第5話 ご機嫌ななめ?

「はい、そこに座って座って」


 自慢の妹すずねは、俺と違ってコミュ力も抜群である。


 誰に対しても人見知りしないし誰ともすぐ仲良くなろうとする。

 賢くて愛嬌もある彼女に、誰も嫌な顔はしない。

 だからすぐに友達が増える。すごい妹だ。とても俺と同じ血が流れているとは思えない。


「あ、え、えと、しし、しつれい、しま、ふ……」


 一方の九条さんは、どうやら人見知りのようで。

 年下とわかっていてもすずねに対してたじろぎながら、抱えているぬいぐるみを強く抱きしめながらふるふると震えている。

 泣きそうである。

 嫌なら帰ってもいいのに……。


「ここ、俺の席だからつかってよ」


 そんな彼女を見かねて声をかけると、「宮永君の席……」と、小さく呟いてからなぜかぬいぐるみの方を俺の席に座らせた。

 なぜだ。


 なぜかはもちろん知らない。

 緊張しすぎておかしな行動をとっただけなのか。

 すぐにその隣に座ると、彼女は俺の方をじっと見ていた。

 じっと。見るというより視る、か。探るような視線を送ってくる。


「あの、なにか?」

「いえ、な、なんでも……あの」

「はーい、お待たせ。すずね特製のシチューでーす」


 九条さんが何か言おうとしたところで、遮るようにすずねが食卓に夕食を運んでくる。


 今日はシチューだ。これがまたうまい。


「シチュー……」

「あれ、九条さんはシチュー嫌い?」

「い、いえ。好きだけ、ど」

「じゃあ食べて食べて。すずねの料理は世界一うまいんだ」

「世界一……いただきます」


 髪をかきあげながらシチューを食べるその仕草は、妹にはない色っぽさがある。

 いや、そもそも妹に色気を感じる兄ってのもどうかと思うが今はそういう話じゃなくて。


 単純にクラスの女子が、それも俺が密かにいいなと思っていた女子が我が家の食卓で飯を食べていること自体に興奮を覚える。


「うん、おいしい! これどうやって作ったの?」

「ふっふっふ。秘密でーす」


 謎の笑いから、まさかの焦らし。

 

「教えてあげてもいいだろ、すずね」

「ダメー。これはすずねが長年かけて開発した秘伝のレシピなの。そう簡単に教えるわけにはいかないわ」


 そう言って自分でも一口。

 そして「うん、私の料理うっま!」と自画自賛する妹。


 可愛いなあ。お茶目だよすずね。


「では、どうやったら教えてくれるんですか?」

「そうねー。うちに通ったらそのうち教えてあげなくもないかなー」


 ニヤニヤしながら。

 妹がそんなことを言うから俺は途端に焦る。


「か、通うって……いや、さすがにそれは九条さんも」

「……私、また来ます。頑張ってすずねちゃんみたいになります!」

「え……」


 なぜか。

 闘志メラメラな九条さんは、うんうんと大きく頷きながら目をきらきらさせる。

 そして、よほど気に行ったのか、シチューをあっという間に完食してしまった。


「ご馳走さまです。すずねちゃん、今度こそこれ教えてね」

「さあ、どうかなあ。次に来た時のお楽しみでーす」


 誰にでも明るくていつもと変わらない様子に見えるけど、それでもいつもより少しだけすずねのテンションが高いような気がする。

 

 九条さんのことを気に入ったのかな?

 それにすずねも怖がってる様子なんて一切ないし、やっぱり彼女が最恐のヤンキーなんて信じられない。


「じゃあ、私はそろそろ」

「あ、そこまで送るよ」

「おにいは片付けしてて。今日は私が送るからー」

「え、でも」

「いいからいいから。ね、九条さん。女子トークしながら帰りましょ」

「う、うん……」


 すずねはよほど九条さんを気に入ったようで。

 俺を制止して彼女を見送りに出たので、俺は玄関先で少し戸惑った様子の九条さんと一緒に出て行くすずねの姿を見送った。



「ご馳走さま、すずねちゃん」

「いえいえ、あんなのでよかったらいつでも。それで、おにいとはどういう仲なんですかー?」

「え、そ、それは……」


 ふむむ。

 九条龍華といえば、この辺りでは知らない人なんていない有名な不良。のはずだけど。


 この人がおにいの好きな人なのかな?

 だとしたら、やっぱりもうちょっと見極める必要あり、かなな?


「九条さん、いいこと教えてあげますよ」

「な、何かしら?」

「私……おにいと本当の兄妹じゃないんです」

「え!?」

「義妹、だったら結婚もできますよねー。ふふっ、おにいにいい人がいなかったら私、おにいとそのまま一緒になっちゃおーって」

「そそ、そそそ、それは……そんなこと」

「ありますよー全然。それで、次はいつきます?」

「あ、明日! 明日もくる!」

「じゃあ待ってます。今日は楽しかったです。あ、このことはおにいには秘密ですよー」

「う、うん……じ、じゃあ、お見送りあり、あり、ありがと……」


 九条さんったら相当動揺してる。

 足取りもフラフラだし、声もひどく震えてた。


 ちょっとばかし意地悪しちゃったかなー。

 私とおにいが義理の兄妹なんて。


 そうだったらよかったのになー。


 あはは、できた妹だぜい全く。



「ただいまー」

「おかえりすずね。九条さんは無事帰った?」

「もっちろん。で、明日もくるって」

「そ、そうなんだ。随分仲良くなったな」

「まあねー。おにいも、明日から学校で仲良くしてあげなよ」

「お、俺はまあ、別に。普通にクラスメイトなんだから」

「そんなんだと、いつまで経ってもうまくいかないわよー」

「そ、そんなんじゃないって……」

 

 なるほど。

 妹は俺が九条さんにホの字だと見抜いてる。

 洞察力まで鋭いとは恐れ入る。


 でも、認めるのはちょっと恥ずかしい。

 妹と恋バナなんて、恥ずかしい。


「今日は風呂入ったら寝るよ。明日また、九条さんもくるし」

「そだね。じゃあおやすみ、おにい」

「うん、おやすみ」


 とまあ、急な来客があった一日がようやく終わる。


 その夜、携帯を触っていると、ふと。


 そういえば彼女にラインとか、俺から送ってもいいのかな。

 今なにか送ったら、返事とかくれるのかな。

 でも、何を聞いたらいいかも思いつかないし。


 明日学校で、また話しかけてみよう。


 そう思うと、ドキドキして緊張が高まってしまい、あまり寝付けなかった。



「おはよう」


 朝の教室が、過去最高に震え上がる。

 今日の九条さんのおはようは、もう見るからに怒っているのがわかるような、そんな感じ。


 イライラしているのがよくわかる。

 目つきは、もう既に一戦終えてきた後のように鋭い。

 話しかけるどころの状況ではない。


 そしてその視線が向けられた先は。


 俺。


 ……俺?


「おい、宮永のやつやべえぞ。殺される」


 そんなひそひそ話が聞こえてくる。

 そして彼女は俺をジッと睨んだまま、入口のところでフリーズする。


「……九条さん?」


 思わず、名前を呼んだ。

 すると、九条さんはスタスタとこっちに向かってくる。


 しかし急に目線を逸らして、結局そのまま席に。


 その瞬間、クラスの皆が一斉に「ふぅ」とため息をこぼして、緊張の糸が切れた。


 なんだったんだろうかと、俺がチラッと彼女をみても反応はなかった。


 しかし授業中。

 ブルブル震える携帯をポケットから出してこっそり画面をみると、


「宮永君のえっち」


 と。


 九条さんからラインが入った。


 一体なんのことだ?

 俺がえっち?

 もしかして、まだ胸を触ったことを根に持って……


 原因はそれかどうか不明だが、とにかくなんらかの事情で彼女が俺に対して怒っていることは理解した。


 で、どうしたらいいのかと彼女をチラチラ見ていると。


 授業中に彼女は手に持っていたシャーペンをバキッとへし折った。


 まあまあな音がして。

 その音に誰もが震え上がり。

 先生までビビってしまい。


 朝の授業は自習になった。


 


 

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