第33話 先駆者の存在?
ゲームセンターでの出来事は、翌日瞬く間に学校中に広まった。
九条龍華の必殺の蹴りによって街の不良が撃退された。
それによって、彼女はなぜか市長に表彰を受けたやら、街の治安維持部隊に任命されたやらと意味不明な噂まで流れる始末。
ただ、今回ばかりは否定的な噂ではなく、彼女が心優しい平和を願うヤンキーとして扱われるものが多く。
皆の九条さんに対する評価が少しだけ変わったのだ。
「宮永君、なんか私見られてる?」
「九条さんが、実はいい人なんじゃないかってみんな噂してるんだよ。正義の味方だって噂する人もいるし」
「そ、そんな……恥ずかしいよう……」
まあ、注目されてはいても、誰も声はかけてこない。
だからいつもとあまり変わらないなと、朝から九条さんとのんびりな一日をすごす。
休み時間、九条さんが少し席を離れたところでこんな噂が聞こえてくる。
「なあ、九条さんのスコーピオンハングって知ってるか?」
「ああ、なんでもあれで締め落とされたやつがいるって話だよな。おっかねー」
彼女のハグの別称、スコーピオンハングについてだ。
しかしその犠牲者とは多分俺のことだろう。
あれは彼女にとってハグのつもりだし、そもそも絞め技ではないから、彼女が誰にでもあれをするとは思えないし。
「確か、中学の時に最初の犠牲者が出たって話だよな」
なん、だと?
中学の時って、俺はまだ九条さんと知り合ってもないじゃないか。
まさか、俺より先に彼女にハグされた奴がいる、だと?
嘘だ……。
え、誰だよそれ。
「あ、戻ってきたぜ」
やべーやべーと言いながら、噂を話していた連中は散る。
代わりに九条さんが席に戻ってきた。
「宮永君、今日なんだけどね」
「……」
「宮永君?」
「……あ、ごめん聞いてなかった」
ダメだ、さっきの話が気になって仕方ない。
いや、あくまで噂は噂、話半分。
彼女がヤンキーだってことも蓋を開けたら全然違ってたし、きっとさっきの噂も誤情報の可能性が高い。
ただ、火の無いところに煙は立たぬとも言うし、やはり中学時代にそれに近いことはあったのだろうか。
……もしかして、九条さんの初恋の人、とか。
い、いやそうだとしても、今は俺が付き合ってるんだから関係ないじゃないか。
だというのに、なんだろう。
胸が痛い……。
「どうしたの宮永君?」
「……ごめん、ちょっとトイレ」
俺は教室をそっと出て。
そのまま屋上に逃げた。
もちろん九条さんが嫌で、なんてことはなく。
こんな些細なことにヤキモチを妬く自分が嫌で、頭を冷やそうと。
授業が始まるチャイムを聞きながら、俺は屋上に到着して、外の風に吹かれる。
……九条さんのことが、大好きなんだよな俺。
好きすぎて、過去のことにまで嫉妬するなんてほんと情けない。
でも、俺より以前に彼女のハグを経験したっていう幸せ者は誰なんだろう。
そんな奴がいるのなら、やっぱり……。
「宮永君?」
「九条さん?」
屋上に、九条さんがやってきた。
ちょうどフェンス際でぼーっとしていたところで呼ばれて振り向くと、綺麗な髪を風になびかせながら彼女が立っていた。
「気分悪いの?」
「だ、大丈夫、なんでもないよ」
「嘘。なんでもないことないもん。宮永君が授業サボるなんて、おかしい」
「……九条さんこそ、なんで? 授業はいいの?」
「……宮永君が心配で。気が気じゃなくて教科書引きちぎっちゃったら自習になっちゃった……」
そう言って、真っ二つに裂けた国語の教科書を俺に見せてしょんぼりする九条さん。
可愛い。
落ち込んだ顔も可愛いんだよ、ほんと。
「ねえ、なんか悩んでることがあったら言って? 私、宮永君の、その、えっと……彼女だもん!」
「九条さん……」
もう、真っ赤になりすぎて顔の血管が切れるんじゃないかってくらいに紅潮する彼女を見て、俺はこんな風に拗ねて心配をかけていることを反省する。
そうだ、彼女は今、俺のことを好きだと言ってくれてるんだし。
過去に何があったとか、関係ない。
うん。関係ないんだ。
でも、そのこともちゃんと話して、受け入れて、そして謝ろう。
「……ごめん、今日、九条さんが中学校の時に誰かとハグしてたって噂訊いて。それでちょっとヤキモチ妬いてた……」
「私が? ハグなんて、宮永君としかしたことないよ?」
「う、うん。そうなのかなってわかってたんだけど、でもなんか不安で」
「……嬉しい」
「え?」
「だって、宮永君がヤキモチなんて、すっごく嬉しい。でも私、宮永君のこと大好きだもん。だからハグは宮永君としかしないから、安心して?」
「九条さん……うん、ごめんね」
「ううん、噂される私も悪いの。だから、ハグしよ?」
「うん、する」
今日は少しだけぎゅっと。
もう少し力を込めると俺の背骨がサバ折りにされそうなくらいの圧がかかるけど、それもなぜか今日は嬉しくて。
彼女を離すまいと、俺も力を込めて。
すると彼女も、それにこたえるようにぎゅっと力を強めてくれて。
敢え無く気絶した。
◇
「……あれ、ここは?」
「宮永君、ごめんなさい私……」
「ああ、また気絶してたんだ。うん、大丈夫だよ」
今にも泣きそうな九条さんの顔の後ろに空が見える。
屋上で気絶して、彼女の膝枕か。
でも、なんか気持ちいい。
「私、つい」
「大丈夫だよ。でも、もう少しこのままでもいい?」
「う、うん。でも、うつぶせにならないでね、恥ずかしいから」
「あはは、そんなことしないよ。でも、九条さんの太もも、あったかい」
「え、えっち……」
少し注意されるように、俺は彼女のデコピンを喰らった。
しかしそれが強烈に痛くて、結局甘えたいとかではなく強制的に、しばらく彼女の膝枕のお世話になることとなった。
やがて何かを告げるチャイムが鳴る。
どうやら今から昼休みのようだ。
「……お腹空いたなあ」
「うん、私も。パン、買いにいこ?」
「そうだね。じゃあ、いこっか」
「立てる? 大丈夫?」
「うん、大丈夫。でも、二人で授業サボったからまた変な噂流されるね」
「そうだね。でも、宮永君となら、嬉しい」
「俺もだよ」
雨降って地固まるというか。
勝手に自分で濡らした地面に足をとられただけだけど。
でも、改めて九条さんと付き合ったと実感できる一日だった。
ちなみに噂の正体は、九条さんが中学の時に仲のよかった女子生徒にハグをしたところ、その子が脱臼したというエピソードに色々な着色がついたということだったようで。
その子には悪いけど、女の子でよかったなんて思ってしまった自分はまだまだ器量が小さいなと。
でも、隣で嬉しそうにあんぱんを頬張って、ニコニコする彼女を見ていると、やっぱりひとり占めしたくなってしまう。
こういうのが過ぎると、メンヘラって言われるのかなあと。
ま、あんまり周りにそんな子はいないからわかんないけどなと、俺もメロンパンをかじっているところで誰かからラインが来る。
送り主は、すずねだった。
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