第4話 責任とって

「……ん、ここは?」

「あ、目が覚めた! よかった……」


 また、昨日と同じだ。

 目が覚めたら九条さんの顔がそこにある。

 ここは学校裏の公園のベンチで、九条さんを見上げてる……。


「……てことは」

「ダメ。まだ動かないで。さっきまで目を回してたから」

「は、はい」

「敬語」

「う、うん」


 昨日はとっさに飛び退いてよくわからなかったが、彼女の太ももはとても柔らかい。

 どんな枕でも敵わないほどに心地よい。

 とても、変な気分になってくる。


「あ、あの……もう、大丈夫だから」

「そう。ごめんね、急にぶったりして」

「いや、俺こそごめん……あの、む、胸」

「言わないで……」


 起き上がると、自分の胸をぎゅっと抱くように隠す彼女が、照れながら顔をそむける。

 その仕草が可愛くて、思わず俺も顔が熱くなる。


「あ、ごめん」

「いちいち謝らないで。で、でも。せ、責任とって」

「責任? それって」

「ぬいぐるみ。とってくれるまで帰らないから」

「あ、うんわかった」


 責任取れなんて言葉に、思わずドキッとしたがそういうことか。

 まあ、彼女の胸を触った代償がそれだというのならお安い御用すぎる。

 

 じゃあ、行こうかと二人で歩いてゲーセンに。

 今日は自転車ではないので、いつもの場所ではなく近くにある小さなゲーセンへ。


 すると、


「あー、負けたー! くっそーもう一回」

「いいぜ、何回でもやってやんよ。かかってきな」


 同じ学校の連中が大勢いた。

 そうだ、俺はそれが嫌でわざわざ隣町まで出かけてたんだ。


 静かに一人でゲームを楽しみたいだけなのに、やんちゃな連中がたむろする地元のゲーセンは、落ち着かないしうるさいしで、あまり来たくはなかったのだけど。


 しかし九条さんが店内に足を踏み入れると状況は一変する。


 誰かがその存在に気づくと、周りの人間に慌てて声をかけ始める。

 そして、急いで今やっているゲームから離れて、そそくさと店を出て行った。


「……何も言ってないのに」


 寂しそうに、九条さんが呟く。

 まあ、露骨に避けられていい気分になる人なんかいない。

 でも、そうさせてるのは間違いなく本人の武勇伝があってのことで、俺はどう声をかけたらよいかわからず、話題を逸らす。


「あ、クレーンゲームは確かこっちだよ。九条さんの好きそうなやつ、確かこの辺に……ほら、これとかどう?」


 慌てて見つけただけのその景品は、大きなハムスターのキャラクターの抱き枕。

 愛くるしいそれを見て、少し暗くなっていた彼女の目が、輝きを取り戻す。


「わあ! かわいい……これも獲れるの?」

「まあ、一回じゃ無理だけど。これでいいの?」


 訊くと、大きく首を縦に振りながら「これじゃないとヤダ」と。

 なので早速お金を両替していると彼女が、俺の手を掴む。


「な、なにか?」

「お金、私が出す。私の欲しいものとってもらうのに」


 そんな律儀なことを言う彼女は、やっぱり皆が怯えて逃げ惑うようなヤンキーには見えない。

 だから不思議だ。どうしてこんな彼女が、最恐の名をほしいままにしているのか。


「……いいよ。俺がやりたいからやるんだし。クレーンゲームって好きだけど、景品にはあんまり興味なくって。もらってくれる人がいると助かるんだ」

「そ、そうなの? じゃあ、お言葉に甘えます……」


 随分と気まずそうにする彼女は、また少し顔を赤くする。

 その顔がかわいい。とても龍の顎なんて物騒な必殺技を持つ人間には見えない。


「じゃあ、早速やるよ」


 俺はまず五百円を入れてから、サービス分の一回を含めた六回、ぬいぐるみ獲得を試みた。


 しかしダメ。

 随分近いところに寄せたがまだ落ちない。


 あと五百円はかかるかなと、一度振り返ってみたら彼女の姿がない。


 ……トイレでもいったのかな。


 まあ、待つ理由もないかともう一度チャレンジを続けると、ちょうど千円使い切るところで目当ての景品が穴に落ちた。


 獲れた達成感はいつも嬉しいけど、ほんと持って帰っても邪魔になるし、すずねもそういうのには興味ないしで困ってたからちょうどいい。


 ぬいぐるみを拾い上げて立ち上がると、そこには両手にジュースを持った九条さんの姿が。


「あ」

「獲れたの?」

「う、うん。あの、ジュース買ってくれてたんだ」

「だ、だって。頑張ってくれてたし」

「ありがとう九条さん。あと、はいこれ。獲れたよ」


 ぬいぐるみを持って、前に差し出すと彼女は。


「かわいー!」


 といって、ペットボトルを放り投げてぬいぐるみに抱きついていた。

 うむ、作戦成功。これで今日は窒息することはなさそうだ。


 喜ぶ彼女を見ながらペットボトルを拾い上げていると、九条さんがくるっと振り返って俺を見る。


「……な、なにか?」

「名前。ハムにした」

「え?」

「変かな? ハムスケとかの方がいいかな?」

「い、いや、最初のでもいいんじゃない、かな?」

「そうだよね! うん、よかった!」


 そう言ってはしゃぐ彼女は、やっぱりぬいぐるみ好きなただの美人にしか見えない。

 いや、本当にこんな子が最恐のヤンキーなのか?

 誰かと間違えてんじゃないだろうな。


「あの、ジュースいただくね。あと、そろそろ帰らないと。暗くなるし」

「う、うん。じゃあ、シロを取りにいかせてもらうね」


 大きなぬいぐるみを大事そうに抱えたままの彼女と一緒に、店を出る。

 もうすぐ日が暮れる。

 少し急ぐように我が家を目指し、そして家が近づいてくるとその前に人影が。


「あれは……すずね?」

「おにい、遅い! 連絡もなしに何して……って昨日の」


 すずねと九条さんが互いに目を合わす。

 するとまず九条さんの方から、挨拶。


「あの、私は彼の同級生のく、くく、九条と」

「昨日訊きましたそれ。で、おにいとデートしてたんですか?」


 いつも温厚なすずねが少し語気を強める。

 すると九条さんの顔がみるみると。


 赤くなる。


「で、でーと……で、ででで、でーと……」


 このまま耳から煙でも出て、ピーっと音が鳴りそうなくらい真っ赤だ。

 これは夕陽のせいじゃないことくらいわかる。耳まで、ひどいくらい真っ赤だ。


「あれ、そういう人なの? なんだ、もっと遊んでるギャルかと思ったら違うんだ」

「おいすずね、先輩相手に失礼だぞ。それに九条さんは、昨日の忘れ物を取りにきたんだ」

「あ、なるほど。じゃあせっかくなんで晩御飯も一緒の食べていきます?」

「え?」


 九条さんは、目を丸くして驚いた様子ですずねを見る。

 しかし何か答える前にすずねが「はいはい、入って入って」と。


 俺たちを家の中に招き入れる。


「あの、九条さん。別に無理しなくていいよ。晩御飯、おうちにあるだろうし」

「……お邪魔します」

「え?」

「ダメなの?」

「いや、ダメじゃないけど」


 じゃあ、お言葉に甘えますと。

 そう言って、彼女はさっさと家に上がり込む。


 女の子が家にくるなんて、初めてだな。


 

 

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