第51話 自分の部屋
朝、いつものようにネズミ狩りを行う。
今日は裏口のごみ箱の裏にネズミは転がっていなかった。しばらくライゼルに行っていたので、もしかしたら死んだネズミが多数転がっているかもと思っていたのだが。ネズミの群れの争いはなくなったのだろうか。そういえば、あの白ネズミは最近見かけないな。別に会いたいというわけでもないしどうでもいいのだが。
そんなわけで、今朝は2匹狩ることにする。
台所で1匹、料理の材料を保管している倉庫の床下でもう1匹を捕まえた。狩ったネズミは中庭にいるカウエンのところに運ぶ。カウエンはちょうど火を焚きを始めたところだ。不愛想な大男だが、ネズミを持っていくと喜んでいるように見える。カウエンは私が運ぶネズミを中庭にやってくる大きな鳥に与えているのだ。
その鳥がやってきた。茶色のちょっと大きめの鳥だ。中庭の木の枝にとまりカウエンの方を見ている。
鳥に気づいたカウエンがネズミのしっぽをつまんで鳥の方に放り投げる。鳥は枝から飛び上がり足でネズミを捕まえる。そのまま飛んでいくのかと思ったら枝に戻る。枝の付け根のところにネズミを押し付けている。もう1匹もらえることを知っているようだ。
カウエンがもう1匹を放り投げると、再度枝から飛び立ちネズミを掴む。枝に戻ると最初のネズミと一緒に2匹を足で掴んで飛び立っていった。
「ライゼルに行ってたんだってな」
木を火の中に押し込んでからカウエンが私の方を見る。
「みゃあ」
そのとおりだ、と答える。誰かに聞いたのだろう。
「おまえがいない間は、とっておいた夕飯の肉をやってたんだ」
まあ、この男にネズミ狩りは無理だろう。
「2、3日なら問題ないが、あまり続くと来なくなるからな」
そういうと鳥が飛んでいった方を見る。
そういうものなのか。
「今度から2日以上いなくなる時は教えといてくれ」
「みゃあ」
そうする。
教会の最初の鐘が鳴る。白兎亭の住民も起きだすころだ。
私の朝食は白兎亭の朝食と同じ時間に用意される。食堂の中庭向きの扉が開き、男が私の食事が入った皿を壁側の棚、下から2段目に置く。手招きするのを待って食事に付く。
朝食の後は白兎亭の中を巡回。その後はリスタの作業場に行って人間に変身。服を着て剣を持ち、中庭で剣術の練習を行う。人間の剣士も朝食の後は中庭で剣の手入れや稽古をしているので、時々木刀で練習の相手をしてやっている。
今日も人間が振る木刀はすべてかわし、背中に回って腹の後ろのところに木刀を突き当てた。剣なら背中に刺さっているところだ。実際の戦いでは、剣を突き刺すと動きが止まってしまうので切りつける方がよい。私は体が小さいし剣も小さいから突き刺したところで大して効かない。攻撃力は低いが速さでは負けないから攻撃の数が私の取り柄だ。
さて、人間を3人倒したし練習はこのあたりにしておこう。後は猫に戻って食堂の窓際で寝そべって過ごすのだ。
リスタの部屋に戻るとリスタが大きな袋を部屋に持ち込んでいる。中には大量の服が入っているようだ。
「あ、シイラちゃん、ちょっと今散らかってるから着替えは後でいいかな。昼まで、は無理か、夕方までには何とかするから」
私の服や鎧、人形が並んでいたあたりにも服が大量に積み重ねられている。
「それは構わない。その袋はなんなのだ?」
「なんかダンジョンの10層あたりで魔物の大群と出くわしたとかで、服とかが破れた人が多くて仕事が増えたんだ」
「大変そうだな」
「リスタさん、これはどこに置きます?」
ベルナが入口のところに袋を抱えて立っている。
「あ、そこの床に置いといて」
「はい。あ、シイラちゃん、おはよう」
私に気づいたベルナがいう。
「おはよう」
「私の部屋で着替えます?」
服の入った袋を置いたベルナが私の方を見る。
それもいいが、久しぶりに夕方まで人間の姿で過ごしてみるか。
「今日は夕方までこの姿でいることにする」
「わかった。じゃあ、リスタさん、私は食堂の仕事がありますから」
「うん。ありがとね」
ベルナが出ていくので私も一緒に部屋を出る。
さて、いつもなら食堂の窓際で寝そべるのだが、人間の姿でも試してみるか。
食堂に入ると、ギースが窓際の机で遅い朝食をとっている。
「お、めずらしいな、この時間に人間の格好ってのは」
私に気づいたギースがいう。
「リスタの部屋が大量の服であふれているので、夕方まで使えないのだ」
「ああ、なんかダンジョンで騒ぎがあったらしいな」
「直さないといけない破れた服がたくさんあるらしい」
「大儲けだな」
ギースはそういうと皿を手に持って口のところに持ってくると、残った食事を書き込む。
「お前も服とか鎧とかの荷物があるんだから、大部屋とか部屋借りるのはどうだ? 金もあるだろ」
なるほど。確かにいつまでもリスタの部屋に置かせてもらうわけにはいかないか。
「大部屋のベッドでも私には広すぎるのだが」
白兎亭で一番狭いところだが。
「まあそうだろうな」
そういうとお茶を一口飲むギース。
「犬だと犬小屋ってのを作るやつがいるんだが、お前用の小さい小屋みたいなのがあってもいいかもな」
犬はこの街でも見かけたことがある。以前いたところで見た犬とはずいぶん見かけが違った。以前いたところの犬は小さいのが多かった、このあたりのは凶暴な感じだった。
「大きさはそうだな、物置とかタンスの半分くらいの感じで十分だろ」
手のひらを自分の胸のあたりの高さに上げて平行に動かすギース。座っている人間の胸の高さくらいということか。
「中庭に木箱とか木の切れ端とかがあるからそのあたりで作れるんじゃねえかな」
ギースは立ち上がり食器を返すと、中庭の方に向かう。手招きするのでついていく。
中庭ではカウエンが薪割りの際に使っている木に座ってお茶を飲んでいる。
「こいつの家というか小屋みたいなのを木箱とか木の切れ端で作れないかと思ってな」
ギースがカウエンに話しかける。
「この時間に人間の姿は珍しいな」
ギースと同じことをいわれた。
「リスタの部屋が荷物でいっぱいで夕方まで使えないのだ」
私も同じことを説明する。
「なるほどな。まあ半分人間なんだから部屋はあってもよさそうだな」
「だろ?」
「木箱は、きれいなのは返さないとなんねえが、ぼろいのとか古い机やら家具がその辺に放置されてるから、そいつらを使えば作れなくはないな」
「何とかなりそうか? 確かあんたは大工仕事できるだろ」
大工仕事という言葉は聞いたことがないな。
「まあな。こいつにはいつもネズミを狩ってもらってるしな、暇見つけて作ってみるわ」
「すまねえな。おれは家具に使えそうなのを探してみるわ」
そんな感じで私の小屋というか家が作られることになった。
何日もかかるそうだが、昼前と夕方にカウエンが中庭で作業しているのを見て、白兎亭の住民も手伝ってくれたようだ。リスタやベルナもベッドや椅子に敷く布とかを用意してくれた。ベルナはかわいさにこだわりたかったようで、部屋の中で使う布とかは明るい色や模様のものが多くなった。
出来上がった家は、部屋はひとつで、中にベッドと机、椅子、
箪笥は上が服をかけるところと引き出しがあり、引き出しには下着を入れるのだという。ベッドは人間用の形だが、ここで人間の姿で寝ることはないと思う。それに机も使うことはなさそうだ。小さなランプも置けるようになっているが火は怖くて使えない。もっとも、少々暗くても見えるからランプは必要ない。
この家はアリナさんも知ることになり、家賃はどうしようかとかいい始めた。ギースをはじめ住民が猫から家賃を取るなんて聞いたことがない、と抗議してくれた。小さいとはいえ、白兎亭の中で場所を取る限りは家賃は必要とアリナさんは譲らなかったが、人間が使わない場所なら問題ないだろうということで、作ってもらった家は天井の
白兎亭一階の一部の天井は高く太い木が横切っている。その木のことを
ギースとカウエンらが梯子を使って家を上に持ち上げて梁に固定してくれたので、リスタの部屋から服と鎧、剣を運び込んだ。アリナさんは日の光が遮られてちょっと暗くなると不平をいっていたようだが、まあ気にすることはないだろう。
ということで、私専用の部屋が出来あがった。
人間の部屋を小さくしたもので、正直にいうとベッド以外は私には不要なものだ。ベッドもこんな細長い形でなくてもいい。だが、作ってくれた人間らは喜んでいるので、礼はいっておいた。
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