第33話 ネズミの反撃
早朝、日課のネズミ狩りに向かう。
1日に2、3匹狩ればよいのだが、猫としての能力も上がっているので、最近は5匹以上狩ることもある。それでもあっという間に終わるので、その分ごろごろして過ごす時間が増えとても充実した1日を過ごせている。
だが今日は何か変だ。ネズミはいつものようにいるのだが、距離を詰めようとするとすぐに逃げてしまう。跳躍力を活かしてとびかかるが、もうちょっとというところで隠れられてしまう。私がネズミめがけて飛ぶのと同時に逃げ出しているような感じだ。こっちを向いていなかったのでたまたまだと思ったのだが、こういったことが数回あった。なんなんだろう。まるで後ろに目があるかのようだ。
それでもなんとか捕まえることはできたのだが、いつもより時間を要してしまった。気になったのは、ネズミを捕まえた後、ふと振り返った際に大きなネズミが私の方を見ていたことだ。あまり見ない白いネズミだったので記憶に残った。
朝の食事の後、日の当たる窓辺に寝そべっていると、その白いネズミが窓のところにやってきた。私は建物の中、そのネズミは外にいてガラスを挟んで隣り合うことになった。ガラスがあるとはいえ、猫のすぐ近くまで来るとは大したものだ。こっちを見ているから気づいていないというわけではなさそうだ。
「みゃあ」
何か用か、と聞いてみる。ネズミに猫の言葉が通じるのかどうかは知らない。窓枠の端に隙間があるので、声は聞こえるだろう。
「前任の猫のことを知っているか?」
こいつの言葉が理解できる。人間の言葉はしゃべっていない。ということはネズミの言葉も理解できるようになっていたということなのか。それにこの返事からすると、私の言葉も通じているようだ。こいつも「言語能力」とやらを獲得しているのか。
「みゃあ」
いつのまにかいなくなったと聞いているが、とこたえる。
「通じるのか。驚いたな」
なるほど。「言語能力」というのは誰もが持っている能力ではないのだな。
「みゃあ」
そのようだな。
「前任の猫だが、出て行ってもらったのだ」
猫がネズミに追い出された?
「みゃあ」
信じられんな。
「前任の猫は我々を狩りすぎたのでな」
つまり、私もネズミを狩りすぎだといいたいのか。
「みゃあ」
どうやって追い出したのだ? ちょっと興味がわいたので聞いてみる。
「ここに居られないようにしたのだ」
なんだそれは。自分から出て行ったということか?
「みゃあ」
私は出て行くつもりはないな、とこたえる。
白ネズミは何か考え込んでいるような感じだ。
「われわれを甘く見るなよ」
そういうとネズミは飛び降り去っていく。
甘く見るな、か。私を力ずくで追い出そうとでもいうのか。まあ、ネズミに追い出されるはずもないし気にすることもない。
それから窓辺でしばらく寝そべり、日が当たらなくなってくると洗濯物干し場に出て寝転がる。
有意義な1日を過ごした後、夕方の食事の時間になったので一階に戻る。用意された食事を食べようとしたところで、近くをネズミが走る。こんな時間にこのあたりにいるのは珍しいなと思っていたら、食堂に駆け込み人間の悲鳴が上がる。仕方ないのでちょっと追いかけるが、壁の小さな穴に逃げ込まれる。こういうこともあるかと思って食事に戻ると、5匹のネズミが私の食事を食べている。
慌てて駆け寄るが5匹はすぐに逃げてしまい、食事はすっかり空になっている。なんてことだ。
仕方がない、食堂の夕食時に歩き回るか。人間は私に食事を食べてもらいたがるからな。
お、さっそく一人の人間が私に気づき肉のかけらを持った手を足元の方におろしてくる。食べようと近づくと、ネズミが突然現れその肉をくわえ逃げ去る。人間が驚いて悲鳴を上げる。ネズミを追うが、また小さな穴に逃げ込まれる。
結局、その後も何度かネズミに食事を奪われてしまい、この日の夕食はほんの少ししか食べられなかった。人間に変身してお金を払って食べるという方法もあるが、それではネズミに負けたような気がするのでやめておく。ちょっと空腹だが寝床に入る。
もしかして、これがあの白ネズミがいっていたことか。確かにこれを繰り返されたら食事にありつけない。前任の猫はこれをやられて出て行ったのか。今日は不意を突かれたが、やつらのやり方を知ったからにはもう問題はない。
翌朝。手ごわくなったネズミだが、6匹退治してやった。
朝食に向かう。用意される前から待つことにする。こうすれば横取りされることもない。今度はネズミが近くを走っても無視して食事してやる。
ちょっと身構えていたのだが、ネズミが現れることはなくいつもの通り朝食をとることができた。昨日は何だったのだろう。たまたまということはないと思うが。まあいい。さて、食事も終わったし、窓辺で寝そべることにしよう。
しばらく寝そべっていると、ガラスに何かがぶつかる音が聞こえたので目を開ける。あの白いネズミがガラスの向こうにいる。
「朝食はうまかったか?」
白ネズミがいう。なんだ? やはり昨日の騒動はこいつの仕業か。
「みゃあ」
空腹だったのでおいしかったよ、とこたえる。
「今日は6匹も殺してくれたそうだな」
ああ、敢えていつもより多く狩ってやった。
「みゃあ」
それが私の仕事なのでな。
「我々が本気を出せば、お前はここで食事をとれなくなる」
まだ本気出してないということか。確かに数では勝てないから、面倒なことにはなりそうだ。
「みゃあ」
毎日5匹以上狩るのが気に入らないのか? と聞いてみる。
「それもあるが、今となっては些細なことだ」
他に理由があるのか。
「この街では、以前は八つの勢力が縄張り争いをしていた」
縄張り? 縄張り争いと私の食事の妨害にいったいどんな関係があるのだ。
「みゃあ」
話が見えないが、と疑問を呈してみる。
「その勢力は今では四つで、近いうちに三つになる可能性が高い」
元の半分になったのか。
「みゃあ」
お前の縄張りはどんな状況なのだ? と聞いてみる。
「残る三つの内の一つだ」
この返答だと、こいつが勢力を広げているのかどうかはわからないな。
「勢力を伸ばしているやつらは凶暴で、最近急に縄張りを拡大し始めたのだ」
なるほど。その凶暴な奴らが八つあった群れの半分を支配下に置いたということか。
「みゃあ」
もしかして、私の手を借りたいのか? と聞いてみる。
「そういうことだ。手を貸さなければ今後食事はないと思え」
脅しているのか。食事は人間に変身すればとれるのだが、それをこいつにいう必要はない。
「みゃあ」
ネズミの縄張り争いに興味はないし食事は何とでもなる、と伝える。
そもそも私がネズミを助ける筋合いはない。特に相手がここ白兎亭に住んでるやつらならなおさらだ。
「説明を変えよう」
白ネズミがちょっと前に進み、ガラスの隙間に近づく。
「凶暴なやつらは人間を襲うこともある。そいつらがこのあたりを制したら、これまでのようにはいかなくなるぞ」
人間を襲う? そんなネズミがいるのか。白兎亭の住民が襲われるというのは避けたい。
「それと、今にもつぶされそうな群れのボスは昔からの知り合いなのだ」
ほう。凶暴な奴らを倒してその知り合いを助けたいということか。
ちょっと興味がわいてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます