第39話 はじめての
「あー、楽しかった」
九条さんとの出店デートを満喫して、最後に大騒ぎがあったのも笑い話にしながら二人で商店街を出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「もうこんな時間かあ。早く帰らないと」
「う、うん」
「どうしたの? まだ寄りたいところあるなら付き合うよ」
「う、うん……」
九条さんは、もじもじと何か言いたそうにしながらも口籠る。
言いにくいことがあるのかな?
「ええと、それならこんな格好だけどゲーセンでも寄ってく? せっかくのデートだし、さっきのぬいぐるみはあげちゃったから何かとって帰ろうよ」
「い、行く!」
「あはは、じゃあそうしよっか」
俺だってもっと彼女と一緒にいたいのは本音だ。
でも、さっき散々好き好き言ってしまって、ちょっとばかし恥ずかしいが勝っている。
あんなに人前で抱き合ってイチャイチャして、平常心でいる方が難しい。
今こうして彼女と手を繋いでいるだけでどうにかなってしまいそうだ。
何か、期待してしまいそうになる……。
「ねえ宮永君」
「ん? どうしたの」
「あのね……ううん、なんでも」
「?」
どうも九条さんの様子が変だ。
彼女もさっきのことで照れてるのだろうか。
それとも何か言いたいことでもあるのだろうか。
……もしかして、やっぱりさっきみたいなことをされたら迷惑だとか?
い、いやさすがにそれはネガティブすぎるか……でも、何か言いにくそうにしてるし。
俺に言いにくいことって、なんだろう?
〇
「すずね、離しなさい! 私はおにいさんのところにいくの!」
「ミク、いい加減にしないと私、あなたのことを全力で潰すわよ」
「……ふんっ」
商店街にミクが来ていないかこっそり見に行くと、やっぱり待ち伏せしているミクがいた。
ストーカーだよ全く。
私はそういうの許しません。
「でも、二人ともすっごくラブラブだったねえ。龍華お姉ちゃん、天使みたいだったし」
「あ、あんなの演技に決まってるわよ。ああやっておにいさんが騙されたに決まってる」
「卑屈だなあミクは。いい加減諦めたらいいのに」
「は、初恋だもん。そんなに簡単に諦めたくないもん」
「まあ、わかるけどねー」
ミクの恋路も応援してあげたいとは思うけど。
でも、今は御免だけど邪魔させてもらうかな。
あんなに幸せそうな二人を、こんなメンヘラに邪魔させるわけには絶対にいかない。
それに、そんなことをされて、ミクのことまで嫌いになりたくないし。
諦めてよー、お願いだからー。
「あっ、二人が出て行ったわ。ついて行くわよすずね」
「はいはい」
結局またミクと一緒におにいのストーカーしてる。
暇だなあ私も。こんなんじゃ彼氏できないや。
「……ゲーセンの方に向かってるわね」
「遊びにいくんじゃないの? 二人とも好きみたいだし」
「私たちも行くわよ」
「あー、出店で何か食べたかったなー」
ウンザリしながらミクについて行く。
おにいと龍華お姉ちゃんがゲーセンに入ると、ほどなくしてぞろぞろと柄の悪そうな客が出てくる。
多分、お姉ちゃんにビビッた連中だ。
すごいなあほんと。
彼女の相変わらずのヤンキーっぷりに感心しながら中に入ると、二人がクレーンゲームのところで肩を寄せ合ってぬいぐるみを見つめているところを見つけた。
とても楽しそうで、幸せそう。
ああ、癒されるー。
それに、そんだけ顔近いんだからそのままチューしちゃえ!
……あ、照れた。
もう、しっかりしろ二人とも!
「すずね」
「なに? ミク、言っておくけど邪魔したら」
「ううん。もう少しだけここで見てていい?」
「……わかった」
私とミクはレーシングゲームに腰かけて、隠れるように二人を見守る。
何やってんだろ、私。
♠
「……あー、獲れない!」
「惜しいー。もう少しなのにね」
「うん、あと何回かやったら……あれ、手持ちがないや」
「え、じゃあ私が……あれ、私もすっからかん」
久々のゲーセンとあって使いすぎてしまった。
残されたのは百円だけ。
それも二人の五十円玉を二枚、店員に両替してもらって作った百円とあって、これが最後の一回だった。
「なんかプレッシャーかかるなあ」
「大丈夫、宮永君ならいけるよ」
「それ逆にプレッシャーだよ……」
目の前にある、丸いピンクのゲームでおなじみのキャラクターをじっと見つめる九条さんの期待は大きい。
せっかくだし、とってあげたいけど、自信ないなあ。
……。
「宮永君」
「……どうしたの?」
「げ、元気出る、お、お、おまじないって、し、知ってる?」
「?」
急に九条さんが顔を真っ赤にしながら俺の傍でそんなことを言う。
そして服を掴む。
すごい握力で、分厚い生地の上着がビビビッと破ける音がする。
「ちょ、ちょっと九条さん」
「あ、あのね、お、おまじないしたら、き、きっと、獲れるかな、って……」
「お、おまじないって?」
「……ん」
九条さんが、目を閉じて少し顎を突き出して。
まるでキスを迫るように俺に……キス!?
「え?」
「ちゅ、ちゅー……ダメ、かな」
「あ……ええと」
体を震わせながら、彼女は真っすぐ俺に顔を近づけてくる。
でも、俺は戸惑った。
キスなんて、してもいいのかなって。
俺、九条さんのことが大好きだ。
だから、軽い気持ちでそんなことをしたらダメだって思ってきたけど。
……いや、彼女は軽い気持ちでこんなことを言う子じゃない。
必死に、俺の為にと思って言ってくれたに違いない。
情けないなあ。こういうのって、男の方が積極的に行くべきはずなのに……
「……九条さん」
「みやなが、くん」
「んっ……」
触れるように、彼女の唇にキスをした。
その瞬間、ぴくっと体を震わせた彼女はそれでも離れることなく。
俺の上着を強く握りしめる。
やがて、その力に耐え切れなくなった上着の生地は音を立てて引きちぎられた。
「あーっ」
「ご、ごめんなさい!」
「い、いや別に安物だからいいけど……あ、うん」
「あっ……し、しちゃったね」
「う、うん」
ほんのちょっとの間だったけど。
ぎこちなくてあんなのがキスと呼べるものかどうかもよくわからないくらいだけど。
でも、九条さんとキスをした。
なんかもう、ビリビリの服を気にしてる余裕もないくらい、心臓が早く動いて頭がクラクラする。
「……ありがとう、九条さん」
「え、なんで?」
「おまじない。これで絶対獲れるよ」
「……うん。見てるね」
おまじないの効果があったのか、はたまたそんなものがなくても獲れる位置に景品が転がってきてたのかは定かではないけど。
この後、なけなしの百円でぬいぐるみが穴に落ちた時、きっとおまじないのおかげだと思えたのはきっと相手が九条さんだからだ。
彼女にキスされてねだられて見つめられて。
そんなことされたら、きっとなんだってできてしまう。
「やったー! かわいいー、ぎゅーっ!」
ぬいぐるみを必死に抱きしめて喜ぶ彼女を見ていると、いつものように心が温かくなって。
でも、すぐに恥ずかしさがこみあげてくる。
俺、こんなかわいい子とキス、しちゃったんだって。
だからすぐに目を逸らす。
これ以上見ていると、またしたくなってくるから……。
〇
「おにい、お姉ちゃん、やったね」
キスの瞬間を、私は見てしまった。
本当はいけないことなんだろうけど、まあ、ミクを必死に止めてるバイト代ってことにしておいてほしい。
でも、あの上着ってどうやったらあんな風に破れるんだろ?
「……」
ミクが、沈黙したままおにいたちの様子を見つめている。
何を考えているのか、正直確かめるのも怖いけど。
……
「ミク、まだ邪魔するつもり?」
「……しらけた」
「え?」
「しらけたの。なんか、あんなにラブラブされたら私、全然おにいさんに興味なくなった」
「……ほんと?」
「ええ。だから帰るわよすずね。あーあ、なんか無駄な時間過ごしたなあ。お腹空いたし、何かおごってよ」
「い、いいけど」
あまりにもさっぱりした様子で、ミクはゲーセンを出て行く。
なんだ、こんなもんかと内心ほっとしていたのだけど。
あまりにも早足で先を行くミクが気になって慌てて彼女に追いつくと。
泣いていた。
「み、ミク?」
「……私じゃダメだったんだ。辛いね、結構」
「……ごめん、ミク。でも」
「いいの。わかってるから。おにいさんの幸せを願ってあげないと、だもんね」
「……」
私は何も言えなかった。
やり方は卑怯というか、危険というか、ヤバいことばかりのミクだったけど。
人を好きになる気持ちに嘘はなかったんだって。
だから、散々邪魔してしまったことに少し罪悪感はあったけど。
でも、これでようやく彼女も次に進める。
私は、友達として応援してあげないと、だね。
「ミク、私にできることがあったら何でもするから言ってね。友達でしょ」
「すずね……うん、ありがと。じゃあ、早速一つお願いしてもいい?」
「うん。なあに?」
「せめておにいさんのパンツ」
「ダメっ!」
やっぱりダメだった。
うーん、私の罪悪感を返してほしい。
うんざりしながらそのままミクとファミレスへ。
メンヘラは永遠に健在なり……。
♠
「「あのっ」」
帰り道。
キスのことを思い出して恥ずかしくなって、沈黙が続くまま彼女を家に送っている途中で。
耐えきれず声を出したら、被った。
「あ、ええと、九条さんからど、どうぞ」
「う、ううん、宮永君こそ、先に……」
「……」
また、気まずくなってしまった。
どうしよう。
もうすぐ彼女の家につくのに、何も言えない。
もう一回、したいなんて……。
いや、俺も男だ。
九条さんが勇気を出してくれたんだから俺も。
「九条さん」
「は、はひっ!」
「……九条さん、ありがとね」
「?」
「いや、あのさ……俺、ほんと不甲斐ないというか全然男として弱いから、九条さんを守ってあげたり引っ張っていったりなんてまだまだだけど、そんな俺を好きって言ってくれて、嬉しくて……」
「宮永君……ううん、私こそいつも迷惑ばっかかけてるのに、優しくしてくれて嬉しいの。だから……」
だから。
そのあと、九条さんはまた目を閉じた。
また、先手をとられる。
ほんと、俺って情けない……。
「九条さん」
「うん……」
彼女の家の前で、今度はちゃんとキスをした。
少し震える彼女の肩を支えるようにして、俺も震える身体を必死で我慢して。
ほんの少しの時間が永遠に思えるほど。
その瞬間は幸せに満ちていた。
「……また、しちゃったね」
「う、うん……」
「九条さん……」
「宮永君……」
「うむ、めでたい!」
「……?」
老人の声がした。
そして目線を落とすと、俺と九条さんの間に小さなおじいさんが。
「わーっ!」
「うむ、めでたいぞ。さすがは我が孫娘を口説き落としただけはあるの。手が早いわい」
「お、おじいさん……いつから?」
「おぬしが『ありがとねっ』、と甘い囁きを龍華に吹きかけるあたりからじゃ」
「……」
見られていたようで。
あまりの恥ずかしさに悲鳴をあげそうになったその時。
先に九条さんが叫ぶ。
「おじいちゃんっ!! もーっ、邪魔しないでー!」
「ほほっ、減るもんじゃないしよかろうて。優しくしてくれて、嬉しいの、じゃとな。ほほーっ、ムズムズするのー」
「にゃーっ!」
この後、おじいさんを追いかけて九条さんは家の中に走っていって。
キスの余韻を楽しむような状況でもなくなった俺は、そんな二人の様子を見たあと、一人で思い出し笑いをしながら帰宅。
帰った時にすずねから「すっごくいいことあったみたいだね」と言われて、キスを思い出して照れてしまって。
慌てて部屋に戻ると、九条さんから電話がかかってくる。
「宮永君、さっきはごめんなさい……おじいちゃんが」
「いや、大丈夫だよ。わざわざありがとね」
「うん。でね、ほんとは言おうと思ってたことがあったんだけど、さっき言いそびれちゃって」
「はは、あの状況じゃね。それに、俺も言いそびれたことがあったんだ」
「そう、なんだ。ねえ、せーので、言わない?」
「い、いいけどなんで?」
「いいの……ダメ?」
「……いいよ。じゃあ、いくよ。せーのっ」
「九条さん、大好き」「宮永君、大好き」
ちゃんと伝えたかったし、ちゃんと聞き取りたかったんだけど。
互いに声が被って何がなんやらだった。
でも。
電話の向こうから聞こえてくる幸せそうな九条さんの笑い声を聞いて。
こんな方が俺たちらしいのかなって思ったりとか。
今日という一日は終わるけど。
九条さんとの毎日はこれからだなって。
名残惜しさを感じながら、やがて今日の締めくくりとなった電話を切った。
◆お知らせ
これにて第一章終了です。
次回より、第二章となります。
引き続きふたりの甘い関係を見守っていただけると嬉しいです^^
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