第59話 例の男 その4
昨日の火事の件でレブランらも忙しいそうだ。3人が集まれるようになるまで、私はギルド本部の屋根の上に登りフクロウがいないか見張りつつ、日陰で寝そべって過ごすことにした。街を囲む壁の向こう側を飛ぶ大きな鳥は何羽か見たが、遠くてフクロウかどうかはわからなかった。森にいるのかもしれないので、明日は街を囲む壁の上で見張ることにするか。
しばらくして本部の建物に入り、会議室が並ぶ廊下の窓辺でひと眠りする。レブランが迎えに来たので会議室に向かう。日が傾いていてもうすぐ夕方だ。レブランはずいぶん疲れているように見える。
「ゾルタンさんの様子はどうですか?」
イルマがレブランに質問する。瓦版を作ったという男のことだな。
「足首を痛めたのと、手や腕にやけどを負ってますが、幸いそれほどひどくはないようです」
二階の窓から飛び降りたのだったな。私ならなんでもない高さだが、人間には高すぎるようだ。
「後、瓦版の原稿の方もまだ始めたばかりですから問題ないんですが、大家から解約されてしまったのと、燃えた部屋の損害賠償でちょっと大変なことになってます」
「被害者なのに?」
イルマが驚く。
「憲兵本部が捜査してるようなのですが...」
カレンスがつぶやく。憲兵本部はあてにならないということか。
「放火には憲兵本部が関わってるでしょうからあてにならないですね」
レブランが腕を組む。
「ただ、いいこともあるんですよ」
レブランが話を続ける。
「瓦版は話題になってましたし、その後の放火騒ぎですから、瓦版の信ぴょう性が上がったと噂になってます」
「なるほど、それはいいですね。次の瓦版が売れそうです」
イルマがちょっとうれしそうだ。
「憲兵本部の様子は何かわかりましたか?」
レブランがイルマの方を見る。
「はい、知り合いによると大騒ぎのようですけど、関わってなさそうな人はある程度分かったようです」
関わっている人間を見つけたいのではないのだろうか。
「協力してくれそうな人も見つけましたよ」
カレンスがイルマに続けて説明する。これはよい知らせのようだ。
「今のところ、憲兵本部は公式には例の男について否定も肯定もしていないですね」
これはレブラン。
「はい。自殺したとされている男については調査するということですが、どうなるかです」
「中止させられるかもしれませんね」
カレンスが心配そうだ。
「ギルド本部の方も関係してなさそうな人は見つけました。協力してくれる人も見つけました」
これはレブラン。それはよかった。
「誰なんです?」
カレンスが質問する。この3人はギルド本部の若手なので、ボスの立場にある人間の協力が得られるとよいと聞いている。
「マテイ・ユーバさんです」
レブランが答える。二人はちょっと驚いたような表情だ。何者なんだろう。
「マテイさんって、あの掃除してるおじさん?」
イルマがいう。白兎亭ではギースらが掃除しているが、それは宿泊費を稼ぐためだ。ギルド本部もそんな仕組みがあるのだろうか。
「確か、本部長室の副室長かなにかだったような」
これはカレンス。聞いたことのない言葉だ。
「副室長? それって確か...」
イルマが何か思い出したようだ。
「はい。ふつうは引退間際の閑職です。マテイさんは引退はまだ先ですが、どこの部門でもうまくいかなかったようで、何年か前から二人目の副室長です」
レブランが説明する。二人はとまどっているような感じだな。
「こういっては何ですが、マテイさんに協力してもらっても大したことはできないのでは」
カレンスがいう。つまり、マテイという人間はボスの役割にはならないということか。
「マテイさんはまじめでいい人ですよ。ちょっと仕事が遅いとか融通が利かないとかありますが」
「そうかもしれませんが... というか、そのあたりが副室長になった要因では」
これはカレンス。イルマもうなずいている。
「副室長にもある程度の権限があることと、融通が利かないという点がいいんですよ」
ほほ笑むレブラン。何か考えがあるようだ。
「それはそうと、心配なのは例の男ですが」
カレンスが話題を変える。
「自殺したという報告と、例の男とされる人物が調べられているそうです。あの男がどこに収監されているかまで瓦版に書いたのが良かったようですね」
これはイルマ。よくわからないが、場所を書くことがあの男にとってよいということか。
「はい。これは書くか悩んだそうですが、書かないと闇に葬られる可能性があるということで書くことにしたそうです」
レブランがいう。つまり、手紙を渡した男は違う名前にされているが、そんな名前の人間は実際にはいないので、殺されてもわからないということだろうか。
「囚人を裁判せずに殺そうとすることや偽名の囚人を収容することも、どちらも犯罪です」
説明を続けるレブラン。
「それはそうですが、それを抑え込める権限を持った奴らが相手ですよ」
カレンスは納得していないようだ。私も話がどこに向かっているのかよくわからない。
「抑え込むのも違法ですから正式な手続きとしてはできません。そこでマテイさんの出番なんです」
レブランがほほ笑む。
レブランによると、明日ギルド本部と憲兵本部のボス達が集まって会議が行われるのだという。普通こんな会議は行われないそうだが、マテイの権限で会議を招集することができるのだそうだ。とはいえ、両方のボスを集めた会議はそう簡単にできるものではないそうなのだが、副室長が規則に書いてある点をしつこく主張し開催できたそうだ。瓦版の内容、レブランらが話したこと、放火、について確認するのだという。
公式の会議なので、法律に書かれている通りに判断するそうだ。つまり、悪いことをしているやつらが捕まるということか。それはよかった。
夕方、レブランらと会議室で集まることになった。それまでは街を囲む壁の上に登りフクロウを探すことにした。
朝、久しぶりにフクロウを見かけた。街から森の方に飛んでいたので、やはり巣は森にあるような気がする。明日はフクロウが向かった森に入ってみるか。それにしても、フクロウとは最初にあの男のところに案内されてから一度も会っていない。いったい何なのだろうな。たまたま近くで見かけたから案内したというだけなのだろうか。
いったん白兎亭に戻り人間に変身しギルド本部に向かう。レブランが大きな布を用意しているので、猫のままで行って何か話す必要がある際にはそれが使えるのだが。
会議室に行くと3人が集まっていたが、なんか表情が暗い。
「会議がうまくいかなかったのか?」
と聞いてみる。
「例の男を殺そうとしたことや放火については、その関係者が逮捕されることになりました」
レブランが説明する。いい話に思えるが。
「悪いやつらが捕まったのは良いことではないのか?」
顔を見合わせる3人。
「逮捕されたのは下っ端だけなんです。もっと上の人間が関わっているはずなんですが、そのあたりは証拠がなくて」
これはカレンス。
「実行した下っ端が逮捕されて捜査は終了とのことです」
肩をすくめるイルマ。
「下っ端に指示した人間がいるのでは、とマテイさんが食い下がったようですが、証拠もありませんし相手にされなかったそうです」
レブランも肩をすくめる。
「手帳を見つければよいのか?」
あの男が引き受けた仕事について書いているということだったが。
「そうですね。何が書かれているかわかりませんが」
私の方を見るレブラン。
「彼に直接依頼した人間は下っ端だと思うんですよね。なので手帳が見つかってもまた下っ端を捕まえるだけかも」
カレンスはあまり手帳に期待していないようだ。
「まあ、そうかもしれませんが、何か役に立つとは思いますよ」
イルマは前向きだ。
「今日、久しぶりにフクロウを見かけた。朝、街から森に向かっていた」
「なるほど。朝なら狩りを終えて巣に戻っている可能性が高いですね」
レブランの表情がちょっと明るくなる。
「明後日は休みですから、私も森に探しに行きますよ」
「じゃあ、私も」
イルマも来るようだ。
「となると、私も行くしかないですね」
3人とも来るようだ。
「明日の朝、どのあたりに飛んでいくか確認しておく」
森は広いので、どのあたりに向かうかを確認しておかないと。
次の日、フクロウが同じ方向に飛んでいくことを確認した。
しばらく森の上を飛んだ後で降下し木の陰に隠れて見えなくなったので、あの辺りに巣があるのかもしれない。森は木があるだけで何の目印もないので、だいたいの距離から判断するしかないか。振り返って街の方を見る。フクロウが見えなくなったあたりは、街の方向だと教会の塔よりはちょっと遠いあたりか。森と街を交互に見ながら似たような距離の建物を探す。教会の向こうの煙突が近いように思う。
方向も確認しておかないと。ここは街から出る門から離れているので、場所を間違うと巣に到達できない。フクロウが見えなくなった方向を見て、そのあと真後ろを振り返る。正面にある建物で目立つのは、あの白い壁の建物か。教会のちょっと左の方だ。何の建物かわからないが、正面に見えるいくつかの建物の特徴をレブランに伝えれば、どのあたりかわかるだろう。
前の日に伝えておいた方がよいだろうと思い、夕方ギルド本部を訪ねレブランに巣があると思われるあたりを説明することにした。私の説明を元に地図で場所を調べ、明日向かう方向を確認した。
翌日の早朝。待ち合わせ場所の塀の門の前でレブランらと合流。
レブランによると、昨日セドネスからレブラン宛に通信があったそうだ。瓦版の件はライゼルにも伝わったようで、例の男が生きていること、男の手帳に興味があるらしい。男はライゼルでも仕事をしているらしく、手帳の内容が知りたいそうだ。
昨日確かめた方向に進む。木に登ることになるだろうから、猫の姿で来ている。
途中、久しぶりにポライムを見かけた。レブランらは特に武器は持っていないので、私が相手をしつつ先に進む。彼らは冒険者ではないので、普段剣は持ち歩かないのだ。森の中はせいぜいポライムが出る程度だし、人間が3人もいると動物が襲ってくることもないそうだ。
目的の方向に向かってしばらくは道を歩いたが、途中からは道のない方に進むことになった。高低があって人間には歩きにくそうだ。
道から外れてしばらく歩いたところで、後ろから誰かに呼び止められた。振り返ると3人の男がいる。こいつらは武器を持っている、というかすでに剣を抜いている。
「余計なことをしている連中がいるって話を聞いたんだが、お前らがそうか?」
真ん中の男がいう。残りの二人の男はにやにやしている。何がおかしいのだろう。
武器を持っているのを見て、レブランらは一か所に集まる。
「余計なこと?」
レブランが反応する。
「知られたくないことは誰にでもあるんでね」
男が剣をこちらに向けながらいう。
「なるほど。瓦版の内容は正しいってことか」
カレンスがいう。
「下っ端が逮捕されたでしょ? あんた達も使い捨てになるだけってわかってる?」
イルマも負けてない。
「金をもらったらこの街から出ていくんでな」
「そういうこと」
「こんな
男らが近づいてくる。
男らはレブラン達の方だけを見ている。
レブランらは武器を持ってないし、戦えるのは私だけか。
「おっと、そうだ。危険な猫がいるって聞いていたが、そいつがそうか?」
剣で私の方を指す男。気づいていたのか。
「おい、猫はお前が殺れ」
真ん中の男が左の男に向かっていう。
「え? い、いや、猫はちょっと...」
「はあ?」
「家で猫飼ってるもんで...」
「じゃあ、おまえ!」
もう一人の方を指す。
「俺も猫はちょっと...」
「なんだよ!」
なんかもめてるが、結論が出るまで待つこともない。
男らの後ろに素早く移動。3人の男の後ろから腰のあたりに連続して鋼鉄の爪を振り下ろす。
男らが気づいたころにはベルトは切断され、人間の下半身用の服がずり落ちる。これをやるのは何人目になったか。確か8人目か。
「うわっ」
「えっ?」
「くそっ!」
「今のうちです!」
レブランらが駆け出したので私も一緒に走る。
逃げるのはよいのだが、これからフクロウの巣を探して、みんなで手分けして森の中をうろつかないといけないのに、あんな奴らがベルトが切れただけであきらめるとは思えない。
「あ!」
「シイラさん?」
「え?」
やはりあいつらは倒すしかない。反転し、男らがいた方に向かう。
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