第3話 新人冒険者

この街の朝は鐘の音で始まる。教会とやらが朝から夜まで6回(数えたから間違いない)鳴らしていて、人間はこの鐘の音をいろんな活動の区切りにしている。

それと、この街の名前は「ガレスウェル」といい、「最後の宿場街」という意味らしい。良い名前とは思えないが、たまに外を歩くと、街自体はそんな名前とは裏腹に活気があるように見える。


さて、今は冬が終わって春になりつつある時期のようだ。朝一番の鐘が鳴るころはまだ暗く寒いが、この鐘をネズミ狩りの終わりと決めている。今日も3匹捕まえた。食べてもいいが、人間が出す食事の方がおいしいので狩るだけにしている。もちろん狩ったネズミを人間のところにもっていくことは忘れない。ここの人間もネズミをもっていくと喜ぶところは同じだな。以前住んでいた家にネズミはいなかったが、時々外に出た時に退治して持って帰ったときにも同居人は大声を上げて喜んでいたことを思い出す。


食堂で働く人間は最初の鐘が鳴る前から起きており、鐘が鳴るころには宿泊者用の朝食は用意されている。

昨日、掃除していた男が話していたように、宿泊者用の朝食は前の夜の食事の余り物なので、朝食の準備にはそれほど時間はかけていないように見える。鐘が鳴る前から働いているのは、昼食の準備のようだ。


ここに宿泊している人間が朝食を食べに食堂に入ってくる。私の食事は人間用とは別に用意されるが、私に食べてもらいたがる人間もいるので、朝食が足りない時は歩き回ってもらってやるようにしている。そうすれば人間も喜ぶ。


「朝は焼き立てのパンが食いてえな」

「昨夜の残りもんだしなあ」

「しばらくはこの朝飯が1日の唯一の食事だわ」

「なさけねえな」


色々な会話が聞こえてくる。人間の言葉が理解できるようになってわかったのは、人間は大したことをしゃべってないということだ。


さて、ネズミ狩りは人間が寝ている夜明け前に行うが、ちゃんと活動していることをアピールするためにも、朝食の後は一通りこの建物の中を歩き回って目立つようにしている。まずは食堂の台所から中庭に出る。ここは火を燃やしたり洗った服や寝床の布を干したりするところだ。あと、井戸と呼ばれる水をくみ上げる深い穴がある。この家には、以前いた家のような水がいくらでもでてくる管のようなものはないようだ。


次は二階に上って宿泊場所を巡回する。二段ベッドが並んだ大部屋に入ると、朝食の時間だがまだ寝ている人間も半分はいるようだ。最初の大部屋は、昨日の新入りへの説明の時に入った部屋だ。この新入りはこの部屋にしばらく住むことになっていたはずだ。確か、新入りは入口の近くとかということで、部屋に入ってすぐ左の一段目だったか。ベッドに飛び乗ってみると、まだ寝ているようだ。

朝食にありつけないのは気の毒なので起こしてやるか。寝ている若者の体の上に乗ってみる。以前住んでいたところでもこうやれば同居人は目覚めたものだ。


「うーん」

寝返りされて体の上から滑り落ちたので再度登る。

体の上を歩き回るが起きる様子がない。となると最終手段か。

頭の上に体を乗せる。これで起きなければパンチしてやる。


「んー? なに?」

ようやく目が覚めたようだ。


「なんだこれ」

腕で払われたので横に移動する。

「みゃあ」

朝食の時間だぞ、と教えてやる。


「ん? ああ猫か」


「おい、新入り。朝飯に行かないとなくなるぞ」

朝食から帰ってきた同室の男が話しかける。


「あ、おはようございます。今いきます」

そういうと起き上がり、枕元の引き出しから服を取り出している。


さて、別の部屋に移動するか。

同じ構造のもうひとつの男用の大部屋を巡回した後、女用の大部屋に入る。ここは男の部屋と違って独特なにおいがする。

この部屋で私は歓迎される。人間の女には猫好きが多いのかもな。そういえば前の同居人も女だったことを思い出す。彼女は元気にしているだろうか。

次にもう一つの大部屋に入る。ここは二段ベッドではなく、人間の身長よりちょっと高い壁で小さな部屋を区切っている。この壁の幅は狭いが、歩けなくはないので、飛び上がってこの壁沿いに歩いて回る。この壁に登れば囲いの中を見回せる。囲いの中にはベッドと机、服をしまう縦長の大きな箱がある。


「あ、シイラちゃんこっちこっち」

小さな声で呼ばれた方を見ると、私の方に手を振っている人間がいる。この女は私を気に入っているようで、いつも見かけると撫でてくれるいい人間だ。確か名前はリスタ・ノバクだったかな。

この人間がいる区切りの中に飛び降りる。ここにはたくさんの服が吊るされている。この人間は服や装備を作ったり修理し、その対価としてお金をもらっているようだ。ここはその作業をする場所として借りているらしくベッドはない。個室の方も借りていて寝床はそっちを使っている。あと、棚の上には人型の置物が並んでいる。人形というらしい。


「おはよう、シイラちゃん」

「みゃあ」

私もおはようとあいさつする。


「布の切れ端でお人形の服作ったりするんだけど、シイラちゃんの服も作ってみようかなって思って」

服は勘弁してほしい。前の同居人に一度服を着せられたことがあったが、窮屈だし動いた時のこすれる感じがいまいちなじめなかった。これは抗議の意味も含めすぐにここを出たほうがよさそうだ。机に飛び乗り、続けて壁に上る。


「あ、サイズ測りかったんだけど、嫌だったかな」

「みゃあ」

その通りだよ、と返事しておく。

さて、他の囲いの中の様子を見たら個室が並ぶ廊下を歩き、そのあともう一度食堂に行ってみるか。


食堂に戻ると人が増えている。

あの若者も私が起こしたおかげで食事に間に合ったようだ。ちょっと近くに行ってみるか。


「昨日来たばかりだよな」

同じテーブルの男が声をかける。

「はい。ハルト・グリアです。よろしくお願いします」

「冒険者登録はもう済んだのか? この街で活動するなら必須だ」

「まだです。今日、冒険者ギルドに行くつもりです」

「ここのギルドはいいぞ。ランクがないから他の街のギルドでランクがどうだろうか関係ない」

「はい。それでこの街にしたんです」


「ランクがないから誰でもどの仕事でも選べるんで、一発逆転狙うやつも多いんだ」

「実力に見合った仕事を選ぶってのもここでは重要な能力だ」

「確かにな。負傷率や死亡率が高いってのもここのギルドの特徴だし」

そういう男は顔に大きな傷がある。


「登録はすぐにできるが、あとはパーティの組み方でちょっとしたアドバイスだ」

この男は昨日ハルトに会っている。あの掃除をしていたやつだ。確かギースなんとかっていう名だ。

「あ、昨日はどうも。よろしくお願いします」

ハルトも思い出したようだ。

「まあ、知っての通りここには新人が多く住んでる」


「新人じゃないやつもそこそこいるけどな」

同じテーブルの男が指摘する。確かに新人には見えない年季が入った見かけのやつも少なくない。

「まあな。俺も3年以上住んでるが、それはここが気に入ってるからだ」

たしか3年半住んでるっていってたな。

「いや、あんたは金がないからだろ」

「たまたま今は金がないがな。それに俺は寝床があればそれでいいんだ」

ギースがこたえる。

「初心者向けの依頼は一人でできるものも多いが、パーティを組むときの注意点だ」


「ここに初心者が大勢住んでいるってのは知られてるから、他のパーティのやつらが安くこき使える奴を探しにここに来ることも少なくない」

「そうなんですか」

ハルトはちょっと驚いている。

「ああ。夜は酒場やってるから、そこにくればそういうやつらに会える」

そういうとギースは飲み物に口をつける。

「もちろんまともな奴もいて、そいつらと一緒に行動すればいい経験もできるが、最悪な奴らも少なくない」

周りの男がうなずいている。

「実際、くそみたいな連中とパーティを組んで嫌気がさしたやつらが、ここに住んでる者同士でパーティを組むことも多いんだが、いかんせん初心者なもんで結構失敗するんだな」

ハルトが来た時に出会った4人組のような感じだな。


「そうだな。俺も最初のころは失敗続きで結局ここで掃除や洗濯して宿泊代にしてたわ」

同じテーブルの男がいう。

「そ、そうなんですか」

ハルトは不安そうな感じだ。まあ、こんな話を聞かされたんじゃあ無理もない。


「おはよう。あ、昨日来た新人さんだね」

この女は昨日のくたびれた4人組の一人だ。朝食を乗せたトレイを手に持っている。

「おはようございます」


「メルノラか。昨日は散々だったみたいだな」

ギースがたずねる。

「まったくよ」

そういうとハルトの隣のテーブルにつく。この女はメルノラというのか。


「何があったんですか?」

ハルトが質問する。

隣のテーブルにトレイを置いて席に着くメルノラ。

「カルタ村の農園からの依頼で、この時期、なんとかっていうイモの種芋植えの時期らしいんだけど、種を植えて畑の柵を修繕するまでの間、大角イノシシに種を掘り起こされないよう番をするっていう、子供でもできそうな仕事だったのよ。ついでにそのイノシシを狩ってもいいっていうから、簡単なわりに稼げるはずだったわけ」

朝食を食べながら早口でしゃべる。人間は言葉で多くの内容を伝えることができるというのは実に興味深い。実際には見ていない出来事が目に浮かぶようだ。


「で、昼間は柵の修繕やら種まきしてて人がいて問題ないから、日没から夜明けまで監視するってのが仕事。で、農園は結構広いから他のパーティーと場所を決めて分担するんだけど、まあ、楽なところとそうじゃないところがあるのよ」

そういうと一口分のパンを引きちぎるメルノラ。


「三組で三日間なんだから毎日場所を交代すればいいのにさ、うちの馬鹿リーダーが毎日くじで場所を決めようとか言いだしたわけ。私たちは反対したんだけどさ、他のパーティーが賛成したわけ」

ちぎったパンを口に放り込む。


「今から思えば、初日の顔合わせの時に馬鹿リーダーが他のチームといろいろあったから、狙われてたわけよ」

手に持ったスプーンで皿をつつくメルノラ。

「で、くじ運悪いというか、絶対他のパーティーのやつらに仕組まれてたんだと思うけど、三日連続で山側の担当になったわけよ」


「大角イノシシって山に住んでるから、山側ってのが一番狙われるわな」

これはギース。


「そう。で、案の定というか毎日大群が押し寄せてくるんだけど、これも絶対他のパーティーの連中が山側に追い込んだからに決まってるわけよ」

それは災難だ。


「目的は畑にイノシシを侵入させないことなのに、馬鹿リーダーが狩りを優先して大きなのばかり狙うわけ」

そんなことしたら大変なことになりそうだが。


「で、小さいのに柵が壊されて畑になだれ込まれて畑は荒らされるわイモは食われるわで散々で、夜が明けたら寝る予定だったのに柵の修理やら食べられた分の種植えさせられたりって感じでもうくたくた」

やはり、そうなるよな。


「さらにさ、狩りの方もさっぱりなわけ。初日は柵破られたから狩りどころじゃなくて、二日目もクリオンなんか狩りする前から獲物を運ぶ準備始めてて、山からこっちに向かってくるのが見えてから慌てて武器を取り出すもんだから、すぐ目の前で柵を壊し始めてるのに矢を全部外して二日目も柵を破られるわでもう散々。三日目にようやくまともに狩りができたんだけど、みんなくたびれてるからさっぱりなわけよ」

そうまくしたてると一息つぎ、飲み物を手にするメルノラ。


「昼間も働いたのに、柵の修繕やら食べられた種の分ってことで報酬から引かれて結局差し引きゼロ。逆に金払えっていわれたんだけど、そこは謝り倒してなんとかそれだけは免れたんだけどさ」

話を聞いていた人間はみんなあきれ顔だ。無理もない。


「そ、それは災難だったな」

ギースが同情する。

「まったくよ。で、新人さん」

ハルトの方をフォークで指す。


「は、はい、ハルト・グリアです」

突然話しかけられちょっと焦るハルト。

「ハルトくん、馬鹿リーダーってのはエルキノのことね、こいつとは組まないこと」

みんな慌ててあたりを見回す。

「いないわよ。どうせ昼まで寝てるから。まあいてもいいけど、エルキノは馬鹿リーダー!」

周りで食事していた連中も笑っている。

「あー、思い出しただけで腹立ってきた」

勢いよくパンを引きちぎるメルノラ。

周りの人間はどう接していいかわからないという雰囲気だ。


「そ、そういえば、ハルトはこのあと冒険者登録に行くんだろ?」

ギースが話題を変える。

「はい」

「俺がいっしょに行ってやるよ」

「あ、ありがとうございます」

「私も一緒していい?」

メルノラも同行するようだ。

「は、はいよろしくお願いします」

「みゃあ」

頑張れよ、と伝える。

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