第37話 黒ミク、危機一髪


「おにいさんこんばんはー」


 今日、すずねが家にいないことを聞いた。

 朗報だと思った。

 ていうか、運命だと思った。


 今しかないと。

 すずねがいないこの瞬間に、おにいさんと既成事実を作る。

 九条龍華に私が勝つ方法はもう、これしかない。


「……ヤンキーもいないわね」


 こっそり玄関をあける。

 鍵は開いていたので、壊す必要はなく。

 そろりとリビングを覗いてみると、なんとそこにはおにいさんが。

 一人で寝ていた。


「わあ、おにいさんの寝顔すてきー」


 すやすや寝てる。

 このままちゅーしちゃおうかな。

 でも、起こしたらまずいかなあ。


 うーん。とりあえずこのまま寝顔を堪能しちゃおうかな。

 えへへへへっ、起きたらびっくりかなあ。

 ミクちゃんだよー、おにいさん、ミクが傍にいますよー。


「……」


 でも、目が覚めない。

 ちょっと見飽きてきたというか、辛抱ができない。

 まあ、起きてもいっか。

 私のキスで目を覚ますなんて、ロマンチックだもんねえ。

 じゃあ、唇を拝借っと。


 失礼しまーす。


「宮永君!」


 その時、玄関が力強く開く音と共に彼を呼ぶ声がした。


 ……九条龍華だ。

 ああ、もう。ほんと邪魔だなあ。


「宮永く……あ、ミクちゃん?」

「あら、お邪魔してます九条さん。って別にここはあなたのおうちじゃなかったですね」

「な、なにしてるの?」

「えー、今からおにいさんにちゅーしようかなって」

「だ、だめー!」

「わーっ!」


 すごい声だった。

 可愛い声なのに、まるで超音波のようにそこら中に響き渡る。

 そしてその声でおにいさんが起きてしまった。



 何かすごい音で目が覚めた。


 すると、目の前にはなぜかミクちゃんと九条さんが。

 向かい合ってにらみ合っている。


「え、何この状況?」

「あ、おにいさんおはようございます。ちょっと九条さんとそこであったんですよ。ねー、九条さん」

「え、あ、あの」

「じゃあ私は帰りますんで。また」


 ミクちゃんは、さっさと部屋を出て行った。


 そして、ぽかんとする九条さんは、少しして我に返るように俺を見ると少し顔を赤くしながら迫ってくる。


「な、なに?」

「宮永君……何もされてない?」

「さ、されてない、と思うけど? 寝てたし」

「ほんと? ほんとにほんと?」

「み、ミクちゃんだって寝てるやつに悪戯なんてしないと思うけど」

「……きゅっ」

「う、うん」


 よくわからないまま、彼女とハグする。

 でも、今日の九条さんは少し震えていた。

 力をおさえるようにというか、少し不安そうに震えている。


「……宮永君、こんなとこで寝てたらダメだよ」

「ごめん、なんかわかんないけど心配かけたみたいで」

「うん。だから今日はいっぱいきゅってするの。もっと強くして」

「う、うん」


 俺はぎゅっと。

 でも彼女はきゅっと。


 そうやって、しばらく抱き合っていると、やがてすずねが帰ってきたが。

 ぜえぜえと息を切らしたすずねは、「もう無理」と言いながらさっさと風呂場に行ってしまった。


 俺が寝てる間に何があったのか。

 しかし、そのことについては誰に訊いてもなにも教えてくれなかった。



「おにい、突然だけど会議します」

「会議?」


 すずねが、風呂からでてすぐにそんなことを言いだした。

 そして、九条さんと三人でリビングに座ると、すずねは開口一番、俺に向かって。


「ミクはおにいのことが好きなのよ」


 と。

 え、マジで?


「え、マジで!?」

「あー、その反応はマジで気づいてないやつだ。嘘でしょ」

「だ、だってそんなこと一言も」

「言ってないけど態度でわかるでしょ普通」

「そ、そうなの?」

「……まあ、今はおにいの鈍さをどうこういっても始まらないから置いといて。とにかくあの子はおにいが好きで、そんでもって重度のメンヘラなのよ」

「メンヘラ!? ミクちゃんが?」

「いや見たらわかるでしょ!」


 盛大にすずねからツッコミを受けた。

 どうやら俺は相当鈍いらしい。

 それは、隣でうんうんと頷きながら、後に俺の方を見て「私でもわかったよ」という九条さんの言葉で確信に変わる。

 俺、鈍いんだ……。


「とにかく、ミクは危険だから。友達だからこっちでなんとかしようと思ってたけど、もうどうにもならない感じだし。おにい、ズバリ言うけど、すっぱり彼女をフッてあげて」

「え、俺が?」

「おにいしかいないでしょ! じゃないと、龍華お姉ちゃんの前にあの子にあんなことやこんなことされちゃうわよ」


 すずねがそう言うと、隣の九条さんが「やだっ!」と、思わず立ち上がって。

 その後に俺を覗き込むように見てくる。

 顔が近い……。


「宮永君、私ぜったいにヤダ! 先にミクちゃんとキスとかしたら絶対ヤダ!」

「そ、そんなことしないけど……ってキス?」

「え? あ、ええと……あうあうあうぅぅ……」


 キスという言葉に自滅した。

 九条さんは顔をタコみたいに赤くしてからシュンとしぼむように席に戻る。


 俺も、九条さんとキスをすることを想像してしまって敢え無く撃沈。

 二人で真っ赤になりながらもじもじと黙り込む。


「あーあ、二人ともウブなのねえ。でも、早くそういうこともしないと、先にミクに奪われかねないよ」

「な、なにを言うんだすずね。さすがにミクちゃんもそんなことは」

「するんだよねえあの子は。平気でやって、喜ぶタイプの変態だからねえ」

「そ、そうなんだ……」


 なんか怖い。

 でも、よくそんな子と友達でいられるなすずねも。


「龍華お姉ちゃん、ちょっといい?」

「う、うん」

「耳貸して。ええとね」


 すずねが九条さんに耳打ちをする。


 すると、九条さんの顔が一瞬でカッと赤くなって目がびっくりするくらい大きく見開かれる。


「えっ!?」

「頑張ってね、お姉ちゃん。応援してるから」

「ひ、ひううう……」

「おいすずね、何話してたんだよ」

「ないしょー。おにいは鈍いから」


 べーっと。お茶目に舌をだしてからすずねは笑う。


 その後、この日は明日に備えて早く寝ようということになり。

 九条さんを二人で家まで送っていってから帰宅して。


 突然の来客に戸惑った半日の疲れを癒すようにして眠りにつく。


 そして翌日。


 九条さんと付き合って初めての休日デートの日を迎えた。

 

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