第5話 新人冒険者の転機
朝食の後、いつものように窓辺で寝そべっていると、ハルトらが出かけようとしているのが見えたのでついていく。朝食の時に彼にアドバイスしてやるっていってたギースとメルノラが一緒だ。
「あれ? シイラちゃんも一緒に来るみたいだ」
メルノラが私の方を見る。
「みゃあ」
ついて行ってやるから背負ってる荷物に乗せてもらうよと伝え、ハルトによじ登る。後ろ足を荷物に、前足を肩に乗せる。
人間の頭の高さは見晴らしがいい。いつもの街が違って見える。
住んでる宿「白兎亭」は街の広場からそれほど離れていない。広場は街の中心で、この街ができた最初のころからあるそうだ。目的地の冒険者ギルドとやらはこの広場に面しており、宿の前の通りがこの広場に直接つながっている。通りには「店」と呼ばれる建物や「屋台」という小さな建物のようなものが並んでいて活気がある。店には食べ物とか人間が使う「道具」とか「服」が売られているそうだ。人間はこういったものを「お金」と交換するか、何か仕事をしてその対価として手に入れる。
そういえば、私が以前住んでいたところでは毎日出してもらった食事も、たぶん私が毎日同居人のよくわからない依頼にこたえていたことへの対価なのかもしれない。並べられたサイズの違う箱に次々と入ってみたり服を着せられたり、床を移動する小さな箱のようなものに乗ったりしていたからな。
通りからは見えないが、この街は全体が壁で囲われている。初めてここに来た時、壁に開けられた門を通り抜けて入ってきたことを思い出す。宿の食堂で話されてる内容からすると、ダンジョンと呼ばれる洞窟が街の外に広がる深い森の中にあり、壁はそこから出てくる怪しげな動物やら何かから街を守るためにできたらしい。この街はそのダンジョンに向かう冒険者の宿場町として発展してきたのだという。そのダンジョンは、この世界にいくつかあるダンジョンの中でも全長は三番目だが深さは一番なのだそうだ。いつかそのダンジョンとやらにも行ってみたいものだ。
さて、冒険者ギルドに到着したようだ。壁際に朝から人が集まっている。
「そうだな、やはり最初はこのあたりのレベルから少しずつ経験値と金を貯めて、装備を徐々に整えるってのが王道だな」
ギースがいう。
「その王道とやらをやってれば、あんたもとうに白兎亭の大部屋から引っ越してると思うんだけど」
メルノラがギースの方を見ながら言う。ちょっとからかっているようだ。
「ま、まあ、俺はあの宿が気に入ってるんだよ」
「居心地はいいからね。でも馴染みすぎるのもどうかと思うわ」
「今は春先だからか農業系が多いな」
ギースが指さす。農業というのは、食べられる植物の種を植えて育てることをいうようだ。人間は辛抱強い。
「これらは、農作業ですよね」
ハルトがいう。
「まあな。飯も出るしそれなりに稼げるんだが経験値は上がらない」
「こういった農作業の請負をメインにやってる連中がいるから」
男はそういうと部屋の壁際に集まっている集団を顎で示す。姿は冒険者とはちょっと違うようだ。
「あ、これはどう?」
メルノラが指さす。
「ダンジョンの第3層ですか...」
見ると、場所はダンジョンの中で第3層と呼ばれるところまで物を届けて戻ってくるという仕事のようだ。簡単そうに見えるが。
「まあ、この街はそもそもダンジョン手前の最後の宿場町なんだから、ダンジョン関連は多くてあたりまえだ」
ギースは、ちょっとためらっているようなハルトにいう。
「はい..」
「それくらいは知ってるだろ。この街に来てるんだから」
「そうなんですけど、この前ダンジョンの森で失敗したから、ダンジョンの中に入るのはまだ早いかなと」
「そんなこと言ってたら何もできないわよ」
メルノラもハルトには厳しいようだ。
「そ、そうですよね」
ちょっとは気を取り直したか。
「第3層までは初心者でも大丈夫だ。3層と5層にはベースキャンプがあって、特に3層は物資の集積場になっていて人の往来も多い。初心者が荷物を運ぶってのはよくあることだ」
ギースが説明する。人が多いなら危険もなさそうだが。
「これ、一緒にやろうか」
メルノラがハルトにいう。
「え? いいんですか?」
驚いているような喜んでいるような表情だな。
「一応剣士なんでしょ?」
「はい。どのスキルもレベルは1ですが」
「まあ、そんな感じね。私は見ての通り聖職者だから、組み合わせとしてはいい感じじゃない?」
「え? せ、聖職者なんですか?」
ハルトはメルノラの方をあらためて見る。頭の動きを見ると、顔のあたりから足までを見ているようだ。
「そうだったのかよ」
ギースも知らなかったようだ。どうもメルノラの服装は聖職者とやらでは一般的ではないのだろう。人間は役割とかによって服装が決まっていたりするようだ。これはこれで興味深い。まあ、私は服を着せられるのは苦手だが。
「なによ」
「い、いや」
ギースはちょっと戸惑っているようだ。
「これ、リスタさんにお願いして作ってもらったんだ。その辺の聖職者と同じ格好じゃ無個性でしょ?」
メルノラがその場で一回転して服装を3人に見せる。
「まあ、そうかもだが、戒律とかしきたりとか伝統とか教義とかは大丈夫なのか?」
ギースは何かを心配しているようだ。
「重要なのは信仰心。服装なんて些末なものなのよ」
「なるほど。その信仰心とやらはあるということなわけだな」
なんかはっきりとしない言い回しをするギース。
「何よさっきから。ま、いいけど。で、聖職者と剣士、後は魔法使いが一人ともうちょっと経験のある剣士があと一人欲しいわね」
メルノラがこのパーティーを仕切るようだ。
「じゃあ、俺も参加してやるよ。一応剣士だ。レベルはまあそこそこだ」
ギースも同行するようだ。剣士とやらは剣という長い刃物を使って戦う役割らしい。戦うという点では私も同じだが剣は持ってないからなんていうだろうな。
「みゃあ」
私も同行してやるよ、と伝える。
「あ、あの、聞くとはなしに聞いてしまったのですが、私、魔法使い見習いなんですが、ご、ご一緒してよろしいでしょうか」
見ると気の弱そうな感じの大きな帽子をかぶった女がこちらを見ている。ん? この女はたしか。
「いいよ。これでそろったわね」
即答するメルノラ。ちょっと驚いたような表情のハルトとギース。
「あ、ありがとうございます。こ、こちらこそ、よろしくお願いします。ベルナ・エルミラといいます」
魔法使い見習いとやらが自己紹介する。
「おう。よろしくな。俺はギースっていうんだ」
「初めまして。ぼくはハルト・グリアです。僕たち3人はみんな今は白兎亭に住んでるんです」
「あ、私も白兎亭です」
「え?」
驚く3人。誰も彼女のことを知らないようだが、私はこの女を見かけたことがある。たしか個室に住んでいる。
「みゃあ」
私は知ってるよと伝える。
「こんにちは、シイラちゃん」
私はこの女の名前は知らなかったが、彼女は私の名前を知っていたようだ。
「最近来たんだっけ?」
メルノラが質問する。
「いえ。えっと、冬に来たので四分の一年になります」
一瞬驚いたような表情をする3人。
「わたし、影、薄いから」
そういうと下を向くベルナ。
「いや、見かけたことはあるような気はするよ」
ギースがこの場を取り繕うとする。
「そういえば、私も食堂で見かけたことがあるような気がするわね」
メルノラもこういった気の使い方をするようだ。
「ありがとうございます。無理しないでください。慣れてますから」
みんな黙り込む。なんか気まずそうな雰囲気だな。
「じゃあ、この4人で決まりだな。とっとと申し込んでこいよ」
ギースがハルトの背中をたたく。
「は、はい」
そういうとハルトが受付に向かう。
「みんな同じ宿にいるんなら、食堂で昼飯食いながら作戦会議でもやるか」
ギースが提案する。
「そうね」
「はい」
「みゃあ」
私も賛成する。
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