第32話 感謝されるって

「宮永、お前なかなか強いらしいじゃんか」

「九条さんと互角にやりあったんだって? 見直したよ」

「すげーなおい。必殺技の名前ないのか?」


 放課後すぐに俺のところに複数の男子がやってきた。

 みんながみんな、尊敬のまなざしだ。


 ややこしいことになってしまった。


「いや、俺はただ」

「でも、たしかに最近九条さんと絡み多いもんな。まさか拳で語り合う仲だとは恐れ入るぜ」


 何が恐れ入るんだ。

 俺と九条さんは拳なんか交えない。

 

 でも、これをうまく利用できないかな。


「まあ、そういうことだからあの子のことを絶対に悪く言うなよ。わかったか?」

「うす!」


 なんか知らんけど、発言力が増した俺はちょっと威張り気味にクラスメイトに注意を促した。

 九条龍華の悪口禁止。

 これをクラスの不文律にしてくれと、カズヤに頼んだところで九条さんが俺に声をかけてくる。

 

 サーっとみんなが引いていく。


「宮永君、帰ろ?」

「うん、帰ろっか」


 いつものように裏門からこっそりと。

 学校の敷地を出て住宅街を歩いていると、九条さんの足が止まる。


「どうしたの?」

「……今日はありがと」

「え、なにが?」

「わ、私の悪口言うなって……みんなに、その、言ってくれて」

「ああ、当然だよそんなの。それに俺まで変な勘違いされてるから、九条さんとお似合いになったかもね」

「宮永君……」


 その時、彼女が俺の手を握ってくる。

 ちょっと強くて手の骨がきしむ。


「い、いてて」

「あ、ごめんなさい……」

「だ、大丈夫だよこれくらいなら。ええと、それより今日はゲーセンよって帰る?」

「う、うん! それに、今日はすずねちゃんの料理教室もお願いしたいなあ」

「すずねも喜ぶよ。じゃあ、いこっか」

「えへへっ、楽しいね宮永君」

「う、うん」


 嬉しそうな九条さんの笑顔に終始照れながら、しっかり腕を組んで二人で近所のゲーセンに入る。


 その時自動扉に映った俺たちの姿は、誰がどう見ても恋人にしかみえない。

 第一決闘した二人が手を繋いで一緒に帰るかって話だ。

 ほんと、噂は噂、話半分だよ。


「いらっしゃいませー」


 店内は、結構静かだった。

 今日は暇なのかなと、ちょっと安心して二人でクレーンゲームコーナーに向かっていると、そこからぞろぞろと数人の男子が出てきて。


 俺たちの前に立つ。


「な、なんですか?」

「九条龍華、お前うちの鴨頭を随分可愛がってくれたみたいだな」


 おそらく先輩だろう一人がそう言うと、先日九条さんの悪口を言って、彼女の黒板破壊の衝撃で失禁した鴨頭君がひょこっと顔を覗かせる。


 ……先輩にチクったのか。


「あ、あの、私は」

「こいつ、怖くて学校に行くんが苦痛って言っててな。可哀そうだとは思わないか?」

「そ、それは……」

「まあ、このご時世ゴチャマンやってもすぐ通報されるだけやし、あれで決着つけようや」


 親指でクイッと後ろを指すその先にあったのは、最新のゲーム機の一つ『エキサイティングサンドバッグ』。


 まあ、どういうゲームかと言えば、パンチングマシーンのキック版だ。

 液晶であれこれゲームが選べたり、設定も様々変えられるのが特徴だけど、基本的には蹴った衝撃でのポイントを競う単純なものだ。


「あの、私は」

「ええから。俺も女に手をあげたくはないからな。ただ、これでもしお前が負けたら、鴨頭に土下座してから、一日こいつに付き合ってやれや」

「え?」

「ええやろ、デートくらい。じゃあ始めるぞ」


 ある意味紳士的な勝負だが、しかしやはり強引なやり口でもある。

 断ろうと、九条さんに話すと、彼女も小さくうんと頷く。


 しかし、


「おい、もしかしてその男、連れか? もし負けたら容赦しねえぞ。女はいいけど男は別だからな」


 そう言って、先輩らしき男は指をボキボキ鳴らす。

 

「ま、いいから始めようぜ。おい、金入れろ」


 勝手に勝負が始まってしまった。

 投入口に二百円を入れてからゲームが始まると、勝手に先攻をとった男が重い上段蹴りをかます。


 ドーンと大きな音と共に出た数字は二百。

 マックスが五百点だが、人間の力では三百が限界と言われているこのゲームにおいて、これは相当な高得点だ。


「どうだ。俺はキックボクシングもやってるからな」

「よっ、かっこいいねえ」


 取り巻き数人とともに盛り上がる先輩。

 鴨頭も、さっきまでは怯えていた様子だったのに対し、今は少し得意そうな笑みを向けてくる。


「九条さん、相手しない方がいいよ、帰ろう」

「ダメ……私が逃げたら宮永君がひどい目に遭わされるもん」

「だ、大丈夫だって。逃げたら心配ないから」

「……ヤダ。宮永君は私が守る」


 口を真一文字にして。

 いつになく鋭い目つきになった九条さんは、サンドバッグの前に正対する。


 そして、少し足を後ろに引いてからブンっと。

 細い足をしならせてサンドバッグを蹴る。


 すると。


「がしゃーん!」


 サンドバッグが、吊るしていた鎖を引きちぎって吹っ飛んだ。


 そのままそれは、絡んできた連中の方へ飛んでいき、彼らも慌てて飛び退いて。

 大きな音を立てながら床に転がる。


「龍華裂蹴斬だ……」


 誰かがそう呟いた。

 そして、一人が我に返ってから「うわーっ」と大声をあげて逃げるのを皮切りに、次々と皆が脱走する。


 鴨頭は前回からのトラウマなのか腰が抜けていた様子だったけど、這いながら必死に店の外に飛び出す。


 ……大惨事だ。


「ど、どうしよう……ゲーム壊しちゃった……」


 この惨事の張本人である九条さんは、しかし巻き込まれた被害者のようにおろおろしながら、もう泣きそうになっていた。


 ていうかこの結末は大体読めていた。

 だからさせたくなかったんだけどなあ。


「あ、謝ろうよ。普通にゲームして壊れたのはこっちの責任じゃないし」

「で、でも」

「大丈夫、ちゃんとカメラにも映ってるからわかってくれるって」


 もちろん店員を呼ぶまでもなく、大きな音を聞いて裏から従業員が何人か駆け付けてくる。


 大丈夫ですかと心配そうに声をかけてくれるのが余計に気まずかったのか、九条さんはついに泣き出してしまった。


「ごめんなさい、私が壊しちゃった……えーん、ごめんなさいー!」


 おいおいと大泣きする彼女を俺と店員さんで必死に慰めながら。

 やがて監視カメラの映像で、彼女が蹴ったことによってサンドバッグが吹っ飛んだことを確認。

 しかし、トラックが突っ込んでも壊れないという耐久性をメーカーが発表してるので、あり得ないと。

 不良個所があったのではということで、彼女は不問となった。


 それどころか、


「いやあ怪我がなくてよかったよ。あと、お礼をさせてくれないかい?」


 店長と書いた名札を付けたおじさんがそんなことを言う。


「お礼? な、なんでですか?」

「いやいや、あの子たちは最近ここで飲食したり客に絡んだり、迷惑客だったんだよ。だから追い出してくれて助かった。うん、よかったらなんでも好きなもの、持って帰って」


 なぜかお咎めなしどころか感謝される。

 そして、何度も断る彼女と、いいからいいからと食い下がる店員のやりとりが続いて、埒があかないので結局俺が九条さんの好きそうなぬいぐるみをもらって話を終わらせる。


 大きなとらのぬいぐるみを見てようやく笑顔になった九条さんを連れて、店を出る。


 その時、従業員の人たちが見送りに出てきてくれて、「またおいで」と。

 皆、優しかった。


「……トラちゃん、かわいい」

「名前つけたんだ。うん、でも九条さんよかったね」

「私、悪いことしたのに……」

「いや、感謝されてたじゃん。九条さんの力は、何も悪いことばっかりじゃないんだよ。ああやって人のためになる素敵な力なんだなって」

「宮永君……」

「それに、俺も守ってくれたし。まあ、男だから俺が九条さんを守れるくらいにならないとなって、思うけど」

「……うん」

「帰ろう。トラちゃん、すずねに自慢しよう」

「う、うん!」


 この後、家に帰る途中でさっきの連中がコンビニの駐車場にたむろしているところを発見した。

 もちろん無視だったけど、向こうは彼女の姿を見てそこでも腰を抜かし、全員が駐車場で失禁してしまって出禁になったというのは、あとでカズヤから聞くこととなる。


 ちなみにあのサンドバッグだが、トラックどころか戦車が突っ込んでも壊れないとの噂だったとか。


 まあ、真偽の程は定かではない。

 だって、そんなこと確かめようがないし、彼女の蹴りの威力をはかる術もまた、多分この世に存在しないから。


 でも、そんなことはどうでもいいんだ。


「えへへっ、トラちゃん可愛い。宮永君も一緒にきゅってしよ」

「う、うん」


 どうあっても可愛いのだから。

 だから蹴りがいくら強くてもそんなことはどうでもよかった。

 それに、そんな彼女の力が他人に感謝されたことも嬉しくて、気分よく帰宅したのであった。


 

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