第22話 ミクちゃんのお出迎え

 朝の教室。


 いつもと変わらない風景だけど。

 今日は一つだけ違うことがある。


 始業十分前くらいに教室を静寂に包む九条さんの「おはよう」がない。

 だからもうすぐ授業だというのに、一向にクラスは落ち着かない。


 今日は九条さんがこないことを、どこから訊いたのか、皆知っているようで。

 だからといって悪口を言う様子がないのはきっと、俺の存在だろう。


 時々九条さんの名前を出したやつが俺の方をチラッと見る。

 悪口じゃないから彼女にはチクらないでと、そんな風に言いたげな目をしてる。


 まあ、昨日あんなことがあったんだ。

 俺と九条さんが繋がってるということは明白で。

 でも、やっぱりどういう関係だと思われてるかは、気になってしまう。


「おはよう宮永」

「ああ、カズヤおはよう」

「寂しそうだな、九条さんがいないから」

「まあ、な。でも、今朝もずっとラインしてるんだ」


 正確には昨日の晩からずっと。

 よほど退屈なのかラインは自動返信かってくらい速攻で帰ってくる。


 内容は他愛もないもので。

 何してるとか、誰といるとか、明日はどういう予定なのとか。

 少々質問が多いのが気にはなるけど、それだけ俺のことを気にしてくれてるのだと思えばむしろ嬉しいことだ。


「へえ、楽しそうだな。でも、それならいっそのこと付き合ったりしないのか?」

「いや、そういうきっかけはまだないんだよな」

「ふーん。ということは二人で遊んだりはしてないのか?」

「よくゲーセンに二人でいくしこの前も買い物行ったし色々出かけてるけど」

「……お前、大丈夫か?」

「な、なにがだよ。別に彼女に何もされたりしてないからな」

「そうじゃなくってさ……いや、いいや。なんか九条さんも苦労してんだなって」

「は? なんで九条さんが苦労してんだよ」

「いや、いい。とにかく今日はうちに来いよ。じゃあな」

 

 呆れる様子でカズヤは席に戻る。

 何か変なこと言ったっけ? まあ、人の恋愛話なんて怠いのかもしれないけど。

 

 ちなみに昨日俺と揉めて、九条さんに腰を抜かした鴨頭は学校には来ていた。

 しかしクラスでお漏らししたこともあってかずっと席で大人しくしている。

 それについては素直に可哀そうだと思うが、しかし自業自得だ。

 あとはあいつが変なことを言いふらさなければいいんだけど。


 そんな心配をよそに、何事もなく授業が始まる。

 今日は九条さんがいないせいか、先生も活き活きと、遅れた授業を取り戻そうといつも以上に話に熱がこもっていた。


 新品になった綺麗な黒板が真っ白になるのをボーっと見ながら。

 しかし今日は時間が経つのが遅い。

 九条さんがいないと、こうもむなしいものなのかと実感する。


 休み時間には何話そうかとか。

 昼休みは一緒にご飯食べれないかなとか。

 それこそ放課後は一緒になにしようかとか。


 そんな楽しみが今日は一切なく。

 ただ繰り返されるだけの授業風景に辟易とする。


 そんな感じでようやく昼休み。

 今日はやることもなく、一人で飯を食べようとしていたところにカズヤがくる。


「なあ宮永、今日は先に俺ん家行っててくれる?」

「なんだよ急に。まさかお前」

「いやあ、二組の子がさ、一緒に帰ろうって誘ってくれて。さすがに断るのも悪いだろ?」

「出た、プレイボーイ。まあ、いいけど。そのまま寄り道して帰ってこないってのはなしだからな」

「大丈夫大丈夫。帰ったらミクがいるからあいつに玄関開けてもらってくれ」

「ミクちゃんか。でもいいのか? 俺だけが来たら気まずいだろあの子も」

「あー、そういう感じなんだな。大丈夫だって、あいつはその辺気にしない性格だから」

「そっか。なら先にあがって待ってるよ」


 カズヤはモテる。

 イケメンというだけで運動も勉強も大したことはないんだけど、やっぱりイケメンというだけでモテる。

 だからこういうことはままある。

 中学の時なんて、こいつがデートで帰ってこない中、カズヤの部屋で一人でゲームして待ってたなんてざらにあった。

 変わんねえなあこいつも、俺も。



「おかえりなさいおにいさま! ……じゃないわね。おかえりなさいあなた。……キャーッ、あなたってはずかしー!」


 真壁ミク、十五歳。

 現在自宅にて、好きな人を迎え入れる時のシミュレーションを行っている。

 男の人って、相手から好意があると知ると、なぜか好きになっちゃう傾向が強いと、何かの雑誌で読んだことがある。

 それは確かに理にかなってる。

 そもそも片思いなんて苦しいことをせずに、自分のことを好きだと言ってくれる相手を好きになる方が楽で効率的だから。

 だからそう思おうとするのは自然なこと。

 つまり、私がおにいさんを好きだとアピールすればするほど、彼は私のことを好きになるという寸法だ。


 我ながら頭がいい。

 片思いなんてくそくらえ。今日は親も帰ってくるの遅いし、なんならリビングで……キャーッ!


 もう、妄想が暴走して止まらない。

 でも、絶対に逃してなんてあげない。

 九条龍華なんかに、あの人は渡してあげない。



「じゃあ、また後で」


 カズヤと別れて、なぜか一人でカズヤの家を目指す。


 その途中で回り道をして、一度九条さんの家の前を通る。


 改めて見ると、ほんと大きな家だ。

 ここに今日、九条さんがいるんだな。


 ……やめとこう。

 謹慎中ってことだしラインは繋がるんだから、一日くらいは我慢だ。

 

 大きな門に背を向けて、俺は彼女の家の前から去る。 

 そして、カズヤの家に到着した。


「すみません、宮永ですが」

「こ、こんにちはお兄さん。兄ちゃんから話は聞いてるので、あがってください」


 帰ったばかりなのか、制服姿のミクちゃんが出迎えてくれた。 

 

「ごめんね今日は。カズヤが用事らしいから先に行っててくれってさ」

「兄ちゃんはどうせ女子と遊んでるんでしょ。ほんと、友人を待たすなんて兄妹として情けないですよ。まあ、ゆっくりしていってください」


 さすがにカズヤの部屋ではなく、今日はリビングに通された。

 お茶を持ってきてくれるというのでスマホを見ながら待っていると、九条さんからのメッセージが入っていた。


『明日一緒に登校しませんか?』


 その一文に目を奪われる。

 一緒に登校なんて、胸が躍る。

 それに、こんな誘いをしてくれるってことは俺のことをやっぱり信用してくれてる証拠なのだろうと。

 ……よし、明日は彼女の家に迎えに行こう。

 なんか、楽しみになってきた。


 ただ、なんて返信すればよいか迷ってしまい、んーっと唸りながら画面とにらめっこしているところでミクちゃんがお茶を運んでやってくる。


「どうしたんですかお兄さん、難しい顔して」

「いや、別に。あ、そうだミクちゃん。ちょっと、いいかな?」


 しばらく一人でじっとしてるのも気まずいし、この際だからちょっとミクちゃんに話でも聞いてもらおうかなと。

 そんな気軽な感じで、彼女を呼び止めるとなぜか彼女は俺の隣に座る。


「え」

「向かいのソファ、沈むから嫌いなんですよ」

「あ、そう。で、でもちょっと近くないかな?」

「私、耳が遠いので近くにいないと話が聞こえづらいんですよ。だからお気になさらず」

「う、うん」


 もう、肩と肩が触れそうな距離にいる。

 それに少しだけ身をよじって俺の方に大きな胸を向けてくるミクちゃんは、上目遣いで甘えるように俺を見てくる。


 はっきりいって気まずい。

 彼女は妹の友人だから手を出したらまずいとかそんな以前の問題で。

 俺には好きな人がいるんだから変な気持ちを他人にもつのはどうかと。


 でも、好きな人がいようとも、全く意識しないなんていうのも無理な相談で。

 不覚にも少しドキドキしてしまった。


「どうしたんですか? 話、聞かせてくださいよ」

「あ、ああ」


 一度お茶を飲んでから。

 一息ついて、彼女の方を見ないように話を始める。

 

 ただ、姿を見ずとも気配はして。

 意識を逸らしても彼女の甘い香りだけは消せず。


 カズヤの早い帰還を祈るばかりである。

 

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