第64話 同郷の人間? その3

「はあ」

エルナがため息をついている。

「どうかしたのか?」

「どうもこうも、初歩的な計算ミスをしてたことに気づいたんだよ」

エルナが使う言葉には知らないものが多い。


「3週間働いて10日分の宿泊費を稼いで、その10日でこの世界での今後のことを考えようと思ってたんだけど、その10日を過ごすための食事代とかお風呂代のことを考慮してなかったわけよ」

再度ため息をつく。

「朝食は出るから、昼は抜いて夕食だけにして、お風呂も仕方ないから2日に一回にしようかな。それだと10日で食事代は20シルバ、お風呂は5シルバで合計25シルバ。一週間働いて13シルバ貯められるから、二週間余計に働かないといけないってことに気づいたのよね」

三度目のため息をつく。


「それと、化粧品は当面あきらめるとしても、水仕事だから肌荒れの手入れはちゃんとしたいのよね。とりあえずは、何とかっていう野菜の皮の裏が肌に良いってみんな使ってるから私も使ってるんだけど、まあ、効果はあるけど匂いがね。青臭くて。ただで手に入るからいいけど、ちゃんとしたのを買うとなるとお金がいるのよねー。まあ、そんなこといってたらいつまで経ってもお金が貯まらないんだけど」

大きなため息をつく。

ただで手に入るなら問題ないだろうに。それに食べ物のにおいなら別に構わないように思うが。


「ところで、ゾルタンとの話はどんな感じだったんだ?」

話題を変えよう。瓦版で何か提案するとかいってたが。


「初対面だったんだけど私の話に興味を持ってくれて、いま企画書書いてるんだ。日本語じゃないのに書けたり読めたりするの不思議だよね」

ちょっと表情が明るくなった。私も文字が読めるようになったので、書く方も見様見真似で書いてみたことがある。

「手帳とペンはもらえたから今週末に会うときにプレゼンする予定なんだけど、パソコンもパワポもないから手書きだよ」

聞いたことのない言葉だが、何を書いているのだろう。


「当面は出版社でできそうなことを色々と提案するんだけど、この世界には広告代理店とか芸能事務所とか人材派遣とかフードデリバリーとか何にもないから、いろいろできそうなんだ。ブルーオーシャンってやつよね。まあ、スマホどころか電話もないからちょっと工夫は必要だけど」

相変わらず知らない言葉並ぶ。何を言っているのかよくわからないが仕事の話なのだろう。


「そうだ、今週末、ついでに何か仕事手伝わせてもらって給料もらうのもいいかもしれない。そうすれば、ここで二週間余計に働かなくてもよくなるかも」

表情が明るくなった。気が晴れたようで何よりだ。


「そろそろ休憩は終わりだー」

厨房の人間が中庭にやってくる。

「さて、お仕事お仕事。じゃあね、シイラちゃん」



何日か後、エルナが仕事を休む二回目の日、朝食の後さっそくゾルタンのところに出かけたようだ。

次の日の朝食の後、エルナが上機嫌で話しかけてきた。


「シイラちゃん聞いてよ」

笑顔ということは仕事の話はうまくいったのだろう。

「今日の午後から出版社勤務だよ!」

出版社というのはゾルタンがやっている会社のことか。


「まあ、提案したのは元居た世界で流行ったことの丸パクリなんだけどねー。でも使える知識は使わないとね」

「よくわからないが、うまくいったようでよかったな」

「うん。昨日午前中にプレゼンしていくつかの案を採用してもらえたんだ。で、午後は日が暮れるまで仕事手伝って30シルバもらえたよ。10日分の宿泊費には足りないけど午後働けば40シルバは貯まるし。そうそう、引っ越し先も探さないとね」

引っ越し?

「ここから出ていくのか?」

「さすがにベッドだけの大部屋はねー。お風呂もトイレも共同だし、21世紀の日本出身者としては耐えられないのよねー。他にも大変なところは色々あるけど、そのあたりは中世じゃあ仕方ないし」

肩をすくめるエルナ。


これまでここにきた新入りでは最も早く白兎亭を出ていくことになったな。そのきっかけとなったのも私だし、やはり私が面倒をみた人間はうまく物事が運ぶようだ。


「これもシイラちゃんのおかげだよね。なんかこの世界で生きてけそうな気がしてきたよ。そうそう、借りたお金は返すからね」

「それはいつでも構わない」

私はお金を使うことはほとんどないし。


「午後からゾルタンのとこで仕事だから、アリナさんには10日分のお金用意できそうっていっておかないと。それから引っ越し先も探さないとね。午後ゾルタンに相談してみよ」

そういうと立ち上がるエルナ。


「あ、そうだ。新しいアパートっていうか住む所見つけたら、シイラちゃん、私のところで一緒に住まない?」

「え?」

「元居たところみたいな感じになるよ。言葉が通じる猫ちゃんなんて最高だし」

元居たところか。確かに快適な寝床や遊び道具やおいしい食べ物はあったが。

どうしたものか。ここの生活も悪くはないのだが。

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