第23話 私、ミクちゃんだよ


 お兄さんを口説く作戦をあれこれ考えてみたけど、やはり正攻法が一番という結論に勝手に至った私は、グイグイ押すことにした。


 まず体の距離を近づける。

 これは基本。なんならうっかり手と手が触れ合うくらいのイベントでちょうどいい。

 さらに、その後ムラムラするお兄さんを確認したところで次のステップに移行……なんて考えてたのに。


「ねえミクちゃん、女の子とハグするのって、普通なのかな?」


 そんな質問が飛んできて、イラっとする。


「……九条さんと、ハグしたんですか?」

「え、ど、どうして九条さんと?」

「それしかないじゃないですか。で、したんですね。ふーん」

「ふーんって……」


 私より先にスキンシップをとっている相手がいたようだ。

 九条龍華。やっぱりあいつ、淫乱だ。

 でも、その話は逆に利用させてもらおうかな。


「別に、ハグくらい親しくなったらしますよ。なんなら私、お兄さんとハグできますよ?」

「そ、そんなもんなのかな? 俺、そういうのに疎くて」

「純粋ですね。でも、ドキドキしました?」

「した。ていうか毎回するよ」

「……」


 毎回だと?

 何回ハグしとんじゃあの泥棒猫め。


「それなら私ともハグ、してみます?」

「え?」

「私として、ドキドキしなかったらそれはお兄さんが九条さんを特別に思ってる証拠じゃないですか。でも、私にもドキドキしたらそれって、女の子と距離が近いから緊張したってだけで、彼女のことを好きかどうかはわかんないってことの証明になりますし」

「い、いや、俺は彼女のことが」

「じゃあ絶対私にドキドキしないって、誓えますか?」

「み、ミクちゃん……?」


 この際だ。

 私の自慢のボディを使ってお兄さんの理性を吹っ飛ばしてやる。

 なんならここで初めてを経験しても悪くないし。

 お兄さんは真面目なタイプだから、私に手を出したら責任取ってくれるだろうし。

 えへへ、ミクちゃん頭いいなあ。


「さっ、私ともハグしてください」

「……」

「どうしたんですか? ぎゅってするだけでいいんですよ?」

「……ごめん、それはやっぱりできないよ」

「どうしてです? 別にキスしたりするわけじゃないんですから」

「そうなんだけど。でも、やっぱりこういうのって好きな人としかしちゃいけないような、気がして……」

「……」


 うーん、やっぱりクソがつくくらい真面目だなあ。

 こっちから行くか。

 

「なーんちゃって。あはは、お兄さん真剣に悩むなんておかしいですよ」

「え、あ、ごめん……いやあ、ほんとやめてくれよミクちゃん。先輩をからかわないでくれ」

「えー。じゃあからかうついでに……えいっ」

「み、ミクちゃん!?」


 腕にしがみつく。

 私の胸を押し当てるように。


「どうしましたー? ドキドキしてますー?」

「や、やめてくれよ。か、カズヤが帰ってきたら」

「兄ちゃんならどうせもうしばらく帰りませんよー。それより、好きじゃない子にでもやっぱりドキドキするんですか?」

「あ、いや、それ、は……」


 みるみるお兄さんの顔が赤くなっていく。

 童貞男子丸出しの照れる姿……可愛いですねお兄さん。


 えへへへ、ミクの成長したおっぱいはいかがですか?

 理性なんてゴミ箱にポイしてください。

 トドメ、行きますよ。


「おにいさん、今日は家に誰もいないんです」

「え?」


 耳元で。

 いやらしく囁く。


 多分これで我慢できる男子なんていない。

 こんな絶好のシチュエーションで我慢できるんだとすれば、それだけあのヤンキー女のことが好きだってことだけど。


 あり得ない。

 ゴムならそこの引き出しに買ってありますからね。


「……ご、ごめんトイレ!」

「あっ」


 逃げられた。

 お兄さんは私を振りほどいて、そのままトイレに駆け込む。


 ……なんだ、そうなんだ。

 そんなにあの女がいいんだ。

 

 へー。


 でも、逃がさないから。



 友人の家のトイレで。

 一体俺は何をしているんだと頭を抱える。


 ミクちゃんは多分冗談のつもりであんなことをしてるのだろう。

 すずねの友人だし、あの手の悪戯が好きなタイプだというのは理解できるけど。


 俺の方がもたない。

 さっきだって、もう少しで彼女に襲い掛かりそうになっていた。

 でも、そんなことをしたら……


 ……いや、そうじゃない。

 彼女に手を出したらまずいとか、そうじゃないだろ。

 俺は、九条さんが好きなのに。

 それなのに他の女の子に欲情するなんてさ。

 違うだろ。


 よし、ミクちゃんにはビシッと言おう。

 言って止めないなら帰るまである。


 よし。


「ごめんミクちゃ……うわっ!」

「どうしたんですかお兄さん?」

 

 トイレを出ると、目の前に彼女が立っていた。

 ニコニコと。でも、こんなところで何してるんだ?


「い、いや。あの、カズヤがまだなら今日は」

「ねえお兄さん、さっき私、相談を聞いてあげましたよね?」

「え、うんまあ。それは助かったけど」

「じゃあ、私の相談も一つ聞いてくれます? じゃないとフェアじゃないですよね」

「そ、相談? いや、俺に訊けることなら、いいんだけど」

「ふふっ、お兄さんにしか頼めない相談です」


 

 ま、相談なんてないんですけど。

 強いて言えば処女もらってほしいってくらいですけど。

 それはダメって言われそうだしー。


 お兄さんの気持ちをもうちょっと揺さぶろうかな。


「私、服を買ったんですけど見てくれません? 今度男の子とデートする時用なので男の人の意見訊きたいなって」

「そ、そんなことでよければ。でも俺でいいの?」

「ええ、お兄さんの意見を訊きたいなって。おしゃれですし」


 じゃあリビングで待っててください。

 そう言い残して私は部屋に戻る。


 もちろん男の子とのデートってのは嘘。 

 でも、これも本当にしたい嘘である。


 お兄さんとデートする時に着ていきたいと、選んだものがあるのは事実。

 私の青写真では夏休みに海に出かけて。

 そこで目いっぱい誘惑して。

 そのまま夏の海を見ながら夕陽に照らされてそこで……


 って思って買ってた水着があるからー。

 見てもらおうかな。


 ていうかみせちゃおうかな。

 えへへー、耐えられるかなあお兄さん。


 

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