた俺は、全く考えてもいなかった。
◇
「おはよう」
今日は九条さんと一緒に登校して。
いつものように彼女が教室で挨拶をすると、今日はみんなが目を伏せる。
昨日の放課後、上級生を腕相撲で盛大に吹っ飛ばして机を薪のように真っ二つに裂いた彼女を見て、またしてもみんなが怯えている。
また振り出しに戻ったかと、ため息をついているところに一人の女子が。
それはそれは怯えながらだったが、近づいてきた。
「あ、あの……九条さん」
「は、はい?」
「ひいっ!」
返事をしただけで怯える女の子。
いや、ビビりすぎだろ。
「ど、どうしたの?」
「え、ええと……昨日は、あ、ありがとうございまし、た」
「……え?」
急に礼を言われて、目を丸くする九条さん。そして俺も。
何に対しての礼なのかと思って、黙ってその子を見ていると、震えながら話してくれた。
「ええと、昨日やってきた先輩、柔道部の間宮さんって方で。その、ずっといじめられてたんですが、九条さんと同じクラスってわかったら昨日から何もされなくなって」
間宮先輩というのは、昨日九条さんに腕相撲勝負を持ち掛けてきて散った人。
その人にずっと嫌がらせを受けていたと、その子は言う。
「ええと、そうなの?」
「はい。あの人にいつもジュース買わされたりしてて、困ってたんです。ほんと、ありがとうございました!」
「べ、別に私は何も……」
確かに人助けなんかしたつもりもなく、単純に降りかかる火の粉を払っただけの九条さんなのだけど、結果的に人に感謝されることをまたやったようで。
戸惑う九条さんは、どうしたらいいかわからず沈黙する。
ただ、そんな彼女をみて目の前の女子はまたビビる。
「九条さん、チャンスだよ」
「え、なにが?」
「いいから、名前訊いたら?」
「う、うん」
九条さんを促して会話を続けさせる。
今がチャンスだと。俺はそう直感した。
「あの、お名前は……」
「わ、私? ええと、玉井まみ、です」
「たま……ちゃん?」
「え?」
「たまちゃん! うん、それがかわいいね!」
「……う、うん」
なんか勝手に興奮して、勝手にあだ名をつけた九条さんは、テンションが上がって玉井さんの手を握る。
すると、玉井さんが「ひぎゃあっ!」と悲鳴をあげて慌てて手を振りほどく。
折れていないか心配だ……。
「あ、ごめんなさい……わ、私」
「だ、大丈夫、です。あの、とにかくありがとうございました」
「う、うん……」
ぺこりと頭を下げて席に戻る玉井さんを、名残惜しそうに九条さんは見つめていた。
まあいきなり親友になるなんて展開はないにしても、徐々に仲良くなれるかもなんて思っていると、九条さんがそろりと玉井さんに近づいていく。
「九条さん、何するつもり?」
「は、ハグしたら、私のこと好きになってくれるかな?」
「だ、ダメだって! ハグしたら玉井さんが」
「たまちゃん!」
「ダメー!」
席に着こうとする玉井さんに全力で抱きつこうとする九条さんの前に俺は飛び出して。
代わりに彼女の全身全霊がこもったハグを受けた。
スコーピオンハング。
いや、これはもはや、いつも技を名付けるやつのセンスにならって命名するならば、ドラゴニックホールドとでも呼ぶべきか。
……。
「ぎゅーっ!」
「うぎゃーっ!」
ミシミシと体中が変な音を立てて。
でも、九条さんの柔らかい何かを確かに感じながら。
俺はクラスメイトを庇って気絶した。
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