第3話 必中 龍の顎
「おはよう」
九条龍華のその一言に、いつも以上に教室が震撼したのにはワケがある。
今日のおはよう、少し力がこもっていて怖かった。
そう思ったのは俺だけではないようで、皆怯えるように彼女を見つめていた。
ゆらりと、力なく教室を歩く彼女の可憐な姿を見ているのは俺だけ。
他の連中は彼女を見ないように、そっと反対の入り口から教室を飛び出したり、慌てて携帯を取り出したりと大忙しだ。
そんな殺伐とした空気の中。
席に座った彼女はそっと俺を見ると、「ちょっと来て」とだけ。
鬼の形相だった。
確かに目を見ただけでちびりそうだ。
さっさと教室を出て行く彼女に、慌てて俺もついて行く。
ひそひそと話すクラスメイトの会話からは「宮永が殺される」と心配するものもあった。
まあ、殺されはしないのだろうがと、気を落ち着かせながらついて行くと、階段の踊り場のところで彼女に。
壁ドンされた。
「あ、あの……」
顔が近い。
それに、いい香りがする。
「昨日のあの子、ほんとに彼女なの?」
そう喋る彼女の息がかかり、俺はそわっとしながらも首を横に振る。
「ち、違いますって。妹が悪ふざけで言っただけですけど」
「そ、そうなの? でも、妹とあんなに仲いいとか、あるの?」
「ま、まあうちは特殊なのかなって……そ、それがなにか?」
逆に訊き返すと、彼女の顔がカッと赤くなる。
そして、そっと俺から顔を離すとくるっと後ろを向いて、言う。
「か、彼女と同棲とかしてるような不潔な人かと思ったから。それだけ」
声が震えていた。
勘違いと気づいて恥ずかしくなったのか。
でも、なんでそんな心配を?
「あの、九条さん?」
「シ、シロをそんな人のところに置いて帰ってしまって、し、心配になっただけ……あ、あと、今日取りに行っても、いいかな?」
もう、声が震えすぎて聞き取りづらい。
ただ、俺もあのぬいぐるみをいつまでも部屋に置いてるのは邪魔だから。
いいですよとだけ答えると、
「じゃあ、放課後。正門で」
そう言い残して彼女は教室に戻っていった。
正門で、ということは一緒に帰るってことでいいのかな?
……え、俺と九条さんが二人で?
◇
「いやー、こうして宮永の元気な顔がまた見れて嬉しいぜ」
昼休みに真壁が嬉しそうに言う。
そして周りの友人たちもうんうんと頷いている。
「大袈裟だな。別に何もなかったよ」
「でもよ、あの九条さんに呼び出されたんだからてっきり今頃病院送りかと思ってたよ」
「そんなことしないよ彼女は。それに、今日は一緒に」
一緒に帰ると、そう言いかけた時。
また教室がざわつく。
外に行ってた九条さんが戻ってきた。
その姿を見て、みんな散り散りになる。
彼女はよくも悪くも目立つ。
だから彼女がいない時は皆、九条龍華についての話題でもちきりなのだが。
もちろん彼女がいるところではそんな話はするはずもなく。
黙りこくってしまう。
でも、本当に今日は彼女と一緒に下校するのかな。
黙って席に座って、静かに携帯を触りだす彼女を見ていると不安になる。
さっきのは何かの聞き間違いか、それとも……。
そんなことを思っていると、俺の携帯がピコンと鳴る。
ライン? 学校にいる時に誰から……ってこれは?
アイコンには『龍華』と。そして可愛いぬいぐるみの写真が。
もしかしてこれ、九条さん?
中身を開くとそこには。
「やっぱ裏門。こっそりきて」
とだけ。
思わず彼女の方を見るけど、表情一つ変えずにじっと固まっている。
だから一応返事くらいは入れようと、「わかりました」とだけ。
するとすぐに彼女の携帯がピコンと。
やっぱり送り主は彼女で間違いなさそうだ。
でも、どうやって俺のラインを知ったのだろう。
そんな疑問はしかし、すぐに晴れることとなる。
「おい宮永、お前大丈夫か?」
午後の授業が終わってすぐにトイレにいった時の事。
中学からの同級生の一人に、そう声をかけられた。
「え、なんで?」
「いや、昼休みにさ。お前の連絡先を教えろってあの九条が。俺、まじで腰ぬかしちまってよ。教えちゃったんだよ。マジごめん」
頭を下げながら謝る友人の顔はまだ恐怖に少し歪んでいた。
よほど怖かったのだろう。
でも、なんでわざわざ連絡先を?
「あの。九条さんは何か言ってたか?」
「いや、何が何でも教えろって。すげー怖かったよ」
「ふーん」
やっぱり、何かしたのだろうか。
俺に直接言えばいいのに、そんなことなら。
とまあ、俺の連絡先を入手した経路はわかったが、理由はやっぱりわからず。
そんなまま、放課後を迎えることとなる。
荷物をまとめたり真壁たちと話しているうちに、気づけば九条さんの姿はもうなかった。
慌てて、俺は裏門に向かう。
すると、誰もいない裏門で一人、九条さんが立っていた。
「あの、ごめんなさい遅くなりました」
「……いいけど、別に」
「?」
どこか不機嫌そうだ。
いや、いつも不機嫌そうだけどそういうんじゃなくて。
なんか、こう、拗ねてる感じがする。
「ええと、何かありました?」
「それ、やめて……」
「え?」
「敬語、やだ」
「け、敬語? ああ、いや、でも」
そもそも仲良くもない女子に対して、馴れ馴れしくタメ口で話すようなコミュ力は持ち合わせていないし、それに相手が九条さんとなればやっぱり自然と敬語になってしまう。
でも、彼女はそれが嫌だとか。
「他人行儀で嫌。敬語で喋ったら怒る」
「……うん。じゃあ、やめる」
「あと、シロとりに行く前にゲーセン行く」
「あ、うん。じゃあ、俺も一緒に行っても」
「来ないと怒る。ねえ、またぬいぐるみとってくれる?」
「え、まあ、それは」
この前のはたまたまだから。
だから期待しないでと言おうとしたのだが。
彼女がさっきまでと違い、俺に期待するようなキラキラした視線を送ってくるので言えるわけもなく。
「頑張ってみる」と。
すると。
「ほんと? やったー、宮永君優しー!」
また、抱きつかれた。
抱きつくのが癖なのだろうか。
しかしその度に窒息するのはまずいと、俺はとっさに俺と彼女の体の間に手を入れた。
すると。
「むにゅっ」
掌に、とても柔らかい感触が……。
「あ……」
「……きゃー!」
「ぶべっ!」
パンチされた。
当然だった。
そして、人一人を締め上げるだけの腕力を持つ彼女のパンチは、俺の意識を奪うには十分すぎる威力だった。
彼女のパンチは確実に相手の顎を貫く。
必中の奥義。通称『龍の
たしかそんな名前だったなあと、誰かの噂話を思い出しながら俺は意識を失った。
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