第70話 憲兵団に協力
最近、朝食の後はギルド本部の地下、資料保管室で過ごすことが日課になっている。なんといっても涼しいのだ。
白兎亭で食事は一日に二回出る。二回目は夕方なので、夕方まで地下室で寝そべって過ごしている。
さて、そろそろ白兎亭に戻るとするか。
夏は人間の姿で夏服を着ている方が涼しく感じるので、地下室では人間の姿だ。
移動の際には猫の姿の方が走りやすいので、街中を移動する際には猫の姿に戻っている。この前ダンジョンで大物を仕留めた際に魔法力があがったので、夏服と下着は空間魔法でしまえるようになった。この能力を使うことがあるとは思ってなかったが、今は重宝している。
通りに面した屋根の上を使うのだが、もちろん日の当たっていない側を通る。夕方なので影は多いが、昼間に日があたっていた屋根はとても熱いのだ。
夕方は人通りも多い。
見るとはなしに通りを見ていると、知り合いと話しながら歩いている二人組のすぐ後ろを歩いている男が目に入る。人通りは多いのだが、この男は不自然に二人組に近づいているように思う。特に知り合いということでもなさそうだ。
男が二人組の一人が持つ鞄に手を伸ばす。
鞄の隙間に手を入れたと思うと素早く手を引き出す。手には何かを掴んでいる。何かを捕った男は、そのまま二人組を追い抜いて歩いていく。こいつは泥棒か。いつものようにベルトを切断してやろうと男の方に向かって屋根を進んでいると、男の前から歩いてきた女に盗んだ物を手渡しているのが見える。女はそのまま盗まれた二人組の隣を通り過ぎる。
これはどっちの人間を相手にすればよいのだ。盗んだやつか盗んだものを持っているほうか。
どっちの方が悪いのかわからないが、取りあえず盗んだものを持っている女の方を追いかけることにする。
屋根の上から見ていると、時々すれ違う男から何かを受け取っているように見える。さっきの男とは別の男だ。もしかして、盗む役目のやつと盗んだものを運ぶ役が分かれているのだろうか。
しばらく屋根の上から女の後を追いかけていたが、4人の男から何かを受け取っていた。
その後、人通りの少ないほうに進み、ある建物の中に入っていった。この建物は確か宿屋だったか。白兎亭は宿と食堂が一緒になっているが、ここは宿だけの建物だな。宿にはたくさんの部屋があるはずだが、取りあえず中に入ってみるか。
玄関は広く扉は開いている。中を見ると、受付のところに人間が二人いて何か話している。宿屋の人間と客だろう。さっきの女はみあたらないので、受付横の階段を登ったのだろう。
受付の人間はこっちを見ていないので、素早く階段まで進み駆け上がる。二階の廊下を見るが誰もいない。すでに部屋に入ったかと思ったが、上の方から音が聞こえるので三階に向かう。追いついた。三階の廊下をさっきの女が歩いている。階段から見て右側、一番奥から二番目の部屋か。
さて、悪いやつらを捕まえるのは憲兵団だ。これまで何度か憲兵本部の人間に会ったことはあるが、知り合いというほどの人間はいない。まずはレブランに相談してみるか。ギルド本部に戻ることにしよう。私の夕食は夕方用意されるが、人間の夕食の時間よりもちょっと早いから、レブランはまだ本部で働いているはずだ。
ギルド本部に戻り、人間に変身して服を着る。
「もしかしたら窃盗団かもしれませんね。憲兵本部の知り合いが話してました。聞いた話だとスリですから、違うかも知れませんが」
レブランがいう。
「窃盗団?」
「集団で泥棒する連中のことです」
男4人、女を1人を見かけたから、集団だったな。
「部屋に入るところを見たんですよね? ということは少なくとも今夜は泊まってるはずですから、いそいで憲兵本部に行きましょう」
「三階の階段から見て右側、奥から2番目の部屋ですか...」
宿の受付にいる老人が顔を上げる。
「そうだ。誰がいつから泊まっている?」
レブランの知り合いだという憲兵本部の男だ。タスロエンといったか。レブランと同じくらいの若い男だ。
後3人の男もついてきているが名前は知らない。全員、腰に剣をつけている。
「はいはい。憲兵さんの命令には従わないといけませんからね」
宿の老人はそういいながら受付の上にある帳面をめくっている。
「えーと、三階の奥から2番目、2番目っと。おとといから明日までの予定ですね。名前は、デラリア・ラベル、と書かれてますね」
「その女に連れはいたか?」
「その部屋は一人部屋です」
老人は下を向いたまま返事する。
「女が来た時に連れはいたか? 連れは他の部屋を借りていないか、という質問だ」
老人がちょっと考え込む。
「どうでしたかね...」
そういうと、老人はちょっと妙な表情になる。笑ってるような感じだがちょっと違うような気もする。
「これで思い出したか?」
タスロエンがポケットから何かを取り出し受付に置く。お金のようだ。
「そういえば、男が5人一緒に居ましたね。空きがなかったので3人は他の宿を探しに行きましたよ」
お金を渡すと忘れていたことを思い出すこともあるのだな。
「では、女と男2人の部屋の合い鍵をくれ」
「はい、どうぞ」
老人が受付の後ろにある扉を開け、ぶら下がっている多数の鍵の中から3つの鍵を取りタスロエンに渡す。
「2階と3階に3人か」
鍵を受け取ったタスロエンがつぶやく。
「こっちは5人、シイラさんも入れて6人。応援を呼んだ方がよくないかな」
レブランがタスロエンに向かっていう。
「出入口はここと裏口の他にあるのか?」
レブランの質問には答えず、老人に質問するタスロエン。
「その二か所だけですよ」
老人がこたえる。
「二階なら窓から飛び降りるかも」
レブランが天井を見上げる。
「2階の部屋の窓は裏口のある通り側ですよ」
老人がレブランに向かっていう。
「出入口は1階の二つだけ。裏口と階段の見張りに2人配置で問題ない。2階、手前の部屋からいくぞ」
タスロエンはそういうと階段の横に立っている男の一人に何か伝えると、その男はもう一人を連れて外に出ていく。
「ちょっと、いいですか?」
タスロエンについてレブランと私もついて階段を登ろうとしたところで、老人が声をかける。
「3人はちょっと前に出かけましたよ。夕飯でしょう。ここには食堂がないもんで」
「なんだ、それを先にいえ」
タスロエンは不満そうだ。
「まあいい。部屋を確認するぞ」
3階の部屋の扉を開け中に入る。確かに誰もいないが、荷物はそのままのようだ。
机の上にはいくつもの財布が置かれている。
「中身は空だな」
タスロエンが財布をいくつか手に取る。
2階の部屋も調べるが、こっちには空の財布はなく、脱ぎ散らかした服と鞄があるだけだ。
全員1階に降りる。
「どこに食いに行ったか知ってるか?」
肩をすくめる老人。
「さあ。初日は酒場のある通りを案内しましたが、もう何泊もしてますから...」
老人の説明に顔を見合わせる男たち。
「ここで待たせてもらう」
タスロエンの指示で、一人の男が外に出ていく。先に裏に回った男らに状況を伝えに行くのだろう。
残った人間は宿屋の1階にある椅子に座って待つようだ。
「憲兵団の男らは剣を持っているが、戦う必要があるなら、私は猫に戻った方がいいかもしれない」
とレブランに伝える。人間の姿だと剣は持ってないと戦えないが、猫なら鋼鉄の爪で十分対応できる。
「その方がいいかもしれませんね」
レブランに2階の部屋を開けてもらい猫に戻る。着ていた服は小さくたたみ、空間魔法でしまうと部屋を出る。
夕食の時間なのでこの宿に泊まっている人間の出入りは多いが、まだ目的の人間は帰ってこない。
私は4人の男と女1人を屋根の上から見てはいるが、顔をちゃんと覚えているかどうかはさだかではない。なので、宿の老人に連中が戻って来たら教えてもらうことになっている。
「おかえりなさい」
宿の老人が声をかける。
見ると、男2人と女1人が宿に入ってきたところだ。
さっきまで、宿の宿泊者が返ってきても声はかけていないので、どうやらこいつらが例の3人組ということのようだ。声をかけられたやつらもちょっと驚いたような感じだ。
タスロエンらが宿の入口を背に男らに近づいていく。
「ちょっといいかな」
憲兵団の男が腰の剣に手を当てている。
「くそ!」
憲兵団に気づいた1人の男が階段に、もう1人の男と女が裏口に向かって駆け出す。
裏口に向かう廊下にいた憲兵団の男が突き飛ばされる。この男は裏口にいた男だ。ということは、今は裏には1人しかいない。
2階で争う音が聞こえてくる。2階にいた憲兵団の男が戦っているのだろう。
「2階を頼む!」
タスロエンはそう叫ぶと裏口に向かって走り出す。レブランは階段を駆け上がる。
さて私はどうしたものか。2階に逃げた男は1人だし、こっちはレブランが向かったから2人いるし大丈夫だろう。裏口に向かう。
突き飛ばされた男も立ち上がりタスロエンを追っていく。裏口の扉が開いている。
外に出ると外にいた男が倒れている。憲兵団の男はなんでこんなに弱いのだ。
「なんてざまだ!」
男が走っているのが見える。女は反対側に走っている。女の方が近い。
「女の方を追え!」
タスロエンは倒れていた男に命令すると男の方を追っていく。
女にはたぶん追いつくだろう。
では、私は男を追いかけるか。結構離れているが猫は人間より速いのだ。
タスロエンを追い抜き、もうすぐ追いつくというところで人通りの多い通りにでる。夕方の通りは人が多い。
人が多いところでは、猫の視点ではどれが誰かわからなくなる。建物の屋根に駆けのぼる。
タスロエンも通りに出てきたが、人が多く追いかけにくそうだ。
だが、ゆっくり歩く人の中では逃げる男と追いかける男はよく目立つ。道行く人間を突き飛ばしながら逃げているが、速度は遅い。
よし、追いついた。
狙いを定め、屋根を蹴ってとびかかる。
「う、うわあ!」
突然後頭部に飛びかかられた男は道路に倒れこむ。
すぐに起き上がって走ろうとするので、後ろから腰のあたりに鋼鉄の爪を振り下ろす。
「ぐわあ!」
ベルトを切断された男は下半身用の服がずり落ち、再度倒れこむ。
「よくやった!」
タスロエンが追いつき、男を取り押さえる。
男を引っ張って宿に戻ると、もう一人の男と女も捕まっていた。
捕まえた3人は紐を体に巻かれ、タスロエンの指示で憲兵本部に引っ張って行かれた。残りのやつらの居場所を聞き出すそうだ。
「噂には聞いていたが、この猫は大したものだな」
タスロエンが私の方を見る。
まあ、あのくらいは大したことはないのだが。
「ええ。シイラさんはすごいですよ」
「秋の収穫祭に向けて、防犯対策についていろいろと打ち合わせているのだが、できれば協力してもらえないかな」
収穫祭というのはこれまでに何度か聞いた言葉だ。大勢の人がこの街に集まる日らしいが。
「なるほど。ただ、シイラさんも収穫祭は初めてなんで、できれば楽しんでほしいかなと思ってるんだけど」
レブランがこたえる。
収穫祭とやらがどんなものかはよくわからないが、楽しいものなのだろうか。
「まあ、猫の手を借りるというのも憲兵団としてはどうか、ともいえるしな」
そういうと私の方を見るタスロエン。
「だが、屋根の上からの見張りや、あの攻撃は捨てがたいな」
「収穫祭は3日間ありますから、シイラさんに改めて相談してください」
「そうだな」
「みゃあ」
相談ならいつでも乗ってやる。
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