第29話 好きなら、きゅって

「酒じゃ酒じゃー、酒もってこーい」


 しばらくしてから、九条さんのお母さんが俺を迎えに来てくれて、今は九条家の居間にいる。


 ちなみにあの道場の扉、人の力ではどうにもならないくらい重かった。


 閉じ込められたと焦って助けを呼んでいると、おばさんが外から軽々と扉を開けてくれた。

 ……ここの家の人ってみんな怪力なのかな?


 しかし、居間にひとりぼっちにされた俺はさっきの道場でのやりとりを思い出して、勝手にドキドキしている。


 九条さんに好きだって、言ってしまった。

 なんかさっきの雰囲気があまりにも微笑ましくて、つい口走ってしまったけど、九条さんはどう思ってるんだろう。


 ハグしてくれたけど……あれってつまり。


「ちょっといいかしら」


 あれこれと悩んでいると、九条さんのお母さんが居間に来た。

 

「あ、すみません大丈夫ですけど」

「そう。お茶どうぞ」

「ど、どうも」

「ふふっ。おじい様があんな調子でごめんなさいね。でも、あれでも喜んでるのよ」


 おばさんは、そういってにこっと笑う。

 やはり、九条さんに似て美人だ。

 そして、おばさんは俺の向かいに座る。


「私は、龍華の母の龍美たつみです。改めてよろしくね」

「あ、あの俺は」

「宮永君でしょ? 娘が毎日毎日あなたの話をしてくれるから、嫌でも覚えたわよ」

「そ、そうなんですね」

「で、龍華のどこがいいの? やっぱり見た目? それとも宮永君ってМなの?」

「え?」

 

 和装の上品な雰囲気の彼女は、しかし急にニヤニヤして、友達のように質問をしてくる。

 

「ねえどうなの? あの子、高校生になってまでぬいぐるみが好きだなんて、ちょっと痛い子だけど」

「そ、それは可愛い趣味だなって、思いますが」

「それに料理も下手だし、頭もよくないし」

「い、今は一生懸命練習してるみたいですから、それでいいのかなと」

「そう。でも、あの子の力もそうやって笑ってあげられる?」

「え?」


 おばさんは、そっと立ち上がってから棚の上にあるボールペンを手に取って。

 それを指で挟むと、まるで紙を折るくらいの涼しい様子で、ぺきっとへし折った。


「九条家はね、こんな力が備わってるの。私も、若い頃は随分苦しめられたわ。でも、パパに出会って、この力を理解してくれる人ができて、私は救われたの。あなたも、龍華にとってそういう人になってくれる?」


 再び正座しながら彼女は、さっきまでの笑顔を潜め、真剣に俺の目を見る。

 俺も、その様子に応えるように気を引き締める。


「はい、俺は龍華さんのことを大切に思ってます。だから」

「うんうん、それ以上は言わなくてもいいわよ。目をみたらわかるから」

「は、はあ」

「それから先は、本人に言ってあげて。あと、今日はうちでご飯食べていきなさい」

「え、でもさすがにそれは」

「どうせおじい様に邪魔されて、龍華とろくに話せてないんでしょ? ここに呼んでくるから待ってなさい」


 おばさんは、さっさと部屋を出ていく。

 そしてほどなくして足音が向かってくるのが聞こえて。

 九条さんがひょこっと顔を覗かせる。


「……宮永君」

「あ、九条さん……どうも」

「……」

「……」


 まともに顔も見れない。

 さっき、告白してしまった彼女に対して、どういう態度で臨めばいいのか、さっぱりで。

 彼女も、俺にどう接したらいいのかわからない様子でもじもじと。

 それでもようやく居間に入ってきた。

 なぜかシロクマを連れて。


「そ、それ一緒に連れてきたんだ」

「うん。シロは初めて宮永君にとってもらった大切な子だから。それに、私のキューピットさん、だから」

「九条さん……」


 シロクマのぬいぐるみの耳をぴょこぴょことさせながら、彼女はみるみるうちに顔を赤くさせて、ぬいぐるみに顔をぼふっとうずめた後で、言う。


「宮永君……大好き」


 その一言に、俺も耳まで熱くなる。

 見えてはいないが、多分こっちの顔も相当赤く、ひどいものになっていたと思う。

 心臓が早く脈打ちすぎて、息がしづらい。

 口が渇いて、うまく声もでない。


「あ、えと……」

「宮永君は、私のことほんとに好き?」

「あ、え、あの……」

「き、嫌いなの……?」

「そ、そんなわけ、ないじゃん!」


 振り絞って声を出したせいか、ボリュームの調整すらうまくできず、叫ぶように答えてしまう。


 びっくりした様子で顔をあげて俺を見る彼女のなんともいえない間の抜けた表情も、かわいい。

 可愛くて、力が抜ける。


「……九条さんが、好きだよ」


 自然と、言えた。

 なんかもう、こんなかわいい子に自分の気持ちを隠すなんて無理だなって。

 ちゃんと俺の気持ちを知っててほしいって、そう思って。


 すると、彼女がまたぬいぐるみに顔を隠す。


「……じゃあ、付き合ってくれる?」

「お、俺でよかったら、も、もちろん」

「毎日、ハグしてもいいの?」

「い、いいに決まってるじゃんか」

「週末は、いつもデートだよ?」

「喜んでだよ。俺も、楽しみだから」

「……やた」


 小さく、彼女がかわいらしく呟いてから。

 なぜか顔を隠したまま、そそそっと俺の方に寄ってくる。


「く、九条さん?」

「宮永君、きゅってして」

「え? ここで?」

「まだ、信じられないもん……好きなら……きゅってして」


 そう言ってから、勝手にぬいぐるみをぎゅっとする彼女。

 なんだこのかわいい生き物は? やばい、可愛すぎるんだけど……。


「九条さん、きゅっ」

「うん。きゅー」

「……好きだよ、九条さん。これからもよろしくね」

「うん、うん。私、宮永君大好き」


 ハグをしててよかったって、こんなに幸せなのに少し冷静だった。

 多分、今は涙で顔がひどいものだったと思うから。

 彼女に見られなくてよかったって。


 少し垂れてくる鼻水をすすってから、しばらく彼女と優しいハグを続けた。


 今、この瞬間にできた可愛い彼女の存在を確かめるように。

 いつもより少しだけ強めにハグをした。

 

 

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