第34話 ネズミに協力

結局、白兎亭のあたりを縄張りにしている白ネズミに協力することにした。


凶暴なネズミとやらについて、まずは人間が何か知っているか確認してみることにした。

白ネズミと別れた後、人間に変身する。ギースが朝掃除していたから、たぶん昼はここで食べるだろう。


「お、昼から人間になってんのか」

窓際に座っていると、私に気づいたギースがやってきた。

「ちょっと聞きたいことがあるのだ」

「おお、何でも聞いてくれ」


白ネズミから聞いた凶暴なネズミの群れについて、何か知っていることがあるかを質問する。

「ネズミの言葉もわかるのか?」

「どうやらそのようだ。私の言葉も通じるのだ。そのネズミだけかもしれないが」

私も今日知ったばかりだが。


「へー、おもしれえな」

ギースが感心している。

「縄張り争いか。ネズミの世界も大変だな」


「それで、聞いたことはあるのか?」

改めて質問する。

「ネズミに噛まれたからって、話題になるようなものじゃないんだな」

そうなのか。

「それに、あいつらの活動場所は床下とか天井裏とかだしな。ここでは時々見かけるが」

「つまり、知らないということだな」

「まあな。どの群れかなんてわからないし、気にしているやつなんていねえ」

なるほど。人間に聞いてもわからないか。


「それに、その凶暴な群れはこのあたりじゃないんだろ?」

ギースがスプーンを皿に置き、腕をぐるっと回す。

「そうだな。広場の向こう側と聞いている」

「他のところに住んでるやつに聞いてみてやるよ」

ギースはこの街に長く住んでそうだから知り合いも多いのだな。

「それは助かる」

「いいってことよ」


ギースにも世話になるな。彼にも何か贈り物をしたほうがいいだろうか。



さて、この街のネズミの群れは元は八つだったが、そのうちの一つが最近勢力を拡大し今は四つ。隣接する群れが壊滅寸前なのだという。そこがつぶされたら、今度はこのあたりの群れが狙われる。白ネズミがいうには、その壊滅寸前の群れのボスは昔からの知り合いで、これまではお互いの縄張りを尊重しうまくやってきたのだそうだ。なので、そいつを助ければ凶暴な連中の防波堤にもなるし、恩も売れるのだという。


で、私が白ネズミを助ける理由は、凶暴な奴らに白兎亭のあたりを支配されたくないからだ。少々凶暴だろうが狩る自信はあるが、人間を襲うらしいからな。

それと、ネズミ狩りについても取引した。凶暴な奴らを何とかできたとしても、私の役割がネズミ狩りであることは変わらないから、ネズミ狩りをやめるわけにはいかない。とはいえ、5匹も6匹も狩る必要はない。アリナさんと1日何匹という取り決めをしたわけではないが、これまで2、3匹を狩っていて何もいわれないから、たぶん毎日2匹で問題ないはずだ。

凶暴な奴らの退治に協力し、さらに狩るネズミの数も減らすというのは私が譲歩しているような感じだが、ネズミ狩りは食べるためにやっているものじゃないから数にこだわりはない。それに2匹なら短時間で終わるし、その分ごろごろして過ごす時間も増えるので私にとっていいところでもあるのだ。


この街の地面の下には水が流れる穴が張り巡らされているのだという。ネズミの主な活動場所はこの穴の中だ。台所や風呂で使う水が流れこんでるのだそうだ。この穴は人間が通れるくらいの大きさのものもあるがほとんどは狭い穴で、白ネズミに案内されて覗いてみたが、水が流れているしひどいにおいだ。できれば入りたくはない。広いところは真ん中を水が流れているものの両側には濡れずに歩ける通路がある。ここなら私も入ることができるので、そこで凶暴な奴らをやっつけることにした。


翌朝、夜明け前に行動を開始する。

隣の群れと凶暴な連中がぶつかっているところは狭い水路の中なのだそうだ。三つの通路があるそうで、そこを一つでも突破されると広い水路に侵入されるということで、何とか食い止めようとしているらしい。

狭い水路から広い水路に水が流れるようになっているのだが、その出口のところで私が待機。敵が押し寄せてきたところで食い止めているネズミが撤退、狭い水路から追いかけて来るやつらを私が対処する。ダンジョンで横穴からあふれてくる大ムカデの大群に対し鋼鉄の爪を振り回したのと同じやり方だ。


配置に着いた。気になる水だが、人間が活動を始める前なら水はほとんど流れていないと聞いていたが、その通りのようだ。食い止めているネズミは5匹とのことなので、最初に出てくる5匹は見逃す。

周りに白ネズミの群れと、助けようとしている隣の群れのやつらが集まっているのだが、近くにネズミがいるのに何もしないのはなんか変な感じだ。動き回られると飛びついてしまうかもしれないので動くなとは伝えているが、連中も猫の近くに寄るのは抵抗があるようで遠巻きにしているという感じだ。あの白ネズミですら近づいてこない。まあ無理もない。


さて、奥の方から騒がしい音が聞こえてきた。鋼鉄の爪を延ばし身構える。他の2つの水路もそれほど離れていないので、騒がしい雰囲気が伝わってくる。

2匹のネズミが飛び出してくる。さらに2匹。後1匹はどうしたのだ。やられたのだろうか。

覗き込むと奥からネズミの集団が走ってくる。先頭の1匹は敵か味方か判別がつかないが逃がすことにする。敵なら周りのネズミが何とかするだろう。


1匹目を逃がし、すぐ後ろに続くネズミの集団に鋼鉄の爪を振り下ろす。数が多いので両方の前足を回転するように振り回す。大ムカデに比べるとネズミは体が小さいが、私の運動能力も以前よりも上がっているので、今のところ1匹もすり抜けられていない。

次々とネズミが出てくるが、しばらくすると数が減ってきたので水路を覗き込む。どうやら引き返していくようだ。この水路から襲撃してきていたやつらはなんとかできたか。


足元には真っ二つになったネズミの死骸でいっぱいだ。こいつらはダンジョンの魔物と違って分解しないし血も流すので、私の体にも血がついてしまった。こんなのをベルナに見られたら、猫の形態でも風呂に入れられそうだ。


「さすがだな」

離れた場所にいる白ネズミがいう。

「みゃあ」

これくらいは簡単だ、と答える。


この水路はなんとかなったので、他の二つを見に行くことにする。

隣の水路に来ると、奥の方から戦っているらしい音が聞こえてくる。入口付近に集まっていたネズミが場所をあける。

「みゃあ」

いつでも大丈夫だ。


「ここは10匹で食い止めているところだ」

では最初の10匹は見逃すか。

白ネズミが水路の中に向かって何か叫ぶ。すぐに3匹が飛び出してくる。その後、1匹、2匹、2匹が出てくる。集団がこっちに向かってくる。3匹を数えるのは困難だ。多少多めに逃がし後続のネズミを対処する。やはり何匹か敵がいたようで、近くにいたネズミらが襲いかかっている。


この水路はさっきのよりちょっと大きい分、出てくる奴らは多いが問題なく対処できそうだ。ネズミは毒を持っているわけでも巨大なわけでもなく、単に数が多いだけだからな。ネズミの縄張り争いに猫が介入というのは、ちょっとやりすぎなんじゃないだろうか。特に私はそのあたりの猫よりも強いし。

この水路も敵が引き返し対処終了。もうひとつの水路の方を見る。ネズミが何匹が覗き込んでいるからまだ中では戦っているのだろう。そっちも対処するか。近づいところでネズミが出てきた。特に慌てている様子もないので、逃げてきたということもなさそうだ。


「この水路のやつらも引き返したそうだ」

水路のあたりにいたネズミと何か話していた白ネズミが振り返りいう。

なるほど。では今日の戦いは終わりか。ちょうど水路から水が流れ始めた。できれば近づきたくない。


「みゃあ」

では私は引き上げる、と伝える。


「おかげでかなり押し戻せたが、また状況は説明する」

白ネズミがいう。

「みゃあ」

退治したネズミはもらっていくと伝え、2匹を咥え白兎亭に向かう。集まっていたネズミらが道を開ける。



白兎亭に戻り狩ったネズミを中庭にもっていく。

朝食に向かおうとしたところで、階段を下りてきたベルナに会う。

「あ、シイラちゃん、おはようございます」


「みゃあ」

おはよう、とあいさつを返し朝食に向かう。


「あれ? シイラちゃん、ちょっといいですか?」

振り返るとベルナが追いかけてくるので立ち止まる。

「みゃあ」

どうかしたのか?


「なんかにおいますね」

そういうと私の体を持ち上げる。

「ちょっと! ひどいにおいですよ。下水に落ちたんですか? あ、血もついてるじゃないですか!」

持ち上げた私の体を動かして体中を見回すベルナ。

「みゃあ」

朝食を食べたいのだが、と抗議する。

「猫の体ですけど、今からお風呂です!」

「みゃあ!」

なんだと!


結局、抵抗むなしく風呂に連れていかれ体を洗われてしまう。この世界に来て猫の体で洗われたのは初めてだ。

前にいたところでは洗われた後で柔らかくて大きな布に包まれ、あれはあれで快適だったのだが、この世界の布は薄くて固く、濡れた体がすぐには乾かない。なんてことだ。こんなことになるならネズミに協力するんじゃなかった。


まったく、散々な目にあった。

朝食を食べ窓辺で寝転がる。まあ、今日一日寝転がっていれば気分も晴れるだろう。


「お、今日は猫のままか」

目を開けると、朝食のトレイを持ったギースが近くに来ている。

「みゃあ」

おはよう、とあいさつする。


「凶暴なネズミの件だけどな」

トレイを置くとギースが話し始める。

「みゃあ」

なにかわかったのか?


ギースが私の方を見る。

「人間に変身してきてくれねえか。猫に話すのはどうも落ち着かねえ」

確かに私のことを知らない人間から見ると、猫に話しかけているのは奇妙だろう。それに、こっちも聞きたいことがある。

「みゃあ」

わかった、と伝えリスタの作業場に向かう。

人間に変身し素早く服を着て食堂に戻る。ギースは食事を終え、何か飲み物を飲んでいる。この匂いはお茶とかいうやつか。

さっきと同じ窓際に飛び上がり座るとギースが話を再開する。


「凶暴なネズミだが、たしかに広場の向こう側のあたりで暴れているらしい」

人間が気づくということは大暴れしているということか。

「白ネズミのいうことは正しかったということだな」

「ああ」

お茶を一口飲むギース。


「ちょっと前にダンジョンに行った時に毒ムカデが大ムカデを操ってたってのがあっただろ?」

「そうだったな、ネズミも操られているのか?」

毒ムカデがネズミを操っているとでもいうのか。


「まだ確かなことは分からねえんだが、でかいネズミ、でかい牙を持ってたっていうからたぶん闇ネズミだな、それを見たってやつがいたんだ」

ダンジョンにいたやつだな。このあたりのネズミの3倍くらいの大きさのやつだ。

「そいつが操っているのか?」


「その可能性もあるってことで、ダンジョン本部にこの調査と討伐の依頼を出してもらえねえか頼んできたんだ」

「そんなことができるのか」

「うまくいけば、本部から報酬が出る仕事になる」

「なるほど」

白ネズミに頼まれて戦っても報酬は出ないが、本部の仕事ならお金をもらえる。さすがはギースだな。



翌日。

ネズミを2匹狩る。昨日助けた白ネズミの群れのやつだろうが、気にすることはない。

朝食をとった後、いつものように窓辺でくつろいでいると、白ネズミがガラスの向こう側にやってきた。

「昨日は世話になった」

「みゃあ」

大したことはなかった、と答える。実際、反撃もなかったし前足を振り回しただけだった。


「おかげで隣の奴らも縄張りを取り返したそうだ」

「みゃあ」

それはよかったな。

「とはいえ、凶暴な奴らが大きな縄張りを持っていることに変わりはない」

まあそうだな。

「みゃあ」

人間も凶暴なネズミの群れがあることに気づいたそうだ、と教えてやる。

「なるほど。で、人間はどうする気だ?」

「みゃあ」

退治しようとするかもしれない。


「やつらが倒されるだけならいいのだが」

人間はネズミを区別できないからな。まあ、区別できないのは私も同じだが。

「我々から見ると、人間は危険な生き物だ」

それと猫もな。

「みゃあ」

人間から見るとネズミは食べ物を盗むので退治したがるのだ、と教えてやる。

ちょっと考え込んでるような白ネズミ。


「人間が食べているものを横取りしたりはしていないが」

ん? どういうことだ?

ああそうか。猫もそうだがネズミも食べ物を蓄えたりはしない。ネズミから見たら、人間が蓄えている食べ物が人間と関係があるかどうかなんてわからないのだろう。


「みゃあ」

人間は食べるものをすぐには食べず蓄える習性があるのだ。


「人間の食べ残しならいいのか?」

人間がゴミ箱とやらに捨ててるやつのことか。

「みゃあ」

人間は捨てるものも一か所に集める。

「みゃあ」

それを荒らされるのを好まないのだ。


こっちを見ている白ネズミ。

「人間は妙なところにこだわるのだな」

「みゃあ」

そうだな。


「今は隣の群れと共同で凶暴な奴らと戦っているのだ」

話題を変える白ネズミ。

「みゃあ」

なるほど。

「たいていは追い払うのだが、時々死ぬまで戦うこともある」

そういうこともあるだろうな。


「今日は2匹狩ってくれたそうだな」

また話題を変えたのか。

「みゃあ」

それが私の役割なのでな。

「戦って死んだやつをここまで運んできたら、それを2匹に数えることはできるか?」

ん? なるほど。

「みゃあ」

そうだな、数えても構わない。


「では、人間が食べ残しを集める箱の裏に運ぶことにする」

「みゃあ」

では最初にそこから確認する。


自分の群れができるだけ狩られないようしたいのだろう。ネズミと取引するというのも変な感じだが、私としては2匹の死んだネズミがあればいいのだし、狩る時間が短くなればその分充実した時間も長く取れるので良い取引だと思っている。


それと、凶暴な群れの調査の依頼が本部から出されたそうだ。やってみようかとも思ったが、またベルナに風呂に入れられてはたまらないので引き受けないことにした。人間がやるなら何とかなるだろう。

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