第9話 突破口
「何とかって何ができるんだよ」
ギースがメルノラに向かっていう。
「ちょっとの間だけど動きを止めることができそうなのよね」
「ちょっとってどのくらいだ」
「二呼吸分くらいかな」
「はあ? ほんとにちょっとじゃねえかよ」
ギースがいう。
「それだけあれば、前の群れを駆け抜けられるんじゃないかと思う。で、駆け抜けたら見習いさんの火炎魔法で後ろを燃やす」
私なら人間の二呼吸分あれば二回はジャンプできるからかなり進めるが、人間は大丈夫だろうか。
「駆け抜けるってったって、どのくらいいるかわからねえだろ」
「もうしばらく取り囲まれてるし、時々明かりが先まで照らすこともあったからね」
「いけそうなのか?」
「まあ、動きを止められたらだけどね」
「うわ、噛まれた!」
ハルトが叫ぶ。また上から落ちてきたやつが腕にかみついたようだ。
「くそ、二回目だ。痛ってー」
かみついた大ムカデはすぐにふり落としたようだが、ベルナの方に這っていく。
「わわわ、こっちに来る!」
ベルナも大声を出す。
「とりあえずやってみろ」
足元のムカデを突き刺したギースがメルノラに向かっていうと、ベルナに向かったムカデにも剣を突き刺す。
メルノラは小さな杖のようなものを掲げる。
「前の大ムカデの動きが止まったら、みんな一斉にかけ抜ける。で、見習いさんは通り抜けたらすぐに振り返って何とか魔法で燃やす、と。わかった?」
「は、はい」
「魔法力とやらはのこってるのかよ」
ギースがベルナにいう。確かに、魔法使い見習いの杖の光は消えている。これが魔法力の枯渇を表すものでなければいいんだが。
「火炎魔法一回は大丈夫です」
「たのむぜ」
「動きが止まったら、ぼ、ぼくが先頭で走ります」
ハルトはメルノラの回復術とやらで痛みは解消したようだ。
「お、いうじゃねえか。こっちはいつでもいいぜ」
全員立ち止まっていつでも駆け出せるようにしている。私もいつでも大丈夫だ。
メルノラが何か唱え始める。
「聖なるエスクと共に、我こそしたがへし者、ルバトラエルよ聞くのを止めよ」
手に持った小さな杖のようなものが少し光りだす。一瞬大ムカデの動きが止まる。
「あ、止まった」
「走って!」
メルノラの合図で全員一斉に駆け出す。
私は駆け抜ける際に地面にいたやつらに爪を立てて何匹か真っ二つにしてやった。
「うわ、上から落ちてくる!」
動きが止まった影響か天井を這っていたやつらが降ってきたようだ。
「うわー」
「きゃー」
「ひー、踏んづけたー」
「荷物にひっかかってる!」
何とかムカデの集団を駆け抜ける5人。
「いまだ!」
「はい」
魔法使い見習いが振り返ると杖を掲げる。
「
前の方に倒した杖の先から炎が噴出す。杖で円を描くと、地面から側面、天井へと炎がまわり、動きを再開した直後の大ムカデが炎上し始める。奥の方、元居た場所の後ろの方まで炎は届いているように見える。
「やった」
「よくやった!」
「荷物の上に一匹いる!」
ハルトがメルノラが背負っている荷物を指さす。
「見てないで落として!」
メルノラの声にハルトがあわてて剣でムカデを引っ掛けて炎の方に投げ込む
「よし、いまのうちに先を急ぐぞ」
ギースの言葉で前に駆け出す5人と私。
「ちょっと待って!」
ほんのちょっと進んだところでメルノラが大声を出す。みんな動きを止める。
「あ、あれ!」
ハルトが指さす方を見ると、なんか前方の暗がりになんかでかいやつがいる。坑道側面にへばりつき、頭を少しもたげこっちを見ながら天井の方に這いあがりつつゆっくりとこっちに向かってくる。見かけは大ムカデだがさらに大きい。頭は人間の頭くらいのサイズがある。ということは体長もかなり長そうだ。
「頭に黄色と黒の縞模様がありますけど」
指さすハルトの手が震えている。この模様は、確か毒を持ってるとかいうやつの特徴だったか。
「なんでこんなのが2層にいるんだよ」
剣を構えたギースがいう。
「このあたりの横穴が下層につながってることは間違いないわね」
リスタがいう。壁側に多い小さな穴は人間が通れないから、どこにつながっているかは知られていないということだろう。これまで問題にされていなかったということは、さっきギースがいっていたように新たに掘られたということなのかもな。
「こいつは操れないのかよ」
ギースがメルノラに向かっていう。
メルノラは手に持った小さな杖を巨大なムカデに向ける。杖が薄赤く光っている。
「ちょっと、力が強くて私では太刀打ちできないわね」
「なんだよ」
「どうやらこいつが群れを操っていたみたい」
「こいつを操ったんじゃないのかよ。さっき動きを止めただろ」
「操っているのに割り込んだって感じなのよね。直接こいつに何かしたわけじゃなくて」
「どう違うんだよ」
「それは説明すると長いんだけど、どうもそのやり方が気に入らなかったようで怒ってるみたいなのよね」
「怒らせたってことかよ。よりによって毒もってるこのでかいのを!」
「ま、そういうことになるわけよね」
なんか危機感がないな。メルノラには何かこの場をなんとかする手でもあるのだろうか。
「あ、また横穴からムカデが出てきました」
ハルトが剣で壁の方を指す。見ると親玉が這っている壁の小さな穴から大ムカデが多数這い出して来る。
「くそ、まだいるのかよ」
「全部燃えたわけじゃなくて横穴に逃げたのが多かったのかも」
リスタがいう。それはあり得るな。私なら穴に入れるが、中にどれくらいいるのかわからないし、入り組んでいたりすると迷ってしまう可能性もある。不用意に突入はできない。
「ど、どうします? 戦うしかないですよね」
これはハルト。なんか震えているようだ。
「さっきの火炎魔法はもう一回使えるか?」
「あの規模のは今日はもう無理です」
すでに明かりの消えた杖に目をやるベルナ。
「今日は無理って帰りはどうすんだよ、ったく。くそ、戦うしかねえな」
確かにでかいが、やつの武器はあの毒のある牙だけだろうし、こっちはギースとハルト、それに私がいるからなんとかなるんじゃないか。
「あの毒持ってるやつだけに集中だ。毒は牙としっぽにあるから気を抜くな」
ギースが一歩踏み出す。ハルトも半歩踏み出したようだ。私は二歩踏み出す。毒はしっぽにもあるのか。棘のようなものが何本も立ってるがあれがそうか。となると胴体を真っ二つにしても油断できないな。
「仕方ないわね」
リスタはそういうと見習いメルノラの方を向く。
「ちょっとこの松明持ってて」
「はーい。たのんだわ」
両手があいたリスタは背負っていた大きな荷物を下ろし剣を構える。彼女もこのでかいのと戦うのか。
「魔法使い見習いさんは松明の近くにいて」
「は、はい」
「松明でできるだけあいつを照らして。私たちの影で隠れないように」
「はーい」
この返事はメルノラか。相変わらず緊張感がないな。
リスタはすたすたとギースよりも前に出る。
「お、おい、こいつは俺に任せろ」
ギースもさらに前に進む。ハルトも半歩踏み出す。私もリスタ、ギースと同じあたりまで前進する。
「戦ったことあるの? このダンジョン・クリムゾン・毒ムカデと」
ん? クリムゾンというのは色の名前じゃなかったか。確か赤系の。こいつの頭は黄色と黒の模様だし、胴体は黒っぽい。多数の足は赤いような気はするが、それほど目立って赤いというほどでもない。
「い、いや」
剣を構え、でかいやつから目をそらすことなくギースがこたえる。
「こいつは10層あたりにいるやつだろ」
たしかギースが行ったことがあるのは7層とかだったな。リスタはもっと深くまで行ったことがあるということなんだろうか。服やら装備の修復をしているだけかと思っていたが。
「そうね。10層で何度か相手にしたことがある」
経験者か。ならちょっと安心だ。メルノラをそれを知っていたのか。
「動きが速いから気を付けて。私は頭を狙う。ギースは尻尾。ハルトくんは隙を狙ってどこでもいいから胴体を切って」
「は、はい」
ハルトは緊張しているな。私が守ってやるか。
「まあ、経験者のいうことは聞かないとな」
ギースは反発するかと思ったが、特に異論はないようだ
前にゆっくりと進む3人と私。
ムカデの頭の位置は変わらないが胴体の方が頭の方に近づいてきた。蛇でこういう形を見たことがある。長い体をくねくねと曲げてまとめている。違うのはしっぽを立てているところか。
「とびかかってくるから気を付けて」
リスタがいう。確かに曲がった体を一気に伸ばしてきそうだ。
「あ」
これはハルト。大ムカデの体が赤く光りだす。弱い光だが、暗がりでははっきりと見える。なるほど。これがダンジョン・クリムゾン・毒ムカデといわれるゆえんか。確かに赤い。
周りをはい回っていた大ムカデが一斉に向かってくる。
「う、うわあ」
剣を振り回すハルト。地面を這う相手とはやりにくそうだ。こいつらは体の小さな私を相手にせず人間に向かっている。地面にいるやつが相手なら私の得意とするところだ。武器を持っていないベルナに向かっていたやつらを鉄の爪で数匹をまとめて対処する。ハルトを守ってやろうと思ったが、そんな暇はなさそうだ。
「尻尾!」
リスタが叫ぶ。突然大ムカデの尻尾がギースの方に向かってくる。ギースが剣を振り下ろすが、尻尾はすぐに剣が届かないところに引いてしまう。速いな。
「こっちの動きを探ってる」
リスタが声をかける。ということは何度かこういった動きがあるということか。次に来たら側面から胴体にパンチを試してみるか。たぶんこいつは小さな私のことはたいして気にしてないんじゃないかと思う。私がちょっかい出すことで隙ができれば、リスタらが攻撃できるんじゃないだろうか。とはいえ、周りの大ムカデが多すぎる。
「痛っ、また噛まれた!」
ハルトが叫ぶ。何度目だよ。守ってやれなくて悪いが、剣を持ってるんだからここは自分で守ってくれ。
また毒ムカデの尻尾が来た。さっきと同じような感じの動きだ。今度もギースの剣が空を切る。
「くそ、はえーな」
更にすぐさま続けて尻尾がギースの方に飛んでくる。今度はギースの剣は防御だけのようだ。尻尾が元の位置に戻る前に一瞬止まるからこの隙に毒のある棘から離れたところにジャンプしてパンチする。固い。鉄の爪で傷は入ったように思うが、力が足りず表面だけか一部を切っただけのような気がする。だが、私の攻撃に気づいたムカデの頭が尻尾の方を向く。この一瞬を逃さずリスタが前に突進し頭に剣を振り下ろす。やった。
ムカデの頭が落ちる。よく切れる剣だな。私の鉄の爪で歯が立たなかったのに。
「やったか!」
ギースが叫ぶ。
一瞬安心感が漂うが、まだ油断はできない。頭が横を向いて動いていたこともあり、リスタの剣は頭を直撃しなかった。落ちた頭部には足があったようではい回っている。尻尾の方も暴れるのでジャンプして距離を取る。暴れる胴体に切りかかっているハルトに尻尾が向かう。ジャンプしてパンチ。今度はさっきより力を入れたので、ムカデの足が何本が落ちる。棘の動きが横にずれハルトからそれる。ギースがすかさず剣で毒のある尻尾の攻撃を防御する。
「おい、尻尾から目を離すな!」
「は、はい」
頭の方を見ると、リスタがとどめを刺そうとしているが胴体の下に逃げ込んだようだ。
「しまった、隠れた」
大ムカデの方は混乱している。特に攻撃は仕掛けてこないがあたりを走り回っている。
胴体を切り刻もうとハルトらが近づくが、体勢を立て直したのか混乱していた大ムカデの動きが統率されたものに変わる。
「親玉を守ろうとしているのか」
ギースがつぶやく。
「厄介ね。10層では毒ムカデ単独だったんだけど」
「尻尾を切り落とした!」
ギースが叫ぶ。見ると、毒針のあるしっぽの先端が地面に落ちている。幸い足は残っておらず動くことはできないようだ。
「その毒針はお金になるわよ」
毒ムカデの胴体を剣で持ち上げ、頭部を探しながらいうリスタ。
「お、そうだったな」
ギースがこたえる。
「こういうこともあろうかと、危険物を持ち運ぶための袋は持ってる」
背中の荷物を片手でたたくギース。
「まあ、まずは頭の方を何とかしてからだが」
「おい、ハルト、胴体を切り刻むぞ」
「はい」
私も手伝うことにする。周りをうろつく大ムカデを対処しつつ胴体も攻撃する。3人と私で胴体を切り刻むが頭は見つからない。その間も大ムカデが襲ってくるので油断はできない。
近づいてきた大ムカデを真っ二つにしたところで経験値が300を超えたようだ。「鋼鉄の爪」とやらを獲得した。鉄と鋼鉄って何が違うんだ。取りあえず、はい回っている大ムカデにパンチ。爪を見ると輝きが増したというか、ハルトらが持つ剣により近づいたという感じだ。より切れるようになったということか。それにさらに長くなった。これはいい。これなら大ムカデをどこからパンチしても真っ二つだ。
「あ、これは」
大ムカデへの攻撃の手を止めてリスタの方を見ると、壁際の胴体をどかしたところに横穴がある。
「そこから逃げたのか」
「そうかも」
「くそ、仕留め損ねたか」
「頭のところだけになっても死なないんですね」
ハルトがいう。
「胴体部は再生するんだ」
ギースがこたえる。
「あ、大ムカデが引いていく」
攻撃が止み、横穴に引き上げていく。
「助かった」
「今のうちに先を急いだほうがいいね」
「おう、ちょっと毒針を回収するわ」
そういうとギースは背負っている荷物から小さな袋を取り出す。さらにその袋から布のようなものを取り出すと、慎重に棘の着いた尻尾の先を布でくるんで袋に入れる。
「金はみんなで山分けするから」
ギースがいう。
「ハルトも記念に足の一本でも取っとけよ」
「はい」
「あんな奴を2層あたりで相手にすることはまずないからな」
「そうですね、何本か取っておきます」
「いそいでね。このあたりの横穴は10層近辺とつながっていることは確かだから」
リスタがいう。
「確かにな、またあんなのに来られたらたまらん」
「よし、出発」
進み始める5人と私。
「あとどのくらいなの?」
メルノラがたずねる。
「そうだな、後3回くらい折り返せば3層じゃねえかな」
ここは坂道とか階段でひたすら下に降りているが、行ったり来たりながら下っていくような作りになっている。宿の階段もこんな感じだな。
松明はハルトが持っているが一本だと薄暗い。時々大ムカデが出てくるが、群れでは動いていない。これが本来の姿なのだろう。
最初の突き当りを折り返す。折り返したところは階段になっているが、階段のあたりにまた何かの集団がいる。
「うわ、また横穴から大ムカデがいっぱい出てきました」
先頭のハルトが指さす。
「なんだよ。さっきでかいの倒したんだから、ここはもう何事もなくキャンプに到着するところだろ」
ギースが不満そうだ。やつらはこっちの都合なんて考えてないということだな。
「そう都合よくいかないみたいね」
これはリスタ。
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