第43話 見習い魔法使いの悩み その3

ダンジョン2日目。朝から7層に向かう。

5層のキャンプを出て6層を通過。6層は斜面が急で梯子で降りるようなところもあるが短いので、すぐに7層に入る。7層に入ってちょっと進むとこのダンジョン唯一の坑道の交差点がある。交差点では昨日とは反対側、左に曲がる。この7層にある坑道の交差点は、まっすぐ行けば8層だが、左右はどちらに行っても袋小路になっている。左は右よりも坑道が広く、さらに長くて分岐も多く魔物もたくさんいるそうだ。


交差点を左に曲がってすぐ大サソリの群れに出くわしたが、エドガルが焼き払い先に進む。さらにちょっと進んだあたりで、先行している他のパーティーと思われる人間達の悲鳴が聞こえてくる。大物に襲われているのだろうか。


坑道は広くて横穴も多い。それに横穴も以前2層や測量士の警備で行った10層で見たものよりも大きいものが多い。人間でもしゃがめば入れそうだ。覗き込むと、ムカデやトカゲ、ネズミ、コウモリ、見たことのない小動物、それと大きめの虫が這いずり回っているのが見える。これでは人間は入っていかないだろうな。人間では狭くて戦えない。


「なんか多いですね。トカゲとか虫とか」

ベルナがあたりを見回しながらいう。

「ああ、このあたりはこういった小さいのが多いんだが、こいつらを獲物にする大型の魔物も多いんだ」

ギースが剣で横穴の方を指す。

「なので、こういった小さいやつらはむやみに焼き払うのは禁止されている」

「そうでしたね。襲われた時以外は原則禁止ですね」

これはエドガル。

そうなのか。以前、測量士の警備をした時、コルレアは虫の大群を一気に焼き払ったことがあったが、あれは襲われていたのか。虫が単に飛び回っているだけかと思ったのだが。


それにしても、小さいのがあたりを走り回るのは目障りだ。

「目の前を小さいのが走ると、飛びかかりたくなってしまうのだが」

と正直な気持ちをしゃべってみる。人間の姿でも猫の習慣はなくならないのだ。


「やっぱり猫だな」

ギースがいう。まあその通りだ。

「退治しても構いませんよ。剣なら大量に倒すことはできませんから」

エドガルがそういうならそうさせてもらおう。昨日は大して狩りができなかった。ネズミみたいなのがいるのでそいつらを相手にする。


今回の目的はベルナに大物のとどめを刺させて経験値を獲得してもらうことなので、ギースらは小物は相手にせず先に進む。その一行の先頭で私が走り回って小さいやつらを倒している。明かりはエドガルの杖だけだが、少しの明かりがあれば暗いところも見えるので問題はない。


この坑道は冒険者の目的地になることも多いらしく奥の方から叫び声が聞こえてくるが、その音が大きくなってきた。

「さて、そろそろ大物に出くわすところだ」

ギースが剣で前方を指す。

「先行したパーティーの声も大きくなってきましたね」

そういうとハルトは剣を構える。

「ベルナさんはとどめの一撃ですからね」

エドガルがベルナの方を見る。

「は、はい」

「そうだな。とりあえずは後ろ方にいろ」

ギースがベルナに指示する。

「猫、こいつを守ってやれ」

「わかった」

ベルナは火炎魔法を一度しか使えないからな。


前方の叫び声が大きくなってきた。叫び声というか、これはもはや悲鳴ではないのか。前方から風も吹いてきたような気がする。

立ち止まる一行。ギースとハルトは剣を構える。エドガルも杖をちょっと前方に向ける。ベルナは杖にしがみつくような感じでハルトらの後ろにいる。私はベルナの後ろ。


前方で明かりがちらついている。前にいるパーティーの明かりだろう。こっちに近づいてきているようだ。叫び声と悲鳴も大きくなってきた。

「ちょっと端によった方がよさそうだ」

ギースのことばに一行は端に移動する。


「お前ら、逃げろ!」

奥の方から3人の人間が叫びながら走ってくる。

何から逃げているのか説明するのかと思ったら、そのまま駆け抜けていく。見送るしかない。

「逃げろぉ!」

振り返ると、奥の方からさらに走ってくる人間がいる。今度は5人だ。一人は魔法使いらしく後ろの方に炎を放ちながら逃げてくる。この5人もそのまま走り去る。


「ぼくらも逃げたほうが...」

ハルトが心配そうにいいかけたところで、奥からトカゲが走ってくるのが見える。特別大きくはなく1匹だけか? こんなやつから逃げていたのだろうか。いや、さらに奥の方に何かいるようだ。


「なんだ、あのくらいなら僕が対処します!」

そういうとハルトが剣を構え坑道の真ん中にでる。

「おい、1匹じゃないぞ!」

ギースも気づいたようだが、飛び出したハルトはすでにトカゲに剣を突き刺している。走ってきた勢いでそのまま剣に突き刺さった感じだ。ハルトは剣を引き抜き、のたうち回っているトカゲにとどめを刺し、ギースの方を見る。

「え?」

あらためて奥の方を見る。エドガルも奥の方を杖の明かりで照らす。

ハルトが倒したのと同じくらいのトカゲもこっちに向かってきているが、その後ろにいるのはなんだ?


「やべえ!」

「ええ!」

「これは」

「ハルト! こっち!」

坑道の真ん中にいるハルトに呼びかけるギース。

ハルトも慌てて壁際に移動する。


突進してくるのはトカゲのようだが、はるかに巨大だ。頭の高さが人間の身長よりも高い。小さいのも何匹か一緒だ。

巨大なトカゲは勢いをゆるめることなく前を通り過ぎていく、と思ったが足の動きが止まる。勢いがついているので足が地面を滑っていく。停止した巨大トカゲは振り返ると、ハルトが仕留めたトカゲの方を見ている。まだ我々の方は見ていないが、すぐに気づくだろう。小さいやつらはそのまま走っていく。ハルトが倒したのと同じくらいの大きさだが、そいつらも巨大なトカゲに追われていたのだろうか。


「や、やばいな」

ギースがつぶやく。

「ぼ、ぼくがいけなかったのでしょうか」

倒したトカゲの方をみるハルト。

「今更どうしようもないですね」

エドガルもちょっと緊張しているようだ。彼の魔法で対処できないと厄介なことになりそうだが。

「か、火炎魔法使った方がいいでしょうか!」

ベルナは杖にしがみつくようにしている。

「まだ早え!」

ギースがこたえる。

確かに、目的はベルナにとどめを刺させることだからな。ただ、そんな余裕があるかどうかだが。


「奥に逃げますか?」

ハルトが奥の方を指す。

「いや、こいつの走りを見ただろ。逃げきれねえ」

確かに。

「魔法で何とかできそうか?」

ギースがエドガルの方を見る。

「これだけ大きいと一発では無理そうですね」

巨大トカゲはこっちを見ている。長い舌が時々口から伸びてくる。

「下手に攻撃すると暴れまわりそうですね」

ハルトはそういうと剣を構えなおす。


巨大トカゲがこっちに一歩近づいてくる。

「ど、どうします?」

ハルトがトカゲの方を見つめたちょっと大きな声を出す。剣がちょっと震えている。

確かにどうしたものか。これだけ大きいと私ではどうしようもない。大きさでいうとハルトやギースにとっても大きすぎて近づくのも難しいのではないか。


巨大トカゲはさらに一歩こちらに近づき、ハルトが倒したトカゲに食らいつく。口を上にあげ一飲みしたようだ。


「どうやら違う種類のトカゲのようだな」

ギースがつぶやく。確かに小さいのと巨大なのでは色とかしっぽの形状が違ったような気がする。

「弱点は腹だが、こいつをひっくり返すのは困難だ。追い払うしかねえか」

ギースがいう。確かに、顔のあたりは高い位置にあるので首のあたりは見えているが、腹は地面にほぼくっついている。

「そうですね」

そういうとエドガルは巨大トカゲに向かって炎を出す。トカゲを燃やそうというものではなく、顔の前に大きな炎の塊を出して脅しているような感じだ。


トカゲはちょっとひるんだような感じで一歩下がるが、まだこっちを見ている。

「よし、やっぱり火は苦手なようだ」

ギースがいう。

「その調子で追い払いましょう」

ハルトがそういい終わるのと同時に、巨大トカゲがこっちに向かって突進してくる。


「うわっ!」

「まずいっ!」

エドガルが慌てて炎を出す。今度の炎は巨大トカゲの頭に向かって一直線に向かっていく。

巨大トカゲの頭部のあたりが炎に包まれるが、突進の勢いは止まらずこっちに進んでくる。そのまま壁に激突。幸いみんなそれぞれ逃げ押しつぶされることはなかったが、炎を消そうとトカゲが暴れまわるので油断できない。弱点だという腹は時々見えるが、暴れる巨大トカゲに近づくのは簡単ではない。


ギースやハルトも逃げるのが精いっぱいだ。エドガルは胴体の方にも炎を放ち全身を燃え上がらせようとしているようだが、暴れ方がすさまじい。坑道を戻るか先に進めばこの場を逃れられるがそれも難しい。振り回されるしっぽが坑道の壁を打つので動きが取れない。今は二手に分かれてちょっとしたくぼみに隠れているという状況だ。いや、二手ではない。私はギースと同じところに、ハルトはエドガルと一緒にいるが、ベルナが見当たらない。


「ベルナはどこだ?」

私の身長では見えないだけかもしれない。


「ベルナ?」

ギースがあたりを見回す。

「坑道の方に逃げていればいいんだが」


「くそっ。おいっ、ハルト!」

ベルナを見つけられなかったギースがハルトに向かって大声で叫ぶ。


「は、はいっ!」

「ベルナはどこだ? なんで一緒にいないんだ!」

「え?」

ハルトがあたりを見回しながらくぼみから外に出たようだ。


「ここにいます!」

ベルナの声が聞こえる。どうも反対側の壁の方に行っているようだ。坑道を横切ったのか。

炎を放っていたエドガルが手を止める。ベルナのいるあたりはエドガルが炎を放っている方向と同じだからだろう。

攻撃を止めたのがまずかったのか、巨大トカゲはエドガルとは反対側に転がっていく。


「逃げろ!」

「ベルナさん!」

「くそっ!」

私はトカゲの燃えていない胴体に向けて跳躍、剣を振るうが全く歯が立たない。暴れる胴体から振り払われそうになるので、体を蹴って反対側に飛び降りる。ギースらはトカゲの気を引こうと胴体や足に剣をふるおうとしているが、近づけないようだ。


「あっ!」

「逃げろー」

まずい。巨大トカゲが大きく口を開けてベルナに襲いかかる。

地面を向いていたトカゲの口が上を向く。のどのあたりを何かが通過していく。

まさか、食われたのか?


「ベルナさんっ!」

ハルトが叫ぶと頭の方に走っていく。ギースとエドガルも続く。


その時、一瞬巨大トカゲの動きが止まったかと思うと頭のあたりから炎が噴き出す。動きの止まったトカゲの頭が地面に落ちる。

「え?」

「これは...」

「ベルナさん!」

ハルトがトカゲの口をこじ開けようとしている。ギースとエドガルも手伝い、上あごを肩に担ぐようにして持ち上げる。


「ベルナさん!」

ハルトが口の中をのぞき込み呼びかける。


「は、はい、なんとか」

ベルナの声が聞こえる。口の奥、のどのあたりをこっちに向かって這ってくるベルナが見える。


「まあ、途中経過はさておき計画通りだな」

これはギース。

「結果的には」

エドガルも同意する。


この後、今日の目的は果たしたということで、引き返すことにした。

結晶はもっと奥にあるそうだが、みんな疲れ果てていて結晶はもういいだろうということになった。

帰り道はベルナが杖で明かりを灯した。火炎魔法を使った後で照らせるということは、ベルナの魔法力も少しは向上したということなのだろう。


さて、ベルナの魔法力はまだまだ足りないそうなので、今回と同じようなパーティーを組んでまたダンジョンに行くそうだ。ギースは今回だけということだったので、次からはハルトとベルナでパーティーに参加するメンバーを探すそうだ。私も誘われたら参加してやってもいい。


そして、ベルナは魔法使いがやっている塾とやらに通うことにしたそうだ。授業料は白兎亭で働いて稼ぐ。

いつものように食堂の窓辺で寝転がっていると、騒がしい音が聞こえてきた。食堂の昼食の時間だ。客がやってきたのだろう。


「白兎亭へようこそ! 何名様ですか?」

ベルナの声が聞こえたので食堂の入口のところを見る。なるほど、食堂で働くことにしたのか。

いつもの黒っぽい服だが、体の前に白い布をつけている。食堂で働いている人間が付けているのと同じやつか。それと、いつも持っている杖は背中に斜めに取り付けているようだ。杖は常に持っていないといけないといってからな。

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