第36話 運び屋の仕事 その2

「発車しまーす」

御者ぎょしゃの声が聞こえ、乗合馬車が動き出す。

4頭の馬が引く、ライゼルまでの長距離を走る乗合馬車だ。以前いたところでよく見かけた人間が入って動く大きな箱のような感じの乗り物だ。見かけはかなり異なるが。大きな箱の中に入れる人間は20人、箱の後ろと屋根の上には荷物が積まれている。


数えたところ人間は20人乗っており満員だ。私は猫の姿で、座席に並んで座るカイとエドガルの間の隙間に寝そべっている。猫だと運賃が不要なのだ。以前いたところでは、動く箱に乗る時には小さな箱に入れられたが、ここではその必要はないようだ。向かいに座っている子供が私を興味深そうに眺めている。後で膝の上に乗ってやってもいい。


走り出した乗合馬車の速度は遅く揺れもひどい。これが夕方まで続くのか。

暗号表の届け先は複数あるが、我々が引き受けることになったのはちょっと遠い場所で、宿場町とやらまで馬車で移動して宿に泊まり、翌日そこから目的地まで歩くことになる。


数日前、ギースから聞いた話を思い出す。



昼の白兎亭。食堂。

ギルド本部を後にし、あらためて集まるカイ、ギース、エドガル、私の4人。


「さて、それじゃあ、まずは俺が知っていることを説明する」

テーブルを囲んだ3人を見回しギースがいう。私は椅子の背もたれに座っている。


「おっと、その前に一つ確認だ」

ギースが思い出したようにいう。

「この仕事が危険なことを知っての通りだ」

「ああ。承知している」

カイがこたえる。


「これだけは約束してくれ。やばそうなら暗号表を渡す、命がけではやらない」

カイが改めて3人の顔を一人一人見ていく。


「まあ、そうだな。その時には私が判断する」

カイが同意する。この仕事ではカイがボスだ。

「私も賛成です」

魔法使いも賛成する。

「それがいいだろう」

私も賛成する。死んでは元も子もない。


「ただし、奪われた場合は代償が伴う」

ギースがいう。

「というと?」

カイが質問する。

「奪われた場合、本部の仕事は最大で半年間受けられなくなるんだ」

驚いた様子のカイとエドガル。

「そんなの書いてました?」

これはエドガル。

「なるほど、それで抵抗するからけが人や死者が多いのか」

カイが考え込む。

「注意書きとして書かれているし、申し込んだ際にも説明される。状況に応じて期間は違うらしい。で、そう簡単に奪われるわけにはいかないから抵抗するってのはその通りだが、あきらめも肝心だ」

ギースが説明する。

「襲ってくる奴らの多くは、暗号表を売ることが目的だ。で、この仕事を引き受けたやつがそのまま売ることがないように、ってことでできた決まりだ」


「なるほど。リスクの高い仕事だな」

これはカイ。たしかに、奪われると報酬がないうえにしばらく仕事ができないというのは厳しい。


「俺が知ってることを説明するから、やるかどうかはそれから決めればいいだろう」

ギースはそういうと説明を始める。


「この仕事ではライゼルにつながる連絡網に暗号表を届けるんだが、届け先は13か所。ライゼルのやつらもこの仕事を受けるから、ライゼル寄りの6か所は連中がやることになる」


「7か所にそれぞれ3つ以上、最大7つだったかが運ばれるから、最大49組がこの仕事を受けられる」

多いな。

「同じところに複数運ぶということは、引き受けた人間が一緒に向かうことになるんですか?」

エドガルがギースの方を見る。

「いや。日をずらして運ぶんだ。中には偽物の暗号表も含まれているって噂だ」

「手の込んだことをやりますね」


「数は多いが、応募の方が多い場合は抽選だ」

「そうなのか?」

カイが反応する。受けられない場合もあるとは意外だな。

「ああ。早い者勝ちってわけじゃねえ。競争率は高くない」


「一つ疑問なのだが、暗号表はこの街の発信元とライゼルの二か所にあればよいのではないのか? 中継所になぜ必要なのだ」

カイが質問する。

「確かにそうですね。中継所は見た信号をそのまま伝えればいいように思えます」

エドガルも同意する。信号とか通信の仕組みがわからないので、何が疑問なのかもよくわからないが。


「そういう通信もあるが、暗号表は機密の通信が正しい経路を通ったのか確認するのに使うそうだ。詳しくは知らねえが」

そういうと、ギースは肩をすくめる。

「なるほど。確かにそういった仕組みは必要かもしれないな」

ギースの説明でカイは納得したようだ。

「思ったより込み入ったことやってますね」

エドガルも理解したらしい。


「通信網はライゼルまでほぼ直線だ。街道は多少曲がりくねってはいるが、似たような経路だ」

ギースが説明を再開する。

「街道は人通りも多いし、まあ問題はない。乗合馬車にでも乗って移動すればいい」


「危険なのは街道を離れてからだ。俺が聞いた話だと、山で襲われる時にはまずは矢が飛んでくるそうだ」

「山の中で待ち伏せか」

カイが腕を組む。

「なるほど。それはやっかいですね」

待ち伏せは私もネズミ狩りでやることがある。ネズミからしたら突然襲われるわけだから逃げるのが困難だ。


「山に入る際には盾を構えて進むことになるな」

カイがいう。

「それなりの装備の集団で行けば問題ないんだが、報酬は暗号表単位だから大人数だと分け前が減るんでやるやつはいない」

「まあ、そうですね。でもそれは盗む方も一緒じゃないんですか?」

エドガルがたずねる。盗んで売るにしても分け前が減るということだな。

「まあな。それほど大人数じゃないようだ」


「ところで、成功例はどのようなものなのだ?」

カイがギースに質問する。

「そうだな。道のないところを登ったとか、運よく襲われなかったとか撃退したとか、補給員に変装したってのも聞いたことがある」

補給員というのは、その信号を送るところに食べ物とかを届ける役目の人間のことかな。

「なるほどな」

カイが考え込む。


「私が目的地まで運ぶというのはどうだ」

と提案してみる。

「猫の体に取り付けてもらって、山の斜面を登って進めば見つからずに届けられるのではないだろうか」


「暗号表自体は紙なんだが 、鍵のかかった箱に入ってるんだ。細長くて猫の胴体よりはちょっと小さいくらいだが」

紙そのままじゃないのか。胴体程のサイズだと背負って走るのは困難か。


「暗号表を運べなくても、シイラには猫として参加してもらうのがいいかもしれませんね」

これはエドガル。

「確かに。猫なら相手も油断する」

カイも同意する。今回の相手は人間だから、小さな人間よりは猫の方が戦いやすいかもしれないな。

「それに、こいつは普通の猫じゃねえ。剣みたいな爪を出すからな」

3人が私の方を見る。なんか期待されているようなので、猫の形態で参加することにしたのだ。



道中、何度か停車し休憩や馬の交換を行い、日も暮れかけたころに目的地の宿場町に到着した。乗合馬車も今日の移動はここまでで、終点まで利用する客もここで一泊するらしい。


我々はこの街が目的地なのでここ一泊し、明日の朝、山頂のとぶひに向けて出発だ。

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