第25話 一難去って
「おにい、おはよう」
「おはようすずね」
変わらぬ朝だ。
こうしてすずねと二人で朝食を食べていると、昨日のことがまるで夢の中の出来事だったように思える。
それに、夢であってほしいとも思っている。
昨日はカズヤに呼ばれて家にいって。
それなのにあいつはいなくて、なぜかミクちゃんに迫られて。
胸を押し当てられたり水着姿で悩殺されたり。
たまらんかった。
いや、実際あれはあれで男としては役得みたいなところがあったけど。
今の俺の気持ちを考えたら素直に鼻の下を伸ばしてなどいられない。
九条龍華。
俺は彼女のことが好きである。
だからこそあんな不謹慎なことに巻き込まれてオロオロしていた自分を思い返すとため息がでる。
「はあ……」
「朝からどうしたのよおにい。昨日、そんなにひどいことがあったの?」
「い、いや。でもしばらくミクちゃんがいる時は部屋にいるよ。あの子、いたずらが過ぎるぞ」
「いたずらねえ。ま、おにいにあの子は無理だし、すずねがうまく言っておいてあげるから」
「ああ、助かる」
持つべきものは優秀な妹に限る。
ほんと、すずねのことは誰と結婚しても一生面倒みてあげたいくらい。
こんなことを言ってたら、シスコンとか言われるのかな。
でも、すずねは可愛いんだもん。
「おにい、今日から九条さんは学校くるんでしょ? 早く行かないと」
「あ、それがさ。今日は一緒に学校行くんだ。迎えにきてくれるって」
「へー。じゃあ九条さんがうちのおにいの彼女になる日も近いね。そうなったら龍華姉なんて呼んじゃおうかな」
「お、おいやめろよ気が早いぞ」
「とかいってにやけてるよ」
「……」
俺と九条さんが付き合う、か。
そんなことを想像しただけで口元が緩みっぱなしだ。
でも、すずねの言う通りなのかもしれない。
これだけ頻繁に会って、何度もハグとかして、それで何もないというのもちょっと。
……やっぱり、告白とかするべきなのだろうか。
「ピンポン」
そんなことを真剣に悩んでいたところで誰かが来た。
もちろんそれは、俺のことを迎えにやってきてくれた彼女。
「おはよう宮永君」
「おはよう九条さん。もう、大丈夫?」
「う、うん。今朝先生には改めて電話して、謝った」
「そ、そっか。先生はちなみに?」
「こっちこそごめんなさいって。なぜか謝られた」
「……」
こんなに素直でいい子なのに。
学校の先生も生徒の中身をもっとよく知れと苦言を呈したい。
「あっ! おはようございます九条さん」
「お、おはようすずねちゃん。えと、私」
「おにいから事情聞いてますよ。なんか助けてもらったみたいですみません」
「そ、そんな。私は、なにも」
「いえいえ。そんな九条さんには兄にかわってお礼をと思いましてね」
「お礼? 私に?」
不思議そうに首を傾げる九条さんにスタスタと寄っていくすずねは、まず俺の方を向いてから「洗い物よろしく」と。
厄介払いされてしまった。
いつも二人になって何を話してるのか気にはなるけど、そういうのを詮索するのはよくないんだってすずねが日頃言ってるから、俺は黙って台所へ。
すずねが言うのならばそうなのだろう。
俺はあいつを信用している。
微塵も疑わない。
持つべきものは、優秀で可愛い妹に限るよほんと。
○
「九条さん。改めて、おにいのために色々とすみませんでした」
「そ、そんな……私の方こそ、彼にはお礼を言わないとなのに」
「そなの?」
「う、うん。私の悪口を言ってた人に、やめろって。そうやって立ち向かってくれたの。だから、すごく嬉しくて……でも、そんな彼が危ない目に遭ってたから、つい」
ふーん。
おにい、そういうことは言わないからなあ。
なんだ、ちゃんと男らしいことやってるじゃん。
それなら……
「まあ、なんにせよ九条さんへの感謝は変わりません。で、この度私はおにいを奪い合う恋のライバル九条さんにアドバイスです」
「……アドバイス?」
「おにいは押しに弱いので押し倒しちゃってください」
「お、おし、押し倒すって……」
「あはは、それは言い過ぎかもですけど。でも、おにいはその辺鈍いので、よろしくお願いします」
「すずねちゃん……」
本当は。
私とおにいが本当の兄妹だとカミングアウトまでしてあげてもよかったけど。
それをしたら安心して、また行動が鈍くなりそうだから。
もうすこしだけ、義妹のままでいさせてもらいますけどね。
「じゃあおにい呼んできますんで」
「う、うん」
アドバイスをもらって、おにいを誘うことを想像しただけで照れる彼女を見ながら、今日二回目のご馳走様をつぶやく。
本当、私って出来過ぎな妹だ。
もし将来おにいがこの人と結婚したら、二人に養ってもらおっかなー、なんてね。
♠
「九条さん、すずねとは何を話してたの?」
「え、えと……ちょっとお礼を言われて」
「そっか。すずねは律儀なやつだから」
「そ、そだ、ね……」
家を出て学校へ向かう途中。
しかし九条さんはいつも以上にぎこちない。
昨日一日会わなかったから気まずいというのもあるだろうが、それにしても目は合わないし動きも固いし言葉は噛むし。
どうしたものかと、そんな彼女の様子を眺めていると、何かを言おうとして。
止まる。
「な、なにかあった?」
「な、なんでもない。ええと、うん、なんでもない」
「……でも、処分が軽くて正直安心した。謹慎は辛かったかもだけど、一日で済んだんならほっとした」
「でも、気をつけないとまた学校のものを壊しちゃう。ほんと、なんとかしないと」
シュンとしてしまった。
やっぱり気にするなというのが無理な話だよな。
黒板が砕け散るって、一体何が起きたらそうなるんだって話だけど。
でも、それを腕力で簡単にやってのける彼女は、しかしその力で悩まされてる、か。
この子がいい子で本当によかった。
皆の言うように、九条さんがまじもんのヤンキーだったら多分学校どころかこの地域くらいなら簡単に支配できただろう。
とまあ、ありはしなかった別の可能性を想像しながら。
あっという間に学校に到着してしまった。
「なんか不思議だね、一緒に学校くるの」
「そだね……あれ?」
不思議そうに正門の方を見る九条さんの視線の先を見ると、そこにはなんと、俺が通っていた中学校の制服を着た女子が。
ミクちゃんだ……。
「おはようございますお兄さん、九条さん。仲良く登校なんていいですね」
「お、おはようミクちゃん。あれ、学校は?」
「今からでも間に合いますから。それより九条さん、昨日私とお兄さんが何してたかききたいですかー?」
「え?」
「ちょ、ちょっとミクちゃん」
「お兄さんと私は昨日、私のお家でいっぱい色んな事して遊んでましたー。九条さんがいないから、存分に楽しめましたよー。また遊びましょうね、おにーさん♥」
こなれた様子でウインクしてから。
ミクちゃんは可愛らしい走り方でさっさとどこかに消えていった。
「……なんなんだあの子は。九条さん、あの子のいうことは気にしない、で?」
「遊んでたんだ、私が謹慎だったのに遊んでたんだ、遊んでたんだ、遊んでたんだ……」
「く、九条さん? あの、さっきのはミクちゃんが勝手に」
「先、行くね。遊んでたんだ。へー」
「……」
九条さんは、まるで夢遊病患者のようにフラフラと。
蛇行しながらよたよたと、先に学校の中に向かってしまった。
俺は正門のところから一歩も動けず。
なんか嫌な予感しかしないなあと。
これはまずいことになったと思いながら。
しかし自分が蒔いた種だと思うと言い訳すらろくに見つからず。
しばらくして、始業のチャイムで我に返ってから慌てて教室に向かった。
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