第28話 好きな人

 質問をした彼女は口元を震わせながら、やはりこっちを見ることはなく。


 俺はその質問に対して、言葉を失う。


「……」


 それは君だと。

 たった一言が言えない。

 喉がカラカラに乾いて、息が苦しくて、お腹が空いてるはずなのに吐きそうで。


 それでも振り絞るように何か喋ろうと、俺が声を出そうとしたところで彼女が、


「や、やっぱりいい!」


 と。

 そのまま部屋を飛び出してしまった。


 バタンと、部屋の扉が閉まった直後。

 俺は彼女のベッドにドサっと座り込む。


 ……やばかった。

 あと一分もあの状況が続いてたら、窒息するところだ。

 なんだよその質問。

 俺が誰を好きかって、なんで気になるんだよ。

 

 ……やっぱり九条さんも、俺のことを……。



「せいっ、はっ、ほっ!」


 今、再び道場にいる。

 なぜかといえば、さっき九条さんを追って部屋を出たところでおじいちゃんに襲撃されて、無理やりここまで連れてこられたのだ。


 正座して、背筋をピンと伸ばしてからおじいちゃんが空手の型をやっているところを見学中というわけだ。


「……あのー」

「なんじゃ、今は黙っとれ」

「……」


 やがて、動きを止めてから肩にかけたタオルで汗をぬぐう小柄な老人は、すっきりした表情で俺の方に歩いてくる。


「おぬし、龍華のことを怖いとは思わんのか?」

「え?」


 正座した俺とちょうど目が合うくらいの高さの老人が、しかしその何倍にも見えるくらいの威圧感を放ちながら俺を睨む。


「龍華は、ワシに似てクマをも倒す力を持っておる。いや、あいつはワシなんぞとっくに超えて、龍をも退治する能力を持った。そんなあいつを見て、おぬしは怖くはないのか?」

「おじいさん……」

「じゃから貴様にグランパなどと呼ばれる筋合いはないわい」

「……」


 またふざけたことを言うおじいさんだけど。

 でも、俺はその前に言われたことの意味を考えた。


 九条さんは、確かに力が強い。

 どんなものでも一撃で破壊してしまうようなとんでもない力を持っていて。

 その力のせいで皆に最恐だなんて異名で恐れられてるけど。


 でも。


 可愛いものが大好きで、笑顔も、真顔も、怒った顔だって可愛くて。

 おっちょこちょいだし、見てて色々危なっかしいけど、でも、いつも真っすぐで。


 そんな彼女のことを俺は……。


「俺は、九条龍華さんのことが、好きです」

「ほう。それは恐怖によってそう言わされているだけではないのか?」

「違います。俺は、あの子がとても優しくて素直な子だって、知ってます。それに……」


 それに、可愛くて、見てるだけでキュンキュンすると。

 言いそうになって口籠る。

 さすがに彼女の身内にそこまでいうのは恥ずかしいと、下を向いたところをおじいさんが覗き込む。


「なんじゃ。やっぱり怖いのかえ?」

「そ、そうじゃなくてですね」

「好き、と言ったがそれは人としてなのか、それとも」

「……」


 なんかこの状況って、おじいさんにうまく弄ばれてないかと。

 そう思ったりもしたが、この際はっきり言わせてもらおうと。

 俺は、彼女のことが。


「九条さんのこと、女の子として可愛いと思ってます!!」


 立ち上がって、大声で叫んだ。

 すると、道場の入り口から物音が。


「……九条さん?」

「……宮永くん、今、なんて」


 慌ててやってきた様子の、少し息を切らした九条さんが、目を丸くして俺を見ている。


「あ、いや、これは、その」

「……可愛いって、ほんと?」

「え?」


 そろりと。

 九条さんが近づいてくる。


 少し前髪がかかって表情が見えにくいが、しかし色白な彼女の肌が真っ赤に染まっていることはわかる。

 夕陽に照らされて、彼女の明るい髪もまた、真っ赤に燃えたように見える。


「……九条さん、俺」

「宮永君、私……」


 俺の前に立った彼女は、まだ視線を下にむけたまま。

 声も震えていて、いつもより彼女が小さく見える。


「あの、九条さん。俺、九条さんのこと」

「う、うん」

「……」


 なんだろう。

 もう、ここで告白するような勢いだ。

 ……いや、言うんだ。

 俺は九条さんのことが大好きだって。

 だから一緒にいてほしいって。


「……」

「……」

「ええいじれったいわい!」

「「っ!?」」


 静寂を破るように怒鳴り声が道場に響く。

 そういや、おじいさんいたんだった……。


「ええい小童め! うじうじしよってからに。さっさとちゅーくらいせんかい!」

「ちょ、ちょっとおじいちゃん!」

「龍華も龍華じゃい。お前の九条家の人間なら狙った獲物は自ら刈り取らんかい!」

「もー、おじいちゃん!」


 さっきまでのドキドキムードが嘘のように、おじいさんと九条さんが取っ組み合いを初めて。

 互いに頬をつねったり、肩を掴み合ってわーわーと喧嘩する姿は、なぜか微笑ましくて。


 俺は笑ってしまった。


「あはは、仲良しなんですね二人とも」

「宮永君……ち、違うのおじいちゃんがいじわるばっか言うから」

「いや、なんか安心しました。やっぱり九条さんって、普通の女の子なんだなって」

「……そんなこと、ないよ?」


 また、照れる。

 もう何回その姿を見て、可愛いと思ったことか。

 これからもずっと、見たいな。


「……九条さん、俺は九条さんが好きだよ」

「……え?」

「可愛いし。実はずっと九条さんのこと、いいなって思ってたんだけど。仲良くなって、やっぱり九条さんがいいなって。うん、だからこんな俺でよかったら」


 こんな俺でよかったら付き合ってください。 

 九条さんの目を見て、言った。


「み、宮永君、私は……怪力女だよ?」

「ちょっと力が強いだけだよ。かっこいいじゃん」

「そ、それにぬいぐるみとってくれないとすぐに怒ったり拗ねたりするよ?」

「いいよ九条さんなら。拗ねてるのも可愛いもん」

「……うん」


 彼女が、いつになくそっと俺にハグをする。

 きゅっというよりは、そっと。

 大切なもの包み込むように、そっと俺に手を回す。


「……九条さん、これって」

「うん。私も、宮永君のことがね」

「祝言じゃー!」

「え?」


 彼女の後ろから、おじいさんの大声が響く。

 そういやまだいたんだっけ……。


「お、おじいちゃん?」

「龍華よ、今から祝言じゃ。祝いじゃ祝いじゃ、はようこっちこい」

「ちょ、ちょっとおじいちゃん、私は」

「ええい黙ってついてこんかい」

「ま、待ってー!」


 首元を掴まれて、ずるずると九条さんは引っ張られていった。

 そのまま、バタンと大きな扉が閉まって。

 薄暗い道場に俺は一人残される。


 そして、再び静寂を取り戻したこの場所で、俺は我に返る。


 ……告白、しちゃったんだよな俺。


 


 

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