第19話 新人冒険者へのあいさつ
この新入り、カイ・メットブラムは、私が起こさなくても朝は自分で起きる。ハルトとは大違いだ。
行動を見ていると、朝食の後に中庭でしばらく剣を振っている。これは剣の練習なのか。様々な振り方や構え方があるようだ。参考にさせてもらおう。
教会の鐘は1日に6回鳴るが、2回目の鐘が鳴るまで剣の練習をした後、彼は白兎亭の仕事を開始する。薪を割って薪の束を5つ作り、釜焚きをしばらく続ける。3日目にはようやく釜焚きのコツをつかんだようだ。それから昼食の準備と後片付けを手伝う。厨房ではまだいろいろと怒られたりあきれられてはいるようだが、めげることなく続けている。
「あのカイなんとかって男、いいところのお坊ちゃんにしては下働きを嫌な顔せずにやってるよな」
「ああ。どっかの領主の三男らしい」
「金を盗まれたんだそうだ」
「なら金を送ってもらえばいいのにな」
「それか、この街のお偉方とかにも知り合いがいそうなもんだが」
「なんでも、親を頼らずに一人前の冒険者になるのが目的なんだそうだ」
「へー、いい心がけだ」
「ただ、常識知らずにもほどがあるがな」
「自分で洗濯したことなかったらしいし、ここみたいな宿や風呂も初めてらしい」
「それに野菜の名前は知っているが、どれがどれかわからないってのも多い」
「ああ、料理したものしか見たことないんだとよ」
「俺らのことを使用人か何かのような感じで話しかけてくるが、悪いやつじゃねえな」
「まあな。この前、思わず ”はい” って丁寧に返事しちまったよ」
「ははは、使用人根性が染みついてるな」
こんな会話を聞くと、まあカイはちょっと変わってはいるが、私の知らない常識が通じる世界からここにやってきたのだろう。勝手が違うところで頑張っているのは私と同じといえる。
さて、カイが私に剣術を教える時間があるのかどうか、あるならどの時間帯が理想なのか様子を見ている。彼は今はお金を貯めるために朝から晩まで働いているが、朝食の後にやっている剣の練習の時間帯、昼食の片付けが済んでから夕食の準備までは自由な時間のようなので、このあたりに人間の姿で彼の前に出てみるのがよさそうだ。
この新人が白兎亭に来て3日目。カイの前に人間の姿で出てみることにした。
朝食の後、リスタの作業場に移動し人間に変身し服を着る。剣士の服装だが、普段は金属の防具は不要、外に出かけないならマントも不要と聞いているので、まず下着をつけて上下の服を着る。さらに上半身に袖のない服を着て、腰の周りを覆う布を巻いて剣を取り付けたベルトを巻く。ブーツを履いて鏡の前に立つ。こんなものか。盾もあるが、今日のところはいらないだろう。
この格好で歩くと人間の男にはたいていからかわれる。子供が剣士のまねをしているかのように見えるためらしい。まあ、人間の男に気に入られるためにこの服を着ているわけではないし、どうでもいいのだが。
そいつらのからかう言葉を聞き流しつつ中庭に向かう。カイもちょうど剣を持って中庭に到着したところのようだ。人間の姿で会うのは初めてだから挨拶しておくか。
「おはよう」
「ん? ずいぶん小さな、あ、もしかして君は人間に変身した猫かな?」
説明する必要のないやつは結構好きだ。
「ああ。その通りだ」
「その姿は剣士だね」
防具を付けていなくても剣士に見えるということで安心した。
「なるほど、ここで私と一緒に剣の練習をしようということか」
私に剣術を教えたくなるのも時間の問題だ。
「まあそうだが、剣というのは猫にはなじみがないのでよくわからないのだ」
ひと押ししてみる。
「それでは、まずは私と同じようにしてみるのがいいかもしれない」
そういうとカイが剣を抜いて構える。私もその姿勢のまねをしてみる。
中庭に来ていた白兎亭の住民も私がいることに気づいたようだ。
「おい、猫人間が剣士の格好してるぞ」
「ほんとだ」
「猫ちゃん、あぶないでちゅよー」
「ははは」
いわせておくさ。
「基本動作は私と同じでいいと思うが、体の大きさが違うと戦い方も変わるから、実用面では工夫が必要だろうな」
カイも周りのやじは気にしていないようだ。
「私も、相手が剣を持っている人間の場合と魔物や動物の場合では戦い方が違う。相手の大きさや持ってる武器によってもね」
そういうとカイは剣を構えると、素早く剣を振り下ろす。
「鋭い剣は弱い力でも切ったり突き刺すことはできるが、相手も防御するから力は強いほうが有利なんだ」
今度は剣を下から上に振り上げる。
「だから、君のように体が小さくて剣も小さい場合、仮に切ったり突き刺したりできたとしても、大した打撃を与えられないかもしれない」
「そうだろうな」
そこは私も懸念している。私が相手にできるのは、この前ダンジョンで相手にした大ムカデとか闇ネズミくらいなのだろうか。
「運動能力はどのくらいあるのかな? 単に小さい人間だと戦いはかなり困難というしかないが」
その場で跳び上がってみる。猫の時には体の高さの5倍程度までジャンプできる。猫は四本足で立つので体高は低いが、それでも大人の人間の胸の高さくらいまではジャンプできる。この前のダンジョンで経験値を得てこの跳躍力も強化され、今では人間の頭よりもずっと上の高さまで飛び上がることができる。
人間に変身した時のジャンプ力も猫のときと同じだ。つまり、人間の頭よりも高く飛び上がることができる。人間になった時の身長は、大人の人間の膝よりちょっと高い程度なので、自分の身長の3倍以上の高さまで跳躍できるのだ。たぶん、金属の防具を付けるとこうはいかないだろうが。
「おお、すごいな」
人間から見てもこの跳躍は驚きなのだろう。
「猫の時と同じ高さまで飛び上がれるのだ」
跳躍力について説明する。
「その跳躍力は武器になるが、滞空時間が長いのは弱点でもあるから、相手の武器が届く範囲では飛ばない方がよさそうだね」
そういう視点で考えないといけないということだな。
「なるほど。相手の攻撃を避ける時とか、隙をついて攻撃するときに使うのがよさそうだ」
「そうだな。ちょっと君に向いた戦い方を考えてみるよ。なんか面白そうだ」
私が思った通り、彼は私に剣術を教えることに興味を持ったようだ。
「ぜひお願いしたい。剣術は得意と聞いた」
「そういえば君の名前はなんというのかな?」
「シイラと呼ばれている」
「よろしく、シイラ。私は..」
「カイ・メットブラム、だったな」
カイが名乗りかけたが遮って彼の名前をいう。
ちょっと驚いた感じのカイ。
「ああそうか。受付のところにいたのだったな」
「それじゃあ、シイラ、よろしく」
カイが手を出してくるので私も手を出す。これは握手とかいうやつだ。
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