第15話 泥棒騒ぎ
いつものように教会の最初の鐘が聞こえてくるまでネズミを狩る。以前はこの後窓辺に座り通りを眺めていたのだが、人間に変身できるようになった今は、朝食の後リスタの作業場にいって人間に変身している。
ちなみに朝食は猫の形態でとっている。人間用の朝食はここの宿代を払っていないと出ないのだ。ただ、食事自体は同じものに見える。宿泊者用の朝食は前夜の残り物だそうだが、私の朝食も見たところ同じだ。つまりこの宿の人間は猫と同じものを食べているということになる。
今はリスタが作ってくれた新たな服を着ている。人形用の服はスカートが大きくて動き回るのには邪魔なのだ。ベルナは私に人形用の服を着せたがっているが。そんなに好きなら自分の服装も人形のような感じのものにすればよいのにな。
新たに作ってもらった服だが、これは活動的な人間の女の子供が着ているような形のものだ。下半身の服は両足を通す形で男のような感じで、上半身の服は両腕を通して前でボタンを留める形式のものだが、腰のあたりがちょっと細くなっていてそこから下がちょっとスカートのような感じで広がっている。膝と腰の中間あたりまでの長さがあり、短いスカートのように見えなくもない。このあたりの形が女の子向けなのだろう。人間の男の子供の上半身の服はこんな形をしていない。
女の子向けの形をした服ということもあり、ベルナの評判は悪くはない。人形用の服には劣るが、これはこれでかわいいのだそうだ。まあ、ベルナは私が何を着てもかわいいというが。あ、そうだ、唯一ベルナがかわいいといわなかった服があった。ダンジョンからリスタが戻ってくるまでの間にベルナが作った「服」だ。あれは袋に頭と両腕を出す穴をあけただけのものだった。
この動きやすい服のおかげで人間の形態での運動能力の把握も進んだ。四本足と二本足、二本腕では勝手が違うが、結構慣れてきた。
猫に変身してみろという住民のうるさい声を無視して中庭に向かう。中庭では、積みあげられた薪の束、中庭に面した建物や木に登ったりしている。人間の前足、いや手というのだったな、は、爪を出せないところが一番慣れないところで、掴む、という動作の練習をしている。あと、人間の指は爪を伸ばせず武器がない状態なので、作ってもらった剣はこの服装の時にも腰につけるようにしている。
そんな感じで中庭で走ったり飛んだりしていると、朝食を終えた宿泊者が何人か中庭にやってきた。ここには長椅子とかテーブルも置いてあって、住民がよく集まって雑談している。集まるといえば、中庭では小動物や木にとまっている鳥もよく見かける。
「数が合わないんだよ」
「盗まれたっていうのか?」
「ああ」
「小銭だろ?」
「貧乏冒険者には貴重なものだ」
「どこに置いてたんだよ」
「ベッドの枕元の引き出しだ」
「鍵かけてなかったのかよ」
「まあ小銭だし」
「なんだよ、貴重なわりに扱いが雑じゃねえか」
「たまたまそこに置いてたんだ。それに俺だけじゃない」
「確かに何人か小銭を盗まれたとか騒いでいるのを聞いたことがあるな」
盗むというのは、他人の持ち物を勝手に持っていくことをいうようだ。猫には持ち物などなかったが、今は服とか剣とか防具とかいろいろなものを持っている。これを誰かに勝手に持っていかれるということか。それは困る。
「ん? あれはなんだ?」
男が指さす方を見る。白兎亭の二階の屋根に何かがぶら下がっている。見たことのない動物だ。人間のような形をしているが服は着ておらず全身に毛が生えている。
「猿じゃねえか。街ではあまり見ないが」
「その猿に盗まれたんじゃないのか?」
「ははは」
「猿が小銭を盗むかよ」
猿が中庭の人間に気づいたようで人間の方を見ている。
突然、猿が何か小さなものを人間の方に投げる。一瞬朝日が反射してキラッと光り、人間がいるあたりの地面に落下する。
「あ、やっぱりこの猿が盗んだんだ!」
「ふざけやがって」
男たちが立ち上がり猿の方に向かう。地面に落ちているのはお金のようだ。
人間が近づいてきたことに気づいた猿が突然飛び降り、中庭を駆け抜けて白兎亭に入っていく。
「あ、中に入りやがった!」
「くそ!」
男たちが追いかける。建物の中から悲鳴が聞こえてくる。
この猿とやらは動きがかなり速い。あの速さでは人間は太刀打ちできないだろう。だが、私なら何とかなるかもしれない。少なくとも猫の形態なら間違いなく追いつける。だが、この悲鳴やら叫び声やら何かが倒れたりしている音の状況からすると、今から猫に変身のために服を脱ぎに部屋に戻ってる暇はない。それに、人間の形態での運動能力を試すにはちょうど良い機会ではないか。
そんなことを考えていると、二階の窓から顔を出している猿が見えた。
あの窓ならいける。壁に向かって駆けながら飛び上がる。突起を掴んで体を引き上げ、続けて足をかけてさらに上に跳躍すると二階の窓に到達。私が迫ってくるのを見た猿は室内に逃げる。
見ると、猿が大部屋に逃げ込む。男たちの叫び声が聞こえる。私も大部屋に飛び込む。二段ベッドをあちこち飛び回りながら逃げ回る猿を追いかける。速さは負けていない。が、この猿は剣で切ってもいいものなのだろうか。追いかけている人間は誰も剣を持っていない。
そんなことを考えながら追いかけていると、猿は大部屋を飛び出し廊下を突き進む。今度は女用の大部屋に入っていく。部屋からはすさまじい悲鳴が聞こえてくる。追いかけていた男たちは、女部屋ということで入口付近で立ち止まる。
「おい、猿が逃げ込んだぞ!」
「うわあ」
「きゃー」
「ちょっと」
「猿!」
私は躊躇なく飛び込む。
猿は走り回りながらいろいろな小物を蹴散らし、投げつけたりしながら大暴れだ。
まずはこの部屋から追い出さないと。
猿が部屋の奥にある二段ベッドの上に飛び上がり、枕元の引き出しを開け中のものを外にぶちまけている。立ち止まっている今がチャンスだ。私は猿の向いのベッドに登り、剣を抜いて猿がいるベッドに飛ぶ。
私に気づいた猿がベッドを飛び降り、部屋の入口に向かって駆けだす。取りあえず目的は達した。
廊下に出ると騒ぎを聞いた住民が集まってきているが、その中を猿が駆け抜ける。中には剣を持っている人間もいるが、人が多く狭いので猿に切りつけることができないようだ。
猿は食堂に逃げ込む。
「扉を閉めろ!」
「逃がすな」
住民が10人くらいで猿を食堂の角に追い詰めようとしている。食堂につながる扉はすべて閉じられ、猿はもう外には逃げられないはずだ。食事をしていたやつらは慌てて食べかけの食事を持って移動している。
人間が多いので私の出番はもうないかもしれないなと思い、窓際に移動し様子を見ることにする。
通りを歩いている住民も騒ぎに気づいたようで何人か窓から中をのぞき込んでいる。
「バトラ!」
通りから何かを呼ぶ声が聞こえたので振り返る。見ると、窓をのぞいている人間の一人が猿の方を見ながら叫んでいるようだ。猿を追い詰めている人間たちは気づいていない。
「バトラ!」
再度この男が叫ぶ。猿がこっちを向く。どうやらこれは猿の名前のようだ。ということは、この男は猿の仲間ということか。宿の受付の方にまわり扉を開けて外に出る。その男は窓をのぞき込んだままだ。すぐ近くで様子をうかがう。
すると、突然食堂の中から猿が飛び出してくる。窓は粉々だ。通りに出た猿はそのまま逃げるのかと思ったが、名前を呼んでいた男に飛びついた思うと男の肩に乗る。男が駆け出す。逃げるようだ。食堂から男たちが飛び出してきた。
逃がすか。
持っていた剣を男に向かって振り下ろす。剣を使って攻撃するのはこれが初めてで距離感がつかめていなかったのだが、そのおかげというかちょうど男の腰のベルトを切断したようで、下半身用の服が下にずり落ち男は走ることができずにこけてしまう。猿はすぐに通りの反対側の建物の屋根まで駆け上がったが、この男は食堂から出てきた住民の一団に取り押さえられる。
「この野郎!」
「お前が飼い主か」
「猿に金盗ませたのか」
「金返しやがれ」
捕まったこの男は、衛兵に引っ張って行かれた。
「猫人間、よくやった!」
「たいしたもんだ」
私は褒められた。
後から聞いた話では、この男は以前白兎亭に住んでいたことがあるようで、白兎亭では小銭とか食べ物を盗ませていたとのことだ。
捕まった男が持っていたお金は回収し、ギルド登録もしていたそうなので、この男の口座を差し押さえとやらをやったそうだ。アリナさんが壊された宿の修理代にしたらしいが、口座のお金だけでは足りなかったようで、今後のこの男の稼ぎから一定額を白兎亭の口座に振り替えることをこの男に同意させたそうだ。なかなか容赦ない。
で、私はこいつを捕まえた功労者ということで、お金をもらった。額は20シルバだが、初めて手にする自分のお金だ。この前の報酬はギルドの口座に入っているので、お金としてもらうのはこれが初めてだ。このお金は服と一緒にリスタに預かってもらっている。お金は使ったことがないので、そのうち買い物にでも行ってみるか。
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