第11話 新たな能力

人間? 確かにこの前足は人間の手だ。それに体を見下ろすと人間の形をしている。頭に手をやると人間のような長い毛が生えているし顔はつるつるでひげがない。それに耳が頭の横にある。

「なにこれ?」

ハルトらがいる方を向く。ん? 人間の言葉を発したか?


「わ、わわわ」

ハルトが慌てている。

「ちょっと、ハルトくんとギースを向こう向く」

リスタがそういうと私の方に近づいてくる。荷物から布を取り出すと私の体に巻き付ける。

なるほど、人間は服とかいう布を体に付けている。猫は服など着ないが人間になると服を着ないといけないということか。


「サイズは猫の時と同じくらいか」

ギースがいう。確かに体の大きさは猫の時と変わらない。

「女の子はちゃんと服着ないとね。人形の服がちょうど合いそう」

リスタがいう。部屋にあったあの人形か。

「服はあまり好きではないのだが」

「え? あ、話せるようになったのね」

「これまで人間の言葉は理解できたのだが、話せなかった」

全員、私の周りに集まってくる。


「そうなの?」

「あ、それでか」

「確かになんか言葉が通じてる感はあったな」

「猫には戻れるの?」

どうなんだろうな。


「これ、さっきの毒ムカデを倒して得た能力だから変身は自由にできるはず」

ベルナがいう。

「ちょっと、小さくてかわいいんだけど」

メルノラが座り込んで私の頭を撫でる。

「女の子だったんですね。かわいー」

ベルナもしゃがんで私の方を見る。人間がしゃがむと顔の高さが私と同じくらいになる。

「能力の使い方を教えないとね」

これはリスタ。


「とにかく、先に進むぞ。また来られたらやっかいだ」

ギースが集まっている私たちにに向かっていう。

「シイラちゃんははだしだから荷物に乗って」

リスタが私の足を指さす。確かに地面の感触が直接伝わってくるこの感覚からすると、足の裏の皮膚が弱そうな気がする。

「あ、私の肩に乗ってください」

ベルナがいう。じゃあ、乗せてもらうか。ベルナが背負う荷物にジャンプする。跳躍力は猫の時と変わらないようだ。爪は伸ばせないが、前足の指を動かして荷物に捕まり這い上る。リスタが私にまいた布の位置を調整する。

「能力の使い方はキャンプに着いたら教えてあげる」

ベルナが私の方を振り返る。


先に進む5人と私。あ、今は6人でいいのか。

前方がちょっと明かるくなってきた。


「あれを折り返せばキャンプだ」

そういうとギースが先に進む。

「なんだこりゃあ」

折り返すところで立ち止まったギースが大声を出す。

ギースに追いつき指さす方を見ると、何やら壁のようなものがある。光が漏れているので完全な壁ではないが。


「門でしょうか。扉ありますよね」

ハルトがいう。

「これは封鎖されているって感じね」

リスタが指摘する。

なんかこの壁の向こうに人がいるようだ。


「お、誰かいるのか?」

呼びかけてくる。


「なんでこんなのがあるんだよ」

ギースが壁をたたきながら向こう側にいるやつに問いかける。

「なんでって、もう半年も前に案内だしてるけど、この通りは大ムカデが出るから封鎖されたんだよ。見てないのか?」

「え?」

「誰か知ってたか? って知ったらこんなことにはなってねえか」

ギースがいうが、その通りだな。

「もしかして、半年前の掲示だから埋もれてて見落としたとか」

これはリスタ。

「なんてこった」

ギースが見上げる。上に何かあるのかと思って上を見たが特に何もない。

「それで、こっちはさびれてたのか」


「さっき空気がこっちに吸い込まれてったから、中で火災かなんかあったんじゃないかってことで様子を見に来たんだよ」

さっきの火炎魔法の影響だな。


「まあいい。で、扉はどこにあるんだ?」

ギースが壁の向こう側の男に質問する。

「そんなものはないよ」

「は?」

「大ムカデが入ってこないように作ったもんだからな」


結局、引き返すわけにもいかないということで、無理やり壁の一部を引きはがし通り抜けることになった。もちろん、修理はさせられたが。


さて、このパーティーの目的である配達も完了し、今はキャンプの中にある休憩所のようなところに集まる5人と私。あ、6人だったな。

ここは大きな空間になっていて、二階建ての建物が通りを挟んで並んでいる。白兎亭のような、食堂と宿屋を兼ねる建物のようだ。雨は降らないので二階に屋根がないところが興味深い。人もそこそこ多く、街というには小さすぎだが、それでもそれなりの賑わいだ。


「ようやく任務完了かよ、まったく」

ギースが椅子を引いて座り込む。

「なんか大変でしたね」

ハルトの装備もボロボロになっている。

「ギルド本部に報告するところまでが仕事ですよ」

ベルナが指摘する。ベルナの服もいたるところが破れている。

「まあ、そうだが、帰りは人の多いところを通るからなんも問題ないだろ」

ギースは楽天的だがこれは長所でもあるが短所でもあるような気がするな。


私はリスタから能力の使い方を教えてもらっている。

手の親指と小指を重ねて、そう、指の名前もおしえてもらった、人差し指、中指、薬指の三本の指を立てて、体の前で左から右に動かすと目の前に文字や四角い模様が現れる。ここで獲得した能力を確認したり、能力を使うことができるそうだ。鋼鉄の爪のような元々持っている能力を拡張するようなものは特に意識することなく使えるようだが、人間への変身とかの能力はこの模様を出して操作するとのことだ。


「それじゃあ、猫に戻ってみて」

指を三本立てて左から右に動かす。表示される模様から変身と書かれたところを人差し指で二回つつく。

一瞬視界が白くなり、次の瞬間にはいつもの猫の姿になる。体に巻き付けられていた布から這い出す。

「みゃあ」

うまくいったよ、と伝える。

「そうそう」


「猫の場合も一緒かな、指はどうするのかわからないけど」

猫の場合、指とか爪を個別に伸ばしたりはしないので親指と小指を重ねることはできないが、とりあえず右の前足を前に出して左から右に動かしてみる。


お、表示された。

同じように変身と書かれたところを前足で二回つつく。

一瞬視界が白くなり、人間の姿になる。すかさずリスタが布を巻きつけてくる。


「やりかたは分かった」

「うん、でも人間になると裸になっちゃうから猫の時も服を着てた方がいいのかな」

リスタがいう。

「服は苦手なんだが」

「猫と人間だと体の形が違うから、どっちでも着れるものとなるとマントみたいな感じになるのかな。下着とか靴はどうしようかな」

こっちの話は聞いてなさそうだ。


「おい、飯食ったら帰るぞ」

ギースが呼びかける。


「シイラちゃんも人間の姿で食事してみたら?」

ベルナがいう。それは興味深い。

「そうだな」


いつもは食事に口を近づけて直接食べるわけだが、人間は手に持った道具で食事の方を口に持ってくるのだったな。

手というものにはまだ慣れないが、長い指が自由に動くのは見ていても面白いし、物を掴むというのも新鮮な感覚だ。ただ爪を延ばせないのはどういうことだ。せっかく獲得した鋼鉄の爪も人間の形態だと使えないじゃないか。


「この椅子だと届かないか」

椅子に座ってみたが、体が小さいので頭がテーブルの上にかろうじで出るだけだ。

「ここには子供用の椅子はないよね」

「この箱を椅子に乗せればいいだろ」

ギースがどこかで調達した小さな木の箱を持ってきた。

「よさそうね。シイラちゃん、ちょっと椅子から降りて」

箱を受け取ったリスタが椅子の上に小さな箱を置いたので飛び乗る。幸い、猫の時の跳躍力はが衰えていないようだ。良かった。人間の体になっていいことは、人間の言葉が話せることと物を持って歩けるだけだと考えていたところだ。


「まずはこのスプーンを使うのがいいかもね」

リスタはそういうと袋から出したスプーンを私の前に置く。食事の時に手に持つ道具は持参するようだ。ハルトやギースらも自分の荷物から取り出す。

皿には、肉とか人間が野菜と呼ぶ植物をばらばらしたものが混じった液体が入っている。なんか熱そうな感じだが、これは人間が食べているのをよく見かけるやつだ。


「あ、こういった暖かい食事は初めてよね」

これはリスタ。

「確かに、こういった熱をもったものは食べたことがないな」

「あ、もしかしたら熱いのは苦手かもです」

これはベルナ。そういうと自分のスプーンを使って皿の食べ物をすくう。

「えっとね、このスプーンでこうやって持ってシチューをすくって、ふーふーするの」

「食べ物を威嚇するのか?」

「え?」

「はは、威嚇ってのはいいな」

ギースがいう。

「猫らしいですね」

これはベルナ。まあ、元は猫なんだからな。


「息を吹きかけると温度がちょっと下がるの」

「やってみる」

スプーンでシチューとやらをすくうが、口の方に移動しようとするとこぼれてなかなかうまくいかない。

「スプーンはこうやって平行のまま口のところまで持っていくの。で、口の方もスプーンに近づける。口のところまでスプーンを持ってきたら、スプーンをこうやって傾けて口に流し込むの」

ベルナが実演する。

「いや、そのままスプーンを口の中に突っ込むだろ」

ギースがスプーンをまるごと口に入れてシチューを食べる。


「このスプーンはシイラちゃんには大きいからそれは無理」

リスタがいう。スプーンを使う方法はいくつかあるのか。

「やってみる」

スプーンでシチューをすくって持ち上げて息を吹きかける。

そのまま平行を保ち口の方にもっていこうとするが結構こぼれる。仕方ないのでもう一度すくおうとする。

「一度、そのまま食べてみて」

「そうする」

スプーンを口のところまで持ってこれたので、口を開けてスプーンの先端を口に入れて傾ける。口の中にシチューが流れ込む。暖かい。

「どう?」

暖かい食い物でこれまで食ったものがあるのは、死んで間もないネズミくらいか。

「おいしい。匂いがいい」

「でしょ」

「今度はこっちのパン。両手で持って、こうやって引きちぎるの」

パンは食べたことがないな。パンを手に取りちょっと掴む力を強くして横に引っ張る。パンが真ん中でちぎれて半分になる。

「端っこの方を掴んで引っ張ると、一口大になるよ」

「やってみる」


人間の食べ方では舌はあまり使わないのだな。猫の場合は舌で食べ物を口にかきこむような感じだが、人間は舌の代わりにスプーンを使う。

暖かい食事は匂いが強くなるのか。口に入れた際に鼻に抜けるようににおいを感じる。これが味に影響するのかもな。まあ、人間の食べ方も悪くはない。



「食事がすんだら、私は5層に向かうパーティーに同行するから」

リスタがいう。

「おう、世話になったな」

これはギース。

「いつ戻るんですか?」

ベルナが質問する。

「10日程の予定なんだけど、シイラちゃんが気になるから半分にしようかな」

「人形の服を着せる気か」

リスタの作業場にあった人形を思い出してたずねる。


「もちろん! きっと似合うと思うんだ」

「人間は服を着ないといけないのが面倒だな」

「そうでもないわよ。私のようにおしゃれに着飾ることもできるし」

メルノラがいう。

「それが、おしゃれなのか」

人間の服装はよくわからないので聞いてみる。

「そう。この姿は人間の基準でもっともおしゃれだから、私を参考にするのがいいわね」

そういうとメルノラが立ち上がって体をぐるっと回転させる。

「え?」

「え?」

ハルトとベルナが驚く。

「なによ!」

「い、いえ」


食事を終え、リスタを見送ると帰り支度を始める。4人。私は荷物はないのでただ眺めているだけだ。帰りは元の姿で歩くつもりだ。


「それにしても、準備不足が痛かったな」

帰りに使う松明がなくなったので3層のキャンプで手配するしかないのだが、値段が街で買う場合の5倍するとのこと。値段というものは、ありふれたものなら安く、珍しいものは高くなるというものらしい。松明は街ではありふれているから安く、ここでは珍しいから高くなる。


「す、すみません。私の魔法力が足りてなくて」

魔法使い見習いのベルナが申し訳なさそうにしている。

「予定外の襲撃があったから仕方ねえ。まあ、気にするな」

ギースは気にしていないようだ。

「あ、ありがとうございます」


「帰りは人通りの多いルートを使うから何もないだろ」

まあそうだろうな。

「他のパーティーに合流させてもらうのはどうでしょう」

ハルトが提案する。

「足元見られて金を要求されかねないな」

そういうものなのか。

「まあ、ちょっと距離を取ってついていけば問題ない」


「そろそろ行くか? メルノラはどうした?」

「さっきあっちの方でけが人を癒してましたよ」

「どうせ金取ってやってるんだろ」

「お待たせー」

メルノラガ来た。すでに準備はできているようだ。

「儲かったか?」

「もちろん。だって、服や装備の修復でお金かかりそうだからね」

「僕の剣も少し欠けたし、装備もボロボロです」

ちょっと落ち込んでいるハルト。

「まあ、俺も同様だが、また稼げばいいんだよ」

ギースがいう。

「よし、帰るぞ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る