第31話 彼女なんだから
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九条家での晩餐はおばさんと三人で。
刺身や鯛の塩焼きなど、豪華な料理をいただいてから帰宅することになって。
九条さんは、すずねにきちんと話がしたいと律儀にそう言ってくれたので家まで連れ帰って。
すずねと九条さんが楽しそうに話す姿はとても嬉しくて。
なんか九条さんをとられたみたいで、少しすずねにヤキモチを妬いてしまいそうなくらい微笑ましい光景に俺もニンマリしながら。
やがて夜もふけてきて、九条さんを再び家に送ることになった。
「あー、すずねちゃんってやっぱりおもしろいね」
「あいつは頭がいいからね。でも、誰とでも仲良くなるやつだけど、あんなに笑ってたのは初めてかも」
「ほんと? 気に入ってもらえたのかな……」
「あはは、当たり前だよ。だって九条さんは、あ、えと」
「どうしたの、宮永君?」
「……九条さんは、可愛いもん」
「……バカ」
「……ごめん」
「嘘……うれしい」
恥ずかしさに顔面から火が吹きそうだったけど、九条さんはそんな俺の様子をみて逆に笑う。
「なんか、夢みたい。宮永君とこうしてるの」
「俺の方こそ、だよ。九条さんなんて、絶対高嶺の花だと思ってたから」
「そんなことないもん……私、嫌われてるし」
「……そのこと、なんだけど」
俺は、もうすぐ彼女の家が見えるところで足を止めて。
九条さんのことで思っていたことを正直に話す。
「あのさ、九条さんは勘違いされてるんだよ。みんな、九条さんが怖い人だって、そう思ってる。だから、正直に話そうよ。俺、彼氏として……九条さんを守るから」
「宮永君……うん、ありがと。でも、そんなことしたら宮永君まで嫌われちゃうかもだから」
「そんなの関係ないよ。九条さんが辛い思いしてるのに俺だけ普通に過ごすなんて嫌だ。カズヤとかにもうまく説明してもらうようにお願いするから」
「……でも、それだと私たちが付き合ってるって、みんなに言うってこと、だよね?」
九条さんは、顔を急に赤くして、下を向いて段々と小さくなる声でつぶやく。
「そ、そうだね。嫌、かな?」
「ううん、そうじゃなくて……でも私、恥ずかしがり屋だから……もう少しだけ、宮永君とのこと、邪魔されたくないなって……」
「九条さん……」
「秘密にしたいわけじゃないんだけど……今は、その、他の人と仲良くする時間も全部、宮永君との時間に使いたいっていうか……」
すぐ目の前にいるのに彼女の声が聞き取りづらい。
でも、目の前にとんでもなく可愛い生き物がもじもじしてるのははっきり見える。
え、可愛すぎるんだけど、ほんと。
「九条さん」
「えっ?」
思わず、ハグしてしまった。
言われる前に、ぎゅっと。
もちろん俺の力では彼女を締め上げることなんてないけど、それでもグッと。
強く抱きしめる。
「……可愛い、九条さん」
「は、はずかしいよ宮永君……」
「うん、俺も。でも、九条さんの気持ち、嬉しくて」
「ごめんね、私って、こんなだから」
「全然。でも、しばらくは様子みようか。ただ、九条さんにひどいこと言うやつとかがいたら怒るから。それはいい?」
「うん……宮永君、大好き」
静かな夜道で。
彼女とずっと抱きしめ合って、やがて彼女を見送る。
今までのハグの時よりも少し心臓の高鳴りは穏やかだったけど。
一番あたたかいハグだったと、彼女と別れた後の帰り道で一人、そんなことを考えていた。
◇
「おはよう」
翌朝、日直のため先に学校に来ていた俺は、教室に入ってくる九条さんの挨拶に振り向く。
皆も振り向く。
今日は、珍しく全員が彼女を見た。
なぜかというとだけど、今日のおはようはびっくりするくらい爽やかで。
え、誰の声? といった様子で皆が視線を入り口に向けた。
その様子に、九条さんは照れていた。
恥じらうように、必死に赤くなる顔を隠しながら席に着くと俺の方を見てくる。
「おはよう、宮永君」
「おはよう九条さん」
「……私、見られてる」
「あはは、大丈夫だよ。みんな九条さんの声が可愛いからびっくりしたんだって」
「……はずかしい」
今日の九条さんは絶好調だった。
恥ずかしさのせいでもじもじしながら次々と筆箱のペンをへし折っていって。
折れる音がするたびにクラスメイトの肩がびくっと動いて。
やっぱりこのままじゃダメだなあと思わされながらも時々俺の方を見てニッコリ笑う彼女を見ていると、しばらくは俺だけの九条さんでもいいかなとか、そんなことを思わされたりしていた。
「おい宮永、九条さんと何があった?」
休み時間にカズヤが尋ねてくる。
他の連中も興味津々な様子。
皆、九条さんの機嫌のよさが気になっているのだ。
「べ、別に何もない、けど」
「いや、今日の九条さんすっげー上機嫌じゃん。噂じゃでっかい組の内定が決まって気持ちが昂ってるって話だぞ」
「ヤクザが内定だすかよバカ。ほんと、あの子は……いや、なんでもない」
あの子はヤンキーなんかじゃない。
ほんとはそう言いたかったけど、言わない約束だった。
彼女も無理してるのかもだけど。
でも、無理やり訴えていくより、徐々に彼女のことをみんなにわかってもらうことの方がいいんじゃないかと俺も思うから。
しばらくはこのまま、かな。
でも……
「あの子がヤクザとかそんな話したら俺、許さないからな。怖がるのはいいけどでたらめ言うなよ絶対」
少し怒った口調でカズヤを含めた連中に言うと、皆が目を丸くして驚いていた。
俺が怒ることなんてまずないから、呆気にとられたのだろう。
それでも、言うことは言っておかないとな。
「どうなんだよ」
「わ、わかってるって。宮永、そう怒るなよ」
「じゃあ言うなよ。次聞いたらまじで怒るから」
「も、もちろんだって」
俺が少し声を荒げてそう話す姿はクラスの結構な連中が見ていたようで。
次の休み時間からはそんな噂はパタリと消えた。
最も、それは俺の影響力なんてものじゃなくて、九条さんに俺が何かチクるんじゃないかって心配からなのだろうけど。
でも、少なくとも俺のいるところで彼女の悪口は許さない。
そんなことを思いながら迎えた昼休み。
九条さんが俺にこっそり声をかけてくる。
「ね、宮永君……ちょっといい?」
「どうしたの九条さん」
「……ついてきて」
いつになくしおらしい態度で話す彼女は、静かに教室を出る。
慌ててついて行くと、黙って早足でどこかに向かう彼女はやがて、人のいない階段の踊り場で、いつぞやのように俺に壁ドンで迫る。
「ど、どうした、の……?」
「……変わってない」
「え?」
「付き合ったのに、なんか変わってない。彼女なんだよね、私?」
壁ドンしながら目を潤ませるという、よくわからない状況になった。
変わってないって……
「そ、それって」
「も、もっとこっそりイチャイチャなの期待してたの! 二人で教室抜け出してみんなが見てないところでにゃんにゃんして……にゃ、にゃんにゃんじゃなくて!」
「……」
つまり、愛情に飢えていたのだ。
確かに、俺と九条さんは付き合ったけど大してやってることは変わんないというか。
平常運転過ぎて寂しかったのだろう。
「……ごめん、九条さん。うん、俺も九条さんとイチャイチャしたいよ」
「え、えっち!」
「なんでそうなるの……」
「あっ……う、うそだよ。うん、じゃあきゅってしてくれる?」
「うん、もちろん」
まあ、こうやってハグするのもいつものことなんだけどなあとか思いながら、彼女をそっとハグする。
すると、九条さんはようやく安心したようで、俺の肩にもたれながら「宮永君の匂いがする」と。
甘えてくる。
「ちょ、ちょっと九条さん?」
「えへっ、彼女みたい、私」
「みたいじゃなくて彼女だよ、九条さんは」
「……私って、独占欲強いのかな。宮永君がみんなと仲良くしてるとこ見たら、モヤモヤするの」
「俺だって、九条さんがどこかに行く度にさみしいなって思ってた」
「じゃあ、明日からは毎時間こうやってしてくれる?」
「うん、いいよ」
「うん。約束」
あまりの可愛さに、彼女に夢中でハグしてたせいか全く周りが見えてなくて。
俺たちが階段で抱き合っていたところを複数の生徒に目撃されていたようで。
しかし俺たちが付き合ってるという噂はなぜか流れず。
代わりに俺が九条さんと決闘の末に敗れ、彼女の胸の中でその検討をたたえられていたという意味不明な誤情報が全校に広まって。
俺まで強キャラ扱いをされるようになってしまったのである。
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