第71話 新たな洞窟 その1
朝食の後、いつものように白兎亭の中庭に移動すると、見慣れない光景にちょっと驚く。
建物の壁際に大勢の人間が横になったり座ったりしている。布にくるまっていたり大きな荷物にもたれかかっているやつもいる。どうやらここで夜を過ごしたようだ。10人以上はいる。
「大部屋が満杯だってことで、アリナさんが中庭での宿泊を許可したんだと。1泊3シルバだそうだ」
カウエンがいう。そこら中にいる人間を眺めていた私に気づいたようだ。
「大部屋の1泊4シルバとあまり変わらないな」
「ああ。大部屋の4シルバは朝飯代込みなんだが、だれが大部屋か中庭かの区別がつかないってことで、朝飯代も含めて3シルバにしたんだと」
そういうと肩をすくめるカウエン。
まあ、アリナさんらしいといえばらしい。彼女はお金が好きな人間だ。
「それはそうと、どうしてこんなに人間が多いのだ?」
「ん? ダンジョンで見つかった例の新しい洞窟だ、おまえもかかわってると聞いたが」
カイに協力して調べた洞窟のことか。
「で、それが明後日だったかな、公開されるってことで、この街に大挙して剣士やら魔法使いやらが押しかけてきているってわけだ。こんなに人が多いのは収穫祭なみだ」
最近、1日のほとんどをギルド本部の地下にある資料保管室で過ごしているのだが、確かに最近本部に人間が多いような気はしていた。そんなことになっていたのか。
「収穫祭でも中庭で人間が寝るのか?」
「いや。収穫祭に来るのは剣士とかじゃなくて一般人だからな。そういったやつらはここみたいな安宿には泊まらねえな」
カウエンはそういうと木を火の中に押し込む。夏に火を焚く仕事は大変だ。
「まあ、そんなわけで最近は洞窟の話で持ち切りだ。でかくて深い縦穴もあるって話じゃねえか」
確かに大きくて深い穴だったな。その後、だれか下に降りたのだろうか。最近は白兎亭にいる時間が少ないので、そのあたりの話が全く分からない。今日は食堂のあたりで過ごしてみるか。
ということで、中庭での剣術の練習の後、しばらく食堂にいることにする。日の当たらない窓辺に寝そべる。
さっそく洞窟に関する会話が聞こえてきた。
「お前も例の洞窟目当てか?」
「ああ。ちょっと来るのが遅かったんで、ここの中庭で寝てるんだ」
「街の広場で寝てるやつも大勢いるから、それよりはましかもな」
「まあな」
広場で寝ている奴もいるのか。確かに広場に人が多いような気はしていたが。
「例の縦穴の件、何か聞いてるか?」
「ああ。昨日から始まった説明会に行って来た」
「どうだった? 俺は今日行くんだが」
「測量はまだ全部は終わっていないそうだが、長さでいうと9層、10層並みだそうだ」
「それはすげえな」
ダンジョンでは9層、10層、12層が長いのだったな。そんなのがもう一つ見つかったということか。
「斜面も多くてけっこう下ってるそうだ。深さでいうと新たに8層から13層が見つかったって感じらしい」
「広いな」
「期待できるな」
「規模がでかいってことで、8層にキャンプができるんだと」
「8層にそんな広いところあったか?」
「3層や5層に比べると小規模だが、平らなところはあるんだ」
集まったやつらがキャンプについてあれこれ話している。
「で、どんなのがいるんだ?」
「例の縦穴はどんな感じなんだ?」
「でかいトカゲがいるってのは聞いたが」
私がとどめを刺したやつだな。確かに大きかった。
「トカゲは巨大なのと小さいのがうじゃうじゃしてるそうだ。他に巨大な蛇とか、後は狼みたいなのを見たって話もあるな。後、虫が多いってことだ。まあ、まだわかってないことが多いそうだが」
虫? この前行ったときはあまり見かけなかったな。
「で、縦穴はどうなんだ?」
「深さは200スタッド以上はあるらしい。ロープで降りるしかないそうなんだが」
「深いな...」
「確かに」
200スタッドか。この前8層で見つかった洞窟の長さが確か70スタッドといっていたか。あれを縦にして2つ、いや3つ並べた感じか。
「ロープかあ」
「そんな深さをロープで降りたことねえな」
「戻ってくるのも大変だな」
「縦穴には横穴もけっこうあるそうだ」
「それは興味深いが」
「俺は足場ができるまでは遠慮するわ」
「そうだな。洞窟だけでも十分長いし」
縦穴について周りの人間がいろいろ話している。あんな大きな縦穴は他のダンジョンにもないそうで誰もが興味を持っているようだが、ロープで降りるというところに躊躇している感じか。
「お、猫、珍しいな、この時間に食堂にいるのは」
見るとギースがコップを手に立っている。
「みゃあ」
遅い朝食だな。
「例の新しい洞窟とか縦穴、お前もカイと一緒に調査に行ってたそうじゃないか」
「みゃあ」
そうだな
「俺も昨日説明会に行ってきたんだ。収穫祭に向けて金を稼いでおこうと思ってな」
そういうとテーブルにコップを置き椅子に座る。
収穫祭は金が必要なのか?
「ただ、見ての通り洞窟目当てのやつらが多すぎてな」
「みゃあ」
確かにな。この時間でも食堂には人が多い。
「まあ、狙いどころは縦穴なんだ。挑戦するやつが少ないからな」
そんな感じだな。
「洞窟だけでも8層から13層、つまり6層も見つかってるから、後回しにするってのもわかる。危険だしな」
「みゃあ」
そうだろうな。
「危険な挑戦ってのは俺らしくはないんだが...」
ギースは何年もここの大部屋に住んでいて、宿泊費もたいていはここで掃除とかしながら稼いでいるくらいだからな。
「あれ? 猫に話してる変な人がいますね」
この声はベルナか。以前ベルナが私に謝っているときにギースにいわれたいい方だな。
「魔法力はついたか?」
ギースがベルナの方を見る。今も時々食堂で働いており、今は床の掃除をしているようだ。
「おかげさまで、ようやく人並みになったかなって感じです」
「そうか。まあ、俺のおかげだよな」
「そうですね。その節はお世話になりました」
ギースの提案で、魔法力をつけるためにダンジョンにいったり他の魔法使いに教えてもらったりしたのだったな。
「それで、シイラちゃんと何を話してたんですか?」
「例の洞窟の件だ」
「最近もちきりですよね、その話題で」
「ああ。で、その縦穴に挑戦してみようかと思ってな」
「え? すごく深いって聞きましたけど」
「まあな。降りるやつはまだ少なそうだし、稼ぐならそっちかと思うわけだ」
「ギースさんにしては珍しいですね」
「ふつうならそんな挑戦はしないんだが、収穫祭に向けてちょっとまとまった金が必要でな」
「何か買うんですか?」
「いや、収穫祭に妹夫婦が来るらしいんだわ。まあ、いちおう兄貴としては飯くらいおごってやらねえとな」
ギースには妹がいるのか。妹といえば、ライゼルにいるリスタの妹も来るっていっていたな。
「へー」
「で、まあ何人か仲間集めてみようとしているわけだ」
「そうなんですね」
「仲間を集めるのはこれからだが、お前らもよかったら一緒にこないか?」
ギースが私とベルナの方を見る。
「私は、そうですね。縦穴を降りるのはちょっと無理かもです」
ベルナは断るようだ。
「みゃあ」
そうだな。まあ、ダンジョンは涼しいし、行ってもいい。
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