第34話 アゲイン、ミクちゃん

『今日の放課後、九条さんを連れてきて』


 そう書かれた文章には、いつものような可愛い絵文字や顔文字、スタンプなんかも一切なく。

 ちょっと不安になった。


「すずねちゃん? どうしたの?」

「いや、今日の放課後家にきてって。多分すずねも会いたいんだと思うよ、九条さんと」

「そっか。うん、お邪魔しますって言っておいて。私、早く料理覚えないとだもんね」

「そんなに慌てなくてもいいよ」

「ダメ。だって私、かか、彼女、だもん……。お弁当作ってあげたい……」

「う、うん。じゃあ、放課後だね」

「えへへっ、なんか楽しいね」

「……」


 少し俺に寄りかかってきた彼女を見て、「うっわクッソ可愛い何この生き物?」と心の中で呟きながら、しかし平然を装って一緒に教室に戻った。


 最恐の名をほしいままにする九条さんと、最近頭角を現してきた新鋭の取り巻きである俺が同時に帰還すると、がやがやと賑わっていた教室はピタッと静かになる。


 なるほど、これはいい気分ではない。

 こんなことを毎日のように九条さんは味わってきたというのであれば、やはり可哀想という他にない。


 ほんと、九条さんが何かを壊したりしなきゃ、そのうち彼女の噂も消えると思うんだけどなあ。

 人の噂も七十五日っていうし。

 

 だからしばらくは彼女がイライラすることはしないように頑張ろうと、よくわからないが気を引き締め直して迎えた放課後。


 さっそくトラブルが起こる。


「九条龍華はいるかい?」


 先輩らしき女子が、教室にやってきた。

 顔は綺麗だけどけっこう体格のいい人だ。格闘技でもしてるのか?

 それに怒っている様子だ。九条さんと何かあったのだろうか。


「は、はい。九条は私ですけど」

「あんた、昨日はうちの彼氏を可愛がってくれたそうじゃない」

「?」

「とぼけても無駄よ。ゲーセンでのこと、覚えてるでしょ」


 ああっとなったのは俺の方だった。

 なるほど、昨日九条さんに絡んできた連中の一人と、この子が付き合ってるってことか。

 そんで、彼氏の弔い合戦にやってきたと。

 しかしよくやるなあ。


「あの、あれは私のせいじゃなくて」

「言い訳は聞いてないよ。でも、私強い女って嫌いじゃないの。腕相撲で勝負しない?」

「うで、ずもう?」


 ずけずけと教室に踏み込んできた先輩女子は、名乗ることもなく机に肘を置いて九条さんに「来なさいよ」と挑発をかける。


 突然起きた対戦イベントにクラスメイトは沸く。

 怖いもの見たさ、と言った感じで少し距離をとりながらも彼女たちの腕相撲勝負の行方を見守る。


 俺は、止めようとしたけどクラスの連中に遮られて。

 見守るしかできなかった。

 まあ、見るまでもなかったけど。



「はあ……またやっちゃった」

「だ、大丈夫だよ。今回はあの先輩が絡んできたんだし」


 帰り道。

 落ち込む九条さんを必死で慰めているところ。


 腕相撲の結末がどうなったかについては、正直彼女は思い出したくもないだろうから俺もあまり多くは語らないけど。


 対戦相手の先輩が、腕相撲なのになぜか宙に舞って。

 先輩の手がたたきつけられた机は真っ二つに割れて。

 ギャラリーが悲鳴をあげながら散っていったというだけの話だ。


 九条さんに絡んできた先輩も、すぐには何が起きたか状況を飲み込めず。

 しかし段々と九条さんとの力の差を実感して、青ざめながら逃亡したところで決着。

 あとは先生に事情を説明しにいって、物損報告書を書かされての今、というわけだ。


「……私、加減したんだけどなあ」

「そ、そうなんだね」

 

 え、あれで? という顔をしそうになったので慌てて顔を逸らした。

 ……え、あれで? 本気出したらどうなんの? 腕相撲で人が死にそうなんだけど。


「……私、昔から絡まれやすいんだ。なんか、弱そうに見えるのかなあ」

「……九条さんは華奢だからね。女の子っぽくてかわいいからそう見えるのかな」

「宮永君……恥ずかしいよう」


 照れる彼女を見て、言葉を選んでよかったと胸を撫でおろす。

 多分本当は、九条さんの最恐伝説に挑戦したい向こう見ずな連中の道場破り的なものなのだろうが、そんなことを言ったらまた彼女が傷つくし、今はそういうことにしておこう。


 事実、九条さんはめっちゃ細い。

 足もモデルみたいに綺麗だし、腕もすらっとしてて、腰のくびれとか、俺がしがみついたら折れそうなくらい(実際は俺が折られそうになるが)。


 だから噂を聞いても、それが事実だなんて信じられない連中の興味本位なのだろうけど。

 ほんと迷惑な話だよ。


 だって彼女は、


「あ、見て見て可愛い猫だよ! あっ!」

「危ない九条さん!」

「……あ、ありがと、宮永君」


 猫に気を取られて躓いてしまうような、ドジな女の子なのに。


「……猫、どっかいっちゃった」

「また、休みの時にペットショップいこっか。猫、可愛いもんね」

「う、うん!」


 ああ、可愛いなあ九条さん。

 なんか幸せを実感する。

 ずっとこうだといいのにな。

 いや、別に俺たちの恋路を邪魔する人なんていないし、ずっとこんな平和が続くと信じたいものだ。


 すずねも九条さんのことが好きだし。

 今日は三人で楽しく晩御飯かな。



「おかえりなさいおにいさん」

「……ミクちゃん?」


 帰宅すると、ミクちゃんが俺たちを出迎えてくれた。

 いるならいるって、そう言ってくれたらいいのに。

 急に来たのだろうか。


「すずね、なんでミクちゃんがいるんだ?」

「あー、ごめんなさいおにい、力及ばずだよ……」

「どういうこと?」

「まあ、あとは本人と話してくだせえ……」

 

 ぐったりうなだれるすずねは、珍しく弱音を吐くように疲れたと呟いてソファに座る。


 その隣にミクちゃんが足を組んで座ってから、「二人ともこっちに来て」と。


 呼ばれて、九条さんと二人で向かい側に座る。

 今から何が始まるんだ?

 九条さんも、不安というよりは不思議そうな顔をして、首を傾げる。


「さてと、早速だけど真壁ミクによる尋問を開始いたします。二人とも、嘘ついたら針千本飲ませるので」

「ま、待ってミクちゃんこれはどういうことなんだ?」

「おにいさんは質問にだけ答えてください。あと、九条さんもね」


 ミクちゃんは、ニタッと笑ってからメモ用紙とペンを手に取って、続けて言う。


「まず、お二人は付き合ってるんですか?」


 そう質問をしながら、ミクちゃんはなぜか震える。

 悔しそうにというか、苛立ってる風というか。


「ええと、うん付き合ってるけど」

「う、うそっ!? え、なんで!?」

「なんでって……」


 今、ここでなにしてるの俺たち?

 なんかよくわからんけど助けてすずね、と、視線を妹に送るけど肝心の妹は呆れた表情で天を仰ぐ。

 お手上げといった感じだ。


「え、ええと、それじゃ二人は互いのことが好きだと、そういうんですか?」

「そ、そうだけど」

「九条さん、あなたも本気でおにいさんのこと好きなんですか?」

「え、うん、宮永君のこと、好きだよ……は、恥ずかしいよう……」

「……むきゃーっ!」


 なんか知らんけどミクちゃんがメモ用紙をビリビリと破いて暴れた。

 それを見てすずねが、「もういいから今日は帰ってよー」とミクちゃんに言う。


 すると、ミクちゃんは沈黙。

 後に、じわじわと目に涙を浮かべ始めて。

 泣いた。


「びえーん!! なんで私じゃダメなのよー! えーん、おにいさんのバカ―! うわーん!」

「ミク、うるさいよー泣き止みなさいよ」

「やだー、こんなヤンキーに負けるのやだー! わーん! 」


 大号泣だった。

 その光景に俺も九条さんも、すずねまでも困惑しきりで。


 しかし泣き止まないミクちゃんを、すずねが無理やり外に連れ出してそのまま一緒にどこかへ消えていった。


「……なんだったんだあれ?」

「ミクちゃん……」


 残された俺たちは、ぽかんとしたまましばらくソファに座ったまま、すずねが出してくれたのにすっかり冷めてしまったお茶をすすった。



「びえーん」

「ミク、もうウソ泣きやめて。近所迷惑」

「あ、バレた? あはは、やっぱりすずねは私のことよく知ってるなあ」

「……」


 今日、おにいになんとしても会わせろって言ってきかなかったから不安だったけど、何するかと思ったらまさかのウソ泣きって。

 この子、マジで病んでるわー。

 頭弱いわー。やだよーもう。


「ねえミク、二人は付き合ってるってよくわかったでしょ?」

「そうね。悔しいけどそれは認めるわ」

「じゃあ」

「私、NTRって興味あるのよねえ。もちろん奪う側だけど」

「そんなことしたら絶交だからね」

「えー、じゃあせめて一個くらいお願い聞いてよ」

「……訊ける範囲のことだったらね」

「おにいさんの○○×」

「最後まで言うな絶対無理だから!」


 最後までぶっ飛んでるミクだった。

 さっさと家に送り返した時、ミクのお兄さんのカズヤさんが、すごく申し訳なさそうに私を見てきたのがかえって気まずくて。


 ミクを引き渡してからさっさと家に戻った。


 ……友達やめようかな、マジで。

 

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