第7話 きゅってするの

「宮永君、大丈夫?」

「あ、九条さん……」


 どうやら、また気を失っていたようだ。

 九条さんが心配そうに俺を見ている。

 

「あの、私……ハグ……」

「だ、大丈夫だよ。ちょっと息ができなかっただけで」

「ご、ごめん、なさい……」


 もう、泣きそうな彼女に俺はなんと声をかけたらよいものか。

 まあ、こう何度も気絶させられてたんじゃあ身がもたないけど。

 でも、悪気はないんだよな、きっと。


「あの、九条さんって外国で生活してたことあるの? ハグなんて、日本じゃあまりしないもんね」

「……ない」

「あ、そうなんだ……」


 会話が続かない。

 ていうか、それならなんでハグ?

 と思ったりしたが、今はそんなことを聞いてる場合じゃないと。

 慌てて別の話題をふる。

 

「えと、今日もうちにくるんだっけ? すずねが、そう話してたけど」

「……来たら迷惑?」

「い、いやそんなことないよ。すずねも喜ぶだろうし」

「じゃあ、行く。もう、放課後だから一緒に帰ろ?」

「う、うん」


 まだぎこちなさは残るけど。

 とりあえず一緒に保健室を出ることに。


 もう、放課後だった。

 一時間くらい寝てたみたいで、放課後の校舎には生徒がまばら。

 しかし九条さんを見かけると、そんな生徒たちもそそくさと姿を消していく。


「……私、嫌われてるのかな」


 九条さんが。

 そう呟いた。


 嫌われてるというよりは、恐れられているという方が正しいのだろうけど。

 こうもまあ露骨に避けられて気づかないわけもないだろうし。

 ただ、九条さんは自分がなんでそうされているか、わかってないのかな?


「あの、九条さんって喧嘩、強いの?」


 勇気を出して、訊いた。

 もし彼女が皆の言うような不良女だとしたら。

 こんな質問はしただけで万死に値すると思う。

 でも。


「私……喧嘩なんかしたこと、ないもん」


 そう言った。


 数々の武勇伝を持ち、必中と呼ばれる必殺技の名前まで語り草になる彼女は。

 喧嘩をしたことがないと、言った。


「……え? じゃああの噂は」

「噂?」


 どうやら彼女は、自分がどう語られているかすら知らない様子。


 そこに嘘はないと、なんとなくわかる。

 あまりにキョトンとしたその表情が、とても演技だとは思い難い。


 そして可愛い。

 なんかリスみたい。

 ……って見蕩れてる場合じゃない。


「えと、喧嘩で上級生をボコボコにしたって噂とか」

「し、してないもん! 私、入学初日に大勢の先輩たちに絡まれて、すごく怖かったのに……」

「え、そ、それでどうしたの? 何もなかったの?」

「すっごく怖くて……でも逃げれなくて、そこにあった階段にしがみついて……そしたらね、手すりが折れそうになったからパッと離したんだけど……みんなびっくりして逃げちゃったの……」


 どうやらあの階段の手すりは。

 蹴りではなく単純な腕力によってへし曲がったようだ。


 ……あんな金属が、しがみついただけで曲がる?

 いや、怖すぎる。

 まあ、それが怖くて先輩たちも逃げたのだろうけど。


「ええと、それじゃあ中学の時とかに勝負を挑まれた経験とかは?」

「中学の時……あ、ゲーセンのパンチングゲームで隣の学校の人と勝負したかな?」

「そ、それで結果は……」

「それがね、機械が壊れちゃって。でも、私が壊しちゃったせいか、誰もそれから話しかけてこなくなって……ちゃんとお店の人にも謝ったんだけど」


 なるほど。

 あのゲーセンのパンチングゲームは、確かプロのボクサーでさえ満点を出すのは難しいと評判なのだけど。

 それをぶっ壊すとは、恐れ入る。

 いや、皆が恐れるわけだ。


「……じゃあ、何もないんだ」

「うん。でも、なぜか高校でも誰も話しかけてくれなくて。私は、仲良くなりたいって思ってるのに」


 残念そうに、そう呟く。


 なんか、これが全部事実なら彼女って相当可哀想だと。

 不憫になってくる。


「でも、宮永君は話しかけてくれた。それが、う、嬉しくて……」

「そ、そんな。俺はただ」

「でも、やっぱり宮永君も、ほんとはみんなみたいに私のこと、嫌ってる?」

「え?」

「ほんとのほんとは、私のことなんて鬱陶しいけどぼっちだから仕方なく優しくしてるだけ?」

「そ、そんなことないよ。俺は」

「じゃあ、ぎゅっ」

「……」


 また。

 両手を広げてハグを求められる。

 頬を朱くして、口を少しへの字にしながら、彼女は俺の方をじっと見る。

 ただ、さっき死にかけた身としては、ハグが少々トラウマなのである。


 だから躊躇う。

 すると、彼女の目にじんわりと涙が滲む。


「やっぱり、嫌、なんだ……」

「ち、違うって! え、その、でもちょっと強すぎるとあれだからさ……うーん、きゅっ、くらいにならない?」

「きゅっ?」


 首を傾げる彼女は、目を丸くする。

 でも、その仕草がやっぱり可愛くて。

 思わず俺は彼女に見惚れていると。


「きゅっ」


 と。

 可愛い動物の鳴き声みたいなのを発しながら彼女が優しく抱きついてきた。


「あ……」

「こ、こんな感じ?」

「う、うん。苦しく、ないよ」

「うん。きゅー」


 必死に力を抑えるように。

 少し体を震わせながら彼女に抱きつかれて。


 その気持ちよさと彼女のいい香りで。

 

 やっぱり失神しそうだった。

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