第45話 エージェント・シイラ その1

午前中、いつものように日当たりのいい通りに面した食堂の窓辺に寝そべる。

騒がしくなってきたので目を開けると、昼食の時間のようだ。ベルナが忙しそうに働いているのが見える。


そろそろ洗濯物干し場に移動するか。


「あの、シイラさんですか?」

体を起こしたところで声を掛けられる。見ると若い男がテーブルの横に立っている。この男は確か...

「久しぶりですね。レブランです」

思い出した。以前ギルド本部前の広場で会った男だ。

「みゃあ」

確かに久しぶりだな。


「ちょっと、折り入って相談したいことがあるんですが、人間に変身してもらえませんか?」

相談? なんだろう。まあ、特に断る理由もないか。

「みゃあ」

では変身してくる。そう伝えるとリスタの部屋に向かう。


戻ると、レブランはテーブルについて食事をしているところだ。

向かいの椅子の背もたれに飛び乗る。

「シイラさんですよね?」

「そうだが」

私の方をじっと見るレブラン。

「じろじろ見るのは失礼ですね。すみません。ただ猫が変身した人間というのは初めてなもので」

まあ無理もない。

「大きさは猫の時と同じくらい、体積が同じなんですね」

体積という言葉は知らないが、いっていることの意味は大体わかる。

「まあ、そんなところだ」


「その服は人形用かな、それとも誰かに作ってもらったんですか?」

「服とかを作ったり直す仕事をしている人間に作ってもらった」

リスタの名前を出しても知らないだろう。

「へー、そうなんですね」

「相談というのは私の服のことか?」

「あ、いえ、もちろん服の話ではありません」

「ここではなんですから、この後ギルド本部に一緒に来てもらえませんか?」


レブランが食事を終えるのを待って、一緒にギルド本部に移動する。

本部は何度か来ているが、受付のある1階の大きな部屋以外に入るのは初めてだ。レブランに案内されたのは二階にある部屋だ。部屋の真ん中には食堂のようなテーブルがあり周りに椅子が置かれている。


「おかけください、といっても背もたれに腰かけてもらうしかないですね」

椅子に座っても顔がテーブルの上にかろうじて出るかどうかだ。

「ここが仕事場なのか?」

背もたれに飛び乗り質問する。

「いえ。ここは会議室です。シイラさんと話するために借りたんです」

会議というのは打ち合わせのことだったな。会議室ということは会議をする部屋か。


「広場で会った時にミレイユさんも話してましたが、シイラさん達が捕まえた男に関係しているんです」

暗号表を盗んでいた男だな。

「ずいぶん日が経ったように思うが、何かわかったのか?」

そういえば、男と一緒にいたフクロウはどうしてるだろう。


「ギルド本部や銀行の送金を偽装することが目的らしいところは分かったんですが」

偽装という言葉は聞いたことがないが、嘘の通信を送るということだろう。


「そういったことができるという話は聞いたことがある」

エドガルが確かそのようなことを話していた。


「そんなことをするには暗号表を盗むだけでは無理で、本部や銀行の関係者も関わっているはずなんです」

カイもそのようなことをいっていたな。

「一緒にその男を捕まえた剣士もそんなことをいっていた」

「そうですか」

レブランはちょっと顔を上げる。

「捜査は順調に進んでいると思っていたんですが、突然、中止命令が届いたんです」

「中止? どうしてそんなことになるのだ」

悪いことをするやつらを捕まえるために調べていたのではないのか。


「恐らく、単なる本部職員や銀行員が相手じゃないんですよ」

「他にもいるのならそいつらも捕まえればよいのではないのか?」

ちょっと驚いたような表情のレブラン。

「ああ、そうですね。そのあたりの説明が必要ですね」

人間はさっきの説明でわかるということか。


「銀行やギルド本部、憲兵団なんかもそうなんですけど、人間が大勢集まって働いているところは、そうですね、上下関係に厳しいんですよ」

「上下関係?」

「はい。群れを作る動物の特徴といいますか、猫は群れを作らないのでわかりにくいかもしれませんが、人間は基本的に群れを作る動物なんです」

群れといえば大ムカデの群れがいたな。

「ダンジョンで大ムカデの群れを相手にしたことがある」

「大ムカデの群れでいうと、その群れを率いるボスのムカデが上にいるムカデにあたります」

両手の指をムカデの足のよ言うに動かすレブラン。


「で、ムカデの中に悪いやつがいると思って調べていたら実はそのムカデのボスも悪いやつで、そのボスが調べるのをやめるよういってきたようなものなんです」

「つまり、ボスは間違ったことをやったりいったりしても捕まえることはできないということか?」

「まあ、そんな感じです」

「奇妙な気がするが、それが群れの決まりということなのだな?」

群れる動物のことはよくわからない。

「いえ。そんな決まりではないんです。というより、そんなことをしてはいけないという決まりがあるんです」

ん? よくわからないが。

「ボスはその決まりを守らなくてもいいのか?」

疑問に思ったことを聞いてみる。

「いいえ。ボスも守らないといけないんですけど、ボスには力があるのでボスを捕まえることはできないんです」


「ボスは強いのか?」

ボスは剣士なのだろうか。

「え? いえ、その、力があるというのは、戦う力が強いというのとは違うんです」

レブランは剣で戦っているように手を動かす。

「どちらかというと、ボスは実際の戦いでは弱いほうです」

さらにわからなくなった。

「弱いのか強いのかどちらなのだ」


「余計なことをいいました。すみません、戦う話は忘れてください。どうもその、猫に説明するのは初めてで勝手が違いますね」

そういうと上を見るレブラン。上に何かあるのかと見上げたが天井が見えるだけだ。


「そうですね。ギルド本部と銀行、ライゼル市の話をしましょう。ギルド本部という群れと、銀行という群れがあって、これらの群れは、さらに大きなライゼルという群れに入っていて、それぞれにはボスがいるんです」

「なるほど」

群れが集まった群れというのもあるのか。

「この三人のボスは、お金を集めるのが好きなんです」

ボスに限らずお金が好きな人間は多いように思う。

「お金は仕事をしたり物を売ることで得られるのだな」

私もギルド本部の仕事でいくらかのお金を得ている。


「そうです。悪い人はお金を盗むこともあります」

「以前、白兎亭に泥棒が来たことがある」

「そうですか。泥棒は直接お金を持っていくんですが、お金の盗み方にはいろいろなやり方があるんです」

「直接お金をもっていかずに盗むことができるのか?」

「はい。例えば、そうですね、白兎亭の家賃も、ギルド本部の口座から白兎亭の口座に移動できるんですが、これも実際にお金を移動しているわけではないですよね」

そういえば、ハルトが白兎亭に来た時にアリナさんが説明していたな。


「つまり、口座から口座に勝手にお金を移動して盗んでいるということか」

「そんな感じです。正しいお金の移動ならその記録も正しいんですが、あ、話がそれそうなのでこの話はやめておきます」

記録というのは紙に書いておくことだったか。


「お金を盗むのはもちろん、泥棒の調査をやめさせることのどちらも、やってはいけないという決まりがあるのはさっき説明した通りです」

「そうだな」

「決まりを守ることがもっとも大事なのですが、お金の方が大事だと思う人がいるのです」

「決まりを守らない人間を捕まえる憲兵というのがいるのではないのか?」

ちょっと驚いたような表情のレブラン。

「そうですね。憲兵団という群れもありました。この憲兵団、ギルド本部、銀行、ライゼル市のボスたちはみんな友達なんです。それで、友達が捕まらないように、決まりを守っていないことを知らないふりをしているんです」


「なんか複雑なことをやっているように思うが」

肩をすくめるレブラン。

「決まりを守っていないことを知ったら捕まえないといけないんですけど、知らなければ捕まえることもないですよね」

なんだそれは。

「知っているのに知らないふりをするというのは奇妙に思えるが」

人間がいう嘘のようなものか。

「知らないふりをしたことに対するお礼としてお金をもらったりするんです」

人間がお金を得るためにいろんな方法を考えることには感心する。

「とにかく、このボスたちはお金が好きなんですよ」

レブランは腕を組んで黙り込む。説明はこれで終わりだろうか。


「それで、相談というのはなんなのだ?」

興味深い話だったが、相談という感じではなかった。


「私はギルド本部で働いていて今回の事件を捜査していたのですが、捜査をやめるよういわれたのでライゼルに戻るんですが、シイラさんにも一緒に来てほしいのです」

ライゼルというのは遠いところだと聞いたが。


「私が行ってなにをするのだ」

「捜査を続けるために証拠を押さえたいんです。シイラさんに、猫の姿で諜報活動をお願いしたいのです」

諜報活動。聞いたことのない言葉だ。

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