第37話 運び屋の仕事 その3

宿場町の宿からとぶひのある山までは徒歩で向かう。

宿場町はそれほど大きくはなく、宿のある通りを離れると畑が広がっている。畑の向こうには木が茂っており、その先に山が見える。その山頂が目的地だ。


「盗んだ暗号表がどう使われるかですけど、噂を聞きました」

歩き始めてすぐエドガルが話し始める。


「通信の傍受とか偽の通信を行うのだろ?」

カイがこたえる。ギースの説明でもそのようなことをいっていたな。


「それはそうなんですけど、具体的な通信についてです」

「ほう」


「暗号表が使われるのは機密の通信ですけど、その機密通信で送金も行われていて、それが狙われてるって噂を聞きました」

送金というのは聞いたことのない言葉だな。


「通信でお金を送る?」

送金というのはお金を送るという意味なのか。カイは言葉の意味は知っているようだが、通信と送金の関係がわからないという感じだな。


「そうなんですよ。ギルド本部で登録すると本部に口座ができますよね?」

「そうだな」

私のお金もその口座にあって、一度引き落としたことがある。


「で、口座にあるお金を、例えばライゼルの人に送りたい場合、どうします?」

「どうって、通常は口座から引き落として直接持っていくな」

お金を送るというのは、誰かにお金を渡すということなのだな。


「まあ、普通の人ならそうですよね」

「普通じゃない人はどうするのだ?」

「例えば、商取引で使うお金なんかは、警備を付けた馬車で運ばれたりするんですけど危険ですよね」

「そうだな。大金を運んでいるとなると狙われる」

「そうです。そこで通信を使った送信なんです」

「わからんな。通信は火を使って情報を伝えるものではないのか?」

「私たちが住んでいる街、ガレスウェルでも直接お金をやり取りすることなく、お金が受け渡しされてるんですけど知ってます?」


「ん? それは、ギルドの自分の口座から白兎亭の口座に宿泊代が支払われているようなことを指しているのか?」

これは以前アリナさんが説明しているのを聞いたことがある。

「そうです。ガレスウェルにある店とか仕入れ先同士でも、お互いの銀行の口座間でお金のやり取りがされてるんですけど、それを違う街の銀行の口座間でもやるってことです」

銀行というのは聞いたことがない。口座というのはギルド本部以外に銀行とやらにもあるということか。


「なるほど。つまり、ガレスウェルの銀行とライゼルの銀行の間で、どの口座からどの口座にいくら支払う、と機密通信で伝えるということか」

「そうです」

お金を移動すると伝えるだけで、口座から口座にお金が移動できるということのようだ。確かにこの方法なら遠く離れた街との間でもお金をやり取りできる。実に興味深い。

「直接運ぶよりは安全なのかもな」

「通信の送金は手数料とか保険代が取られるそうなのですが、現金輸送の警備費よりは安いそうです」

手数料、保険代、輸送、警備費。聞いたことのない言葉だ。


「とはいえ、盗むには偽の通信を送ることになると思うが、銀行側も何か対策はしているだろう」

「そうなんですよね。送金は一方通行の通信じゃなくて往復で確認するそうで、それが終わらないと送金は完了しないのだそうです」

「双方向に偽の通信を送る必要があるということか」

「はい。それに発信元の銀行からの通信であることを示す暗号の署名のようなものを付けるそうですし」


「そうなると、暗号表を盗んだだけではどうしようもないのではないか? つまり、噂にすぎないということか」

「噂では、通信の送金については、年に一回銀行の人が実際に会って履歴を突き合わせるんだそうです。その突合せまでの間に引き落として盗むっていう話でした」


「それが実際にできるとしたら、銀行の人間もかかわらないと無理だろうな」

「そうなりますよね」

偽の通信でお金を盗むのはそう簡単にはいかないということか。その割には暗号表は狙われすぎに思える。


「なるほどな。それにしても、この通信を使えばいろいろなことができそうだな。お金を送れるくらいなんだから」

「そうですね。よく考えたら、私のような火属性の魔法使いは杖を光らせることができますから、これを点滅させれば遠くの人とやり取りできそうです」


そんな話を聞いているうちに畑が続く平原を通り過ぎ、木が茂る森に到着した。森は目的地の山に繋がっている。


「そろそろですね」

エドガルが森の木を見上げる。

「ああ」

カイも気を見上げる。

「いまさらですが、森とか山の中では、私の火属性の魔法はあまり派手には使えないんですよ」

エドガルがなんか申し訳なさそうか感じでいう。


「確かに。山火事を起こすわけにはいかないな」

「はい」

山には燃えやすいものがあるから、大きな炎を出すと燃えてしまうということか。白兎亭の中庭で木を燃やしているが、山には木がたくさんある。


「派手ではない魔法で対処できるのだろうな?」

「そうですね。小さな熱波の塊を相手にぶつけることを考えています」

「なるほど。まあ、ここまで来てどうこういっても仕方がない。それでいくしかないな」

「そうですね」


森の手前で立ち止まる。

「ここからは打ち合わせた通りだ。シイラ」

「みゃあ」

カイの言葉に、わかったと返事し先に森の中に入る。


カイらは山頂に向かう山道を歩くが、私は山道にこだわらず先行し待ち伏せている奴らを探すのだ。

木に登ってみるか。枝も広がっているし、私の跳躍力なら木から木に飛び移りながら移動できるのではないだろうか。ただ、目立たないようにしないといけないな。


鋼鉄の爪を少し伸ばし木の幹に向かって跳躍、爪を引っかけて駆けのぼる。余裕だな。

太い枝の上に登る周りを見る。隣の木の枝までの距離を目測する。これくらいなら何とかなりそうだ。狙いを定めて枝を蹴る。

難なく隣の木の枝に飛び乗ったが、そのままの勢いで枝を蹴ってさらにその先の木の幹の枝まで移動した。慣れればこの調子で次々を木に飛び移って移動できそうだ。


ふと隣の枝を見ると動物がいる。これは以前いたところの公園で見かけたやつに似ているな。ネズミのような感じだがしっぽが太くて長い。私に気づくと隣の木に跳んで逃げて行った。細い枝に飛び乗ったようで木の枝が大きく揺れる。少々枝を揺らしても、この動物だと思われるだけかもしれない。


待ち伏せしているとしたら上の方にいるはずだ。木の枝を伝って次々と飛び移りながら山の方に移動する。少しずつ斜面の勾配がきつくなってきた。ちょっと立ち止まり下の方を見る。カイとエドガルが歩いている。カイは盾をこっちの方に向けている。


あたりを見回す。特に怪しい様子はない。上の方で枝が揺れる音がしたので見上げると鳥が飛び立つところだ。なんだ鳥か、と思ったが、飛んでいった目の大きな太った鳥は以前も見たことがある。いつだったかと思い出そうとしたところ、茂みで何か動くのが見えたので、今は余計なことは考えないことにする。

改めて茂みを見ると、細い枝が一本上に伸びており不自然な動きをしている。あれは弓じゃないだろうか。ということは、近くに剣を持った奴らも隠れているに違いない。

もう少し上の方まで登ってみる。木の枝を伝ってさらに上の方に進む。振り返り見下ろすと人間がいる。3人か。一人がさっきの弓を構えている。その前の茂みに2人がしゃがんでいる。


カイ達は私がいる木の枝からはかろうじて見えるが、弓を持った奴、射手いてからは見えないだろう。だが、曲がりくねった山道を歩いているので、そのうち見えるようになるはずだ。弓を手にしているので、カイらが近づいてきていることは知っているということか。


弓を構えている奴の近くの木まで移動する。太い枝に飛び移れば枝が揺れることもない。

斜め後ろから弓を持つ奴が見える。ちょうどカイらも見えてきた。カイは盾をこっちに向けているので狙いは付けにくいはずだ。エドガルもカイの近く、斜め後ろにいる。盾で体の一部が隠れているが完全ではない。こいつはエドガルを狙うのか。

弓を持つ腕が後ろに移動する。これは弓を放つ際の動作だ。


枝の上から弓に向かってとびかかる。弓に対し斜め後ろから鋼鉄の爪を振り下ろす。

力のかかっていた弓がいくつもの破片に砕け散る。矢を引いていた腕は勢いよく後ろに弾き飛ばされる。張られたつるが射手をたたく。


「うわあ!」

射手が声を上げる。この声は女か。

茂みに着地した私は素早く木の後ろに移動し、さらに木に登る。


「どうした?」

前に隠れていたやつらの一人が立ち上がる。

「おい、立ち上がるな」

もう一人が小さく声をかけ、立ち上がった男の服を引っ張ってしゃがませようとするが、次の瞬間、立っていた男が何かに突き飛ばされたように射手のいる茂みに倒れこむ。

「何してんだよ!」

もう一人の男が低い姿勢のまま、倒れた男の方に向かう。

「何かに突き飛ばされた」

「誰もいないぞ。いや、そんなことより弓はどうした」

男が射手の女に声をかける。

「何かが後ろからとびかかってきて弓を折られた」

そういうと折れた弓を男に見せる。

「どうする?」

「そうだな」


「そこまでだ!」

カイの声が聞こえる。見ると、こっちに向かって駆け登ってきている。


「くそ、こうなったやらやるしかねえ」

二人の男が剣を構え立ち上がるが、次々後ろに吹き飛ばされる。見ると、エドガルが杖を男らに向けている。これが熱波の塊をぶつけるというやつか。

女はしゃがんだままだ。剣を抜いているが剣士が持つ剣に比べると短く、これではカイの相手にならないだろう。


「抵抗するなら容赦はしない」

カイが倒れた男に剣を向ける。エドガルも杖を向けている。私は正体を見せる必要もないので木の上から様子を見ることにする。


「わかったわかった」

「命がけで盗もうって気はないんだ」

男らが剣をしまう。女もそれを見て剣を収める。

「この弓を壊したのはいったい何なんだ?」

女がカイの方を見る。一瞬のことだったので、猫だったことはばれていないようだ。

「さあ、なんだろうな」

カイも応える必要はないと判断したようだ。


「ちょっと、荷物を見せてもらっていいですか?」

エドガルが茂みに置かれている連中の荷物を指さす。

「い、いや、俺らは退散するから」

男が茂みの方に這いより荷物を抱える。

「あんたらは暗号表を運ぶのが仕事だろ?」


「細長い箱が入ってますよね?」

エドガルが男に向かっていう。細長い箱? 暗号表が入っている箱のことか?


「なるほど。我々の前に奪っていたわけか」

カイも荷物の中身に気づいたようだ。


「くそ、なんだよ」

「お前が弓を折られたせいだぞ」

「あんたらがちゃんと見張ってないから後ろから狙われたんだ」


3人は不平を言いながら山を下りていく。

我々は泥棒ではないが、盗まれた暗号表を取り返すのなら問題ないはずだとのカイの判断で3人組から暗号表を奪い、これも一緒に運ぶことにした。これで報酬も二つ分になるのか。


奪った暗号表をエドガルが手に持ち、カイを先頭に山を登り始めたところ、エドガルが突然斜面を転がり落ちる。

気づいたカイが振り返るが、カイも突然突き飛ばされたように後ろに倒れこむ。何か半透明のものがあたりを走り回っているような感じだ。さっきの鳥をいつ見たのか思い出した。あの時のフクロウだ。それにこの半透明のやつは魔法使いだ。以前、ギルド本部に忍び込んだ泥棒を捕まえた時にいたやつらだ。


「あ!」

エドガルの声がしたので見下ろすと、フクロウが暗号表の入った箱を掴み飛び上がろうとしている。

そうはさせるか。箱は大きく、フクロウは飛び立ったばかりでまだ地面近くにいる。フクロウに向かって跳躍したところで、カイが何かと格闘しているのが目に入る。相手は半透明の魔法使いか。カイが持っている暗号表を奪おうとしているのか。

迷っている時間はない。私はフクロウを追いかける。

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