第74話 新たな洞窟 その4

「早く戻ってください!」

穴の向こうからエドガルの声が聞こえる。


緑色の小さい人間がいると報告したところ、この指示だ。特に危険なようには見えなかったが。

穴に入る際に振り返ると、私を見て驚いたのか立ち止まっている。それに他にもいる。背の高いやつもいるようだ。少なくとも4~5匹はいるが、奥の方で何か動いているような気もするので、もしかしたらもっといるのかもしれない。


「大丈夫ですか?」

エドガルが横穴から降りる私に手を貸してくれる。

「問題ない。4~5匹かそれ以上いるように見えた」


「なんと...」

僧侶の声が聞こえる。驚いた時には多少は声が大きくなるようだ。

騎士団の男を呼んで何か早口で話しているが小さくて聞こえない。


「その穴をふさいで撤退だ」

騎士団の男が指示すると、残りの騎士団の男が積み上げられた石の壁に向かう。


「穴は小せえし、一匹ずつ出てくる奴を倒せばいいだろ」

ギースが指摘する。

確かに。ここで待っていればよさそうに思うが。


聖職者やら騎士団のやつらはギースのことばに反応しない。


「ふさいでも無駄だろ」

ギースが不満そうにつぶやく。

「そうですね。穴をあけたのがゴブリンなら、石を押し込んだくらいでは簡単に撤去されるでしょうね」

エドガルも同意する。

「しかも穴の手前に石を押し込んでるだけじゃねえかよ」

何をいっても無駄だと思うが、ギースはなにかいわないと気が済まないようだ。

ただギースのいうことはもっともだ。この狭い横穴は私の体の5倍以上の長さがあったので人間の腕で押し込めるのはほんの手前だけだ。


穴に石を押し込んでいた男の手が止まる。

もう終わりなのだろうかと思って見ていると、男の手は止まっているのに石をたたくような音が聞こえてくる。

周りの人間も動きを止めて聞き耳を立てる。石をたたくというよりは、石を転がしているような音か。


「もしかして、向こう側からこの壁を崩してます?」

これはエドガル。確かにそんな感じの音だ。ちょっと遠くから聞こえるし。


僧侶の方を見ると、騎士団の男に何か話している。


「撤退する」

騎士団の男がそういうと、3人の僧侶を間に挟んで5人の騎士団が元来た方向に戻り始める。


「おいおい、どうすんだよ」

ギースが石が積まれた壁を指さしながら追いかける。

ギルド本部の女も早足で騎士団の男を追いかけながら、ゴブリンをどうするつもりなのかを聞いているが何も返事はないようだ。ほんとにどうするつもりなのだろう。


縦穴を縄梯子で登る際も、騎士団の男が2人先に登り、僧侶ひとりひとりの腰に縄を結びつけて上から引っ張り上げるのだが、時間がかかるので、先に登らせてもらった。

僧侶3人を引っ張り上げると、騎士団の男が二人剣を抜いて、縦穴の周りに作られた手すりに結ばれている紐や縄梯子や切断し始める。

「なんだよ、せっかく足場を作ったのに」

不満そうなギース。


「ここはすべて閉鎖だ」

騎士団の男はそういうと僧侶らとともに帰ろうとしたので、ギルド本部の女が立ちはだかる。

「ちょっと待ってください! 閉鎖? さっきの横穴を、ですか?」

何の説明もない僧侶らにさすがに我慢の限界のようだ。


「いや、この洞窟も含め、新たなに見つかったところすべてだ」

腕を大きく回して洞窟中を指で指し示しながら騎士団の男がこたえる。

「8層からここに来るまでに狭い穴を二つ通ったが、これらを完全に封鎖するのだ」

新たなダンジョンをすべて閉鎖するということか。


「はあ? このダンジョンにはもう100人以上、いや何100人も来てるんだぞ!」

ギースはそういうと洞窟の奥の方を指さす。

「その通りです。このダンジョンの閉鎖はできません。それにさっきの閉鎖された洞窟やゴブリンは何ですか? 何か知っているようですが」

女が追及する。

確かに。あのゴブリンのことを聞きたいし、あの塞がれた穴や僧侶らが洞窟のことを知っていたことについても話を聞きたい。


騎士団の男が僧侶に何か話している。僧侶らも何かしゃべっているようだ。

しばらく待っている間にあたりを見ると、ダンジョンに来ていたやつらがこっちの方を見ている。僧侶とか騎士団はこのあたりでは見かけないので目立つのだ。ゴブリンの件とかその調査のことは知られているので、この集団が何者なのかの想像はついているのだろう。興味を持った連中が遠巻きに集まってきている。


騎士団の男がギルド本部の女の正面に移動する。

「議論の余地はない。とにかく最短でダンジョンを閉鎖するのだ」

「はあ?」

ギースが即反応する。

「閉鎖?」

「ダンジョンを?」

「まさか」

周りにいるやつらも閉鎖という言葉に反応し、こっちに近づいてきた。

周りの人が増えてきたので、3人の僧侶を背に騎士団の男らが囲んでいる。


「閉鎖はそう簡単にはできません。とにかく説明してください。あの封鎖された洞窟、ゴブリンについて知っていることを」

ギルド本部の女が騎士団の男に詰め寄る。

男はしばらく女の方をにらむように見ていたが、突然振り返り僧侶の集団の方に移動する。この男は僧侶がしゃべることを伝えているだけか。


「この縦穴はすでに閉鎖されてて誰も入れないんだから問題ねえだろ。縄梯子も切ったしな」

ギースが僧侶裏の集団に向かっていう。

「その通りです」

女も同意する。


「騎士団の剣士様はゴブリンが怖えのか?」

ギースがそういうと、騎士団の男らが振り返る。にらんでいるようだ。

「おっと...」

ギースがちょっとたじろぐ。


僧侶を取り囲んだ騎士団が、ギルド本部の女を避けて再度移動し始める。

「待ってください!」

ギルド本部の女も慌てて付いていく。


騎士団の男が1人、一団から離れギルド本部の女の正面に出る。

「閉鎖できないというのならそれでよい。我が騎士団の援軍が来るまで持ちこたえるのだ」

驚いた顔の女。

「い、いったい何があるんですか? 持ちこたえるって。あのゴブリンは何なんですか!」

「その説明をしている時間はない」

「は?」

「最低限、ここにつながる狭い横穴を閉鎖するか、横穴の入口に警備団を配置するのだ」

そういうと、男はすでにこの洞窟に入る横穴に登る階段を上っている騎士団を追いかけていく。


「おい、あれはなんだ?」

声のする方を振り返ると、縦穴の手すりから下をのぞき込んでいる人間が穴の中を指さしている。

あたりにいた人間も穴をのぞき込む。

「ゴブリンじゃねえか」

「あれがそうか。初めて見たわ」

「ああ、俺もだ」

「ゴブリンってどこだっけ、どっか遠いところにいるんだよな」

「確か、マグダのダンジョンだ。馬でも5日以上かかるんじゃなかったか?」

「そんなのがなんでここに居るんだ?」

「マグダまでつながってるのか?」

「まさか」


縦穴を覗くと、さっき入っていった横穴の入口のところをうろついているゴブリンが見える。

姿は人間に似ている。二本足で立って腕も二本、肌は緑で耳と鼻が長く髪がない。

こっちの方を見上げることはなく、下の方を見ている。何か見えるのだろうか。


手に剣や斧のようなものを持っている奴も見える。縄梯子を切り落としていなかったら登ってきていたところだ。


「おい、こっちにもいるぞ!」

男が指さす方を見る。さっき入った穴の向かい側の下の方の横穴にもゴブリンがいるのが見える。他の穴もつながっていたのか。

「弓だ! こっち狙ってるぞ!」

「やべえ」

手すりからのぞき込んでいた人間が慌てて手すりから離れる。


縦穴の下から縄が飛んでくる。弓矢に縄を結びつけている。

一本飛んできたかと思うと、次々と飛んでくる。縄の先にはかぎづめのようなものが付いており、何本かは手すりに引っかかる。

「やべえ!」

のぞき込んでいたやつらが慌てて手すりから離れる。


「どいてください!」

エドガルがそういうと、あたりにいる人間をかき分けて手すりのところまで移動すると、火炎魔法を縄に向かって放つ。縄が燃え上がる。

「よし!」

「よくやった!」

手すりに再度人が集まる。


「あっ!」

今度は縄がついてない矢が飛んでくる。

人間が手すりから離れると、すかさず縄が付いた矢が飛んでくる。何本かは縦穴に駆けられた橋や手すりに引っかかる。

エドガルが再度縦穴に近づくが、穴をのぞき込もうとすると矢が飛んでくる。縄のついた矢があらゆる方向に次々と飛んでくる。矢は、さっきの横穴だけじゃないところからも飛んで来ているように見える。


「おい、やべえんじゃねえか?」

「縄を切るんだ!」

カイがそう叫ぶと、地面にはいつくばって手すりに近づき剣を延ばして縄を切ろうとする。が、さすがにその体勢では力が入らないのか簡単には切断ができない。


ここにいたのではやつらが今どんな状況なのかわからない。穴にかかる橋に登ってみるか。橋の上にていれば下からの矢は当たらないはずだ。


「おい!」

「シイラさん!」

橋の上に登った私に気づいたギースとエドガルが驚いたように声を上げる。


下を見ると、横穴から横穴に縄が何本も渡されていて橋ができている。さっき通った横穴の向い側の穴にもゴブリンがいる。縄の橋を渡ったのか、横穴が中でつながっているのか。


「縄で横穴をつなぐ橋ができている。その上にやつらがいる」

と報告する。

「おい猫! こっちに戻ってこい。エドガル、あの橋を焼き落とすんだ!」

「は、はい!」

なるほどそれはよさそうだ。


私が戻ると、エドガルが縦穴にかかる木でできた橋に向かって火炎魔法を放つ。大きな炎を上げ、橋が燃え上がる。橋にかかっていた縄は燃え下に落ちていく。ゴブリンらが騒ぐ声が聞こえてくる。


「よし!」

「よくやった!」


だが、下から飛んでくる縄付きの矢が止まらない。


「あの橋は頑丈に作られてますから、簡単には焼け落ちませんね」

エドガルがいう。

「やつらも焼け落ちる前になんとかしようとしてるな」


盾を持った男ら手すりのところでが矢を防ぎながら縄を切ろうとしているが、切断するよりも飛んでくる縄の方が多い。

「あ!」

「来るぞ!」

見ると、縄を伝って這い上ってくるゴブリンが見える。

射手が矢を放つが、ゴブリンは盾を背中に背負っていて跳ね返される。

「くそっ!」


手すりまで登ってきたゴブリンをカイが剣で突いて穴に落としているが、登ってくるゴブリンが多い。

周りにいた男の一部が逃げ始める。


「おい、これは逃げたほうがいい」

ギースがエドガルと私に呼びかける。

「確かに数が多そうですね...」

エドガルもちょっと心配そうだ。

「あいつらは武器も持っているし、数が多いとなると厄介だ」

と意見をいってみる。

「ああ。あの騎士団の男がいってたように、ここにつながる横穴で待ち伏せたほうがいい」

「そうですね」

エドガルも同意する。


「カイ、お前も逃げろ!」

ギースが呼びかける。

「いや、私はまだ大丈夫だ!」

振り返ることなくカイがこたえる。


「よし、そんじゃあこっちは先に行くぞ! ギルド本部のねえさんも!」

そういうと、ギースが横穴につながる階段に向かってギルド本部の女の背中を押して駆けだすので、エドガルと私も慌てて追いかける。


階段を上り横穴の入口のところで振り返ると、ゴブリンが次々を縦穴から這い上ってきているのが見える。

残っている剣士らが戦っているが、相手は小さいので一撃で吹き飛ばしているように見える。弱いのか。だが、やはり相手の数が多い。この調子で増えてくるとその内やられてしまうのではないか。


「カイさん! この横穴の向こう側で待ち伏せましょう!」

エドガルが叫ぶ。

「その方がよさそうだ!」

ゴブリン2匹を剣でなぎ倒したカイがこっち向かって移動を始める。今回の調査で一緒だった射手も一緒だ。


縦穴にかかっていた橋が崩れ落ちる。大きな炎が無くなったので、一瞬暗くなる。

これを合図に、縦穴の周りにいた連中も一斉にこっちに向かって走ってくる。


「おい、お前ら早く来い!」

横穴の奥からギースが叫ぶ声が聞こえる。


横穴に入るところで振り返ると、ゴブリンが次から次へと縦穴からあふれるように這い上がって来るのが見える。

これはやばいのでは。

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