第48話 エージェント・シイラ その4
翌日、ギルド本部の会議室。
いつものようにかぶせられた布から顔を出している。服も持ってきたので人間の姿で来るのはどうかとレブランに聞いたのだが、小さな人間がいることが話題にならないようにしたいとのことなので、今日も猫の姿でやってきて人間の姿に変身したのだ。小さい人間を見たからといって、猫から変身したとは誰も考えないと思うが。
「5人について整理しておこう。レブラン君」
セドネスがいう。今日も朝から不機嫌だ。
「はい」
レブランは手に持った紙を見る。
「まず、ギルド本部保安部のパテルマさん。彼は例の男への対処を引き受けました」
不機嫌なセドネスがさらに不機嫌そうな表情になる。
同じギルド本部で働いているなら捕まえればいいのにな。
「次に、副市長のヨハナ・ヒルデコルさん。彼女は捜査の中止に対し礼をいっていました。また市役所の関係者が例の男と関係があるとのことです」
うなずくセドネス。
「それから、憲兵本部長官、アドリゴ・クラウスさん。例の男への捜査の中止を引き受けました」
レブランはセドネスの方を見るが特に反応はない。
「ライゼル銀行の人物、この女性の名前は不明ですが銀行で見かけたことがあります。名前や何の担当かは調べます」
「出納室長だ。名前はファナ・ラセルナ」
ライゼルがこたえる。レブランはそれを聞いて紙を机に置いてペンで書き込んでいる。出納室長という言葉は聞いたことがないが、質問するのはやめておこう。
「そして、ガリッツァー商会、会長のヨーム・タレックさん」
「ヨーム・タレックが出てくるとはな」
セドネスが腕を組む。
「めったに人前には出ないので、彼の顔を知っているのはごく一部です」
レブランが紙から目を上げる。
「特別な人間なのか?」
と聞いてみる。
「ガリッツァー商会というのは、様々な商売に関わっている表向きは普通の大会社なんですが、裏社会との繋がりのある組織なんです」
「裏社会?」
聞いたことのない言葉なので質問する。
「えーと、簡単に言うと悪い人間たちのことです。その悪い人間たちと付き合いのある会社なんです。その会社も悪いことをしているはずなんですけど、その証拠を押さえられていないんです」
セドネスがまた言葉の授業がどうとかいいそうだ。
「だいたいのところはわかった」
と返事しておく。
「皆さん有力者ですが、市長ではなく副市長なんですね」
これはリスティナ。
「市長は無関係の可能性が高い」
とセドネス。
「市長は選挙ですが、副市長は議会で選ばれますから」
レブランがセドネスの方を見る。
選挙、議会、聞いたことのない言葉だが、今聞くのはやめておこう。
「彼女は商業組合の元会長で、議会の最大勢力は商業組合が支援する政党だ」
セドネスが説明する。知らない言葉が続くがまあいいだろう。
暗号表の話が出てこないな。聞いてみるか。
「送金の偽装という話はどうなったのだ? 暗号表と関係があると思うのだが」
3人が私の方を見る。
「例の男は捕まったが、彼らは暗号表を手に入れていると考えたほうがいいだろう」
セドネスが私の方を見ながら説明する。
「5人の中に副市長や銀行の人間もいたのだから、暗号表は盗まなくても手に入るのではないのか?」
盗みに来るやつらがいるくらいだから手に入らないのだろうが、疑問に思ったので聞いてみる。
「いえ。通信は市とか銀行とは関係のない独立した組織が担当しているんです」
これはレブラン。独立というのは聞いたことがない言葉だが、だいたいの意味は予想できる。
「市役所は通信の窓口という役割なんです」
なるほど。
「それで、嘘の送金を止めるのが次の仕事なのか?」
どうやって止めるのかは分からないが。
「送金の偽装というのは、噂になっているものとはちょっと違う」
セドネスがいう。私が聞いたのは、偽の送金の通信を送るというものだった。
「通信を使った送金は信用が大事なので、そう簡単に偽装できるものじゃないんです」
レブランがいう。
「通信を使った犯罪として私たちが調べているのは三つあります」
リスティナが説明を引き継ぐ。
「送金関連では、犯罪組織が不正な方法で得たお金の送金。それと、通信による送金は銀行とギルド本部だけができると決まっているんですけど、これらを使わないで送金することも犯罪です。地下銀行って呼んでます」
なんかややこしいな。もう直接お金を馬車で運んだ方がいいだろうに。人間は面倒なことをするものだ。
「もう一つは、暗号通信を盗聴して商取引の情報を盗んでいる、というものです」
盗聴というのは自分宛じゃない通信を勝手に見ることだったな。商取引というのは聞いたことがない言葉だが、商売関係の情報ということだろう。
「これらの犯罪の証拠、または現場をどう押さえるかですが」
レブランが手を顎のところにやる。考えているということは、何も決まっていないのか。
「この猫の活用から考えると、裏口座の件だな」
裏口座? 口座というのは分かるがそれに表とか裏があるのか。
「裏口座というのは不正な方法で得たお金の入った口座です。さっきの不正な送金に関するものです」
リスティナが説明してくれる。
「裏口座の帳簿、裏口座の取引の指示書、このあたりを押さえたい」
セドネスがつぶやく。
「この猫は文字は読めるのか?」
セドネスがレブランに質問する。私に聞けばよさそうなものだが。
「えーと...」
レブランが私の方を見る。
「読むことはできる。わからない言葉はあるが」
私もレブランに答えることにする。
「そうですか。文字のことは聞いたことがなかったですね」
確かに聞いたりしゃべったりすることについてしか話していない。
「これまでの調査で、裏口座の取引は通常の商取引の振り込み日の前日に行われることが多いことが分かっている」
「たしか、前日は書類が多くて紛れるということでしたね」
レブランが思い出したようにいう。
「シイラさんにどこかに隠れてもらって、担当者が席を外している間にその書類を取ってこれたら、ということですか」
書類を盗み出すのか。
「裏取引の書類は、私たちでも簡単には見分けがつかないかもしれませんが...」
リスティナがちょっと心配そうな口調でいう。それを私も気にしている。
「それらの書類は、勤務時間中は重要書類用の書類棚に入れられている」
セドネスが説明する。置く場所が決まっているということならわかりやすいな。
「この仕事の担当者には専用の個室があり、席を外す際には部屋に鍵がかけられる」
厳重だな。
「換気または暖房用の導管、あれだな、あの中を猫なら通れるんじゃないか?」
セドネスが天井と壁の下ところを指さす。見ると壁の床の近くと天井の近くに格子状の枠がある。その格子の向こうは空洞のようだ。
「なるほど」
レブランが壁際に移動ししゃがみ込む。
「引けば外れますね」
そういうと格子に指をかけて引っ張る。隙間は十分な広さがある。
「天井のも外れるはずです。掃除しているのを見たことがあります」
「でも書類がなくなると、すぐにわかるのではないですか?」
リスティナが指摘する。
「昼休みの間に忍び込み、内容を確認したら元に戻す」
セドネスがこたえる。やるのは私なのだが。
「昼休みに人がいなくなるというのは確かですか?」
レブランが質問する。
「ああ。ファナ・ラセルナは、毎日昼の鐘が鳴り始めると同時に部屋を出て鍵を閉めることで知られている人物だ。食事もいつも同じ食堂を利用し、食事の後は広場の屋台でお茶を買ってベンチで本を読む。お茶を飲み終わったら銀行に戻る、というのが毎日のルーティーンだ」
詳しいな。レブランとリスティナもちょっと驚いたような感じでセドネスを見ている。
「すでに彼女のことを調べていたんですね」
レブランはそういうと紙を机に置く。
「書類が彼女に渡るまでの手順も調べたが途中で入手はできない。唯一の機会は無人になる昼休みなんだが、その部屋は銀行の事務室内にあり昼休みも人がいる。その奥にある部屋に部外者が入るのは不可能だ」
その取引というのは10日毎に行われており、その日は2日後ということで作戦を立てた。
昼の鐘が鳴って無人になったら部屋に忍び込み、重要書類用の書類棚の書類をすべて手に取る。未処理と処理済みという棚が二つあるそうなので両方の書類を取り、さらに元に戻すときにはどっちの棚からとった書類なのかは覚えておけとのこと。
部屋には天井側の換気用の導管を通り向かうことになった。
導管の穴は私にとっては大きくて入るのは簡単なのだが、入り組んでいて分岐も多い。建物の見取り図を見せてもらったが実際の建物との関連がよくわからないので、レブランとリスティナが紙を巻いて筒状にしたもので同じ構造の模型を作ってくれた。何回曲がるかとか分岐ではどっちに行くかを覚え、戻る時はその逆を進むということだが覚えるのは大変だ。
結局、二日後に向けて練習することになった。実際にやってみると、格子のある隙間は多くあってそこから見える部屋や廊下の様子を見れば何とかなることが分かった。
そして当日。昼前の銀行、人気のない廊下。
レブランに体を持ち上げてもらい、格子を押して横に動かす。できた隙間から導管に入り込む。格子は開けたままにする。
レブランはここに待機、セドネスも他の場所に待機している。昼休みとはいえ銀行の建物の中なので、誰が通りかかるかわからないということで、書類は渡せる人間に渡すということになったのだ。リスティナは出納室長を見張ることになっている。
練習した通り先に進む。音を立てずに進むと
猫の手では書類を掴むことができないので人間の姿になる必要があるのだが、人間の姿では裸のままではいけないと強くいわれているので、それを守るのだ。セドネスは部屋に誰もいないのだから問題ないだろうとあきれていたが、リスティナとレブランは理解を示してくれたので、事前に服の入った袋を持ってくることにしたのだ。この鞄は猫の姿でも運べるのだ。
部屋をのぞくと人間が一人いる。こいつが出納室長だな。
この部屋にある格子は二つ。人間が座っている椅子の後ろの壁の上にあるので見つかることはない。
人間に変身し、服を着る。面倒なので下着は持ってきていない。短時間だし上下の服を着れば問題ないだろう。
しばらく待機。
昼の鐘が聞こえてきた。
見ると、人間はドアのところに来ている。早いな。二度目の鐘が鳴る前にドアを開けて出て行った。
鍵が閉められたことを確認。
作戦開始。
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