第39話 運び屋の仕事 その5

エドガルが鞄の中身をすべて取り出し、カイとひとつずつ確認し特に何もなければ鞄に戻している。男はカイに押さえつけられたままだ。半透明の布は地面に置いて石で押さえつけられている。


「これは、ギルド本部の書類のようですね」

エドガルが手に取った書類を見ながらいう。

ギルド本部のもの? 以前本部に忍び込んだ泥棒から何かを受け取っていたが、もしかしたら他にも盗んだものがあったのかもしれないな。

「怪しいな」

カイがつぶやく

「この表は何ですかね。たくさんの単語が無作為に並んでいるような感じですが」

エドガルが手に持った一枚の紙をカイの方に向ける。

「分厚くて質もいいですね」


「もしかして、それは暗号表ではないのか」

カイが指摘する。箱から出したということか。

「さあな」

男がこたえる。

「箱がないということは、売る目的ではない、あるいは買い取る側ということですか?」

エドガルが男を見る。

「さあな」

男は同じ返事を繰り返す。


「暗号表を使う犯罪組織寄りということか」

カイも男の方を見る。

「その可能性が高いですね。どうしましょうか」

「そうだな」

カイが考え込む。

「憲兵のところに引っ張っていきたいところだが」

最初の3人は単なる泥棒だったが、確かにこいつは怪しい。


「これから山の上まで登らないといけませんし」

エドガルが斜面を見上げる。

「俺は歩かねえ。連れていくなら背負ってくんだな! 大暴れしてやる」

男がわめくが相手にしないエドガルとカイ。

「それから山を下りて、宿場町に憲兵はいませんから乗合馬車ですか。ちょっと大変ですね」

どうしたものか。

「長い縄があれば木に縛り付けておけますけど」

エドガルが提案する。

「冗談じゃねえ。このあたりには一角狼がいるんだぞ」

男が抗議する。一角狼というのは聞いたことがないが、話の流れからすると危険な動物かなにかだろう。


「それもいいが」

カイも考え込む。

「おい!」

男が抗議し体を動かすが、カイが押さえつける。

「私の鞄の背面にある小物入れに縄が入っている」

「勘弁してくれ!」

エドガルがカイの鞄を手に取り紐を取り出す。細いようだがこれで逃げられないようにできるのだろうか。


「縛るだけだと心配ですね。すり抜けられそうな気がします」

「ああ。そんな細いひもなんざ簡単に縄抜けできるわ」

男もエドガルに同意する。よほど縛られたくないようだ。


「こいつを縄で縛り私が見張ることにする。エドガルとシイラは山頂に向かってくれ」

なんと。

「魔法使いと猫に行かせるのか? 動物使いが他にもいるとはな」

動物使い? 私はカイらに使われているわけではないが。


「そういえばフクロウが見当たりませんね」

エドガルがあたりを見回す。フクロウはこの男の仲間だろうから逃げるとは思えないが。

「その辺に隠れているのだろう」

カイが木の上を方を指さす。


「カイさんが運んだ方がよいのではないでしょうか。この先も襲われるかもしれませんし、戦いはカイさんの方が強いですから」

それはそうかもしれない。だが、エドガルを一人残すのも心配な気もするが。

「これをかぶって行けばいい。魔法使いにはなじみがあるだろう」

カイが石で押さえているマントを指さす。

「ああ、なるほど。それはいいですね」

確かに。エドガルが見えなければ襲われることもない。

「そのマントは返してもらえるんだろうな」

「そのあたりは憲兵本部の判断次第だな」

「くそっ」

「正当に手に入れたものなら返してもらえますよ」


とぶひに到着して暗号表を渡したら、通信を依頼してほしいのだ」

カイがエドガルの方を見る。

「通信? あ、この男のことを連絡するんですね?」

この山からガレスウェルに通信とやらで連絡するということか。


「ああ。憲兵にこいつを引き取りに来てもらうのだ」

「こんなとこまで来るわけねえだろ」

男が口をはさむ。

「それはいいですね。ただ、距離がありますし来てもらえますかね」

「それは伝え方次第だな。ギルド本部の書類も持っているし興味を持つはずだ」



その後、男を縄で着に縛り付けがカイが見張り、私とエドガルで山を登ることになった。

森に入った時と同様に私が先行する。エドガルは男のマントで体を覆って登るので、待ち伏せている奴らがいても先に攻撃されることはないだろう。


「なるほど。目のところに切れ目があるんですね。狭いですが、まあ、何とかなりそうです」

エドガルがマントを色々と確かめているようだ。

半透明のように見えるが、後ろの様子が手前のマントに映っているという感じか。布は曲がりくねっているので、映る後ろの様子もくっきりとは写らず半透明のように見えているようだ。以前いたところにはいろいろな映像を映す板があったが、それを布にしたようなものだろうか。


「では、頼んだぞ」

カイがいう。

「はい」

「みゃあ」

任せておけ。


ここからも私が先行する。

しばらくは木の枝を伝って進んでいたが、登るにつれて木が細く小さくなってきたので地面に降りて登っていく。

幸い待ち伏せている奴らおらず、木でできたへいのようなところにたどり着いた。山道はこのへいの扉のところに続いている。


「ここですかね」

そういうとエドガルはマントを脱ぎ腕に抱え、門の前まで登ってくる。

「なるほど。山頂の部分をへいで囲んでるんですね」

塀を見上げるエドガル。

塀は太い木を縦に並べて地面に突き刺して並べている。木の上の先端はとがらせてある。


「さて、どうすればいいのかな」

エドガルが門を見上げつぶやく。

「暗号表を運んできた方ですか?」

中から声が聞こえる。

「はい、そうです」

「鍵を開けました。扉は押せば開きます」

「なるほど」

エドガルが扉を押す。大きな扉がゆっくりと開く。

中に入ると、すぐ先にまた塀がある。塀は二重になっているようだ。左右を見ると木の壁があるので、塀と塀の間を通って一周することはできないようだ。


「扉を完全に閉めてください」

「はい」

そういうとエドガルが通ってきた扉を押して隙間なく閉じる。

扉の横から木が動いてきて扉をふさぐ。

かんぬきですね」


左の壁と思っていたところの一部が開き、男の顔の一部が見える。のぞき窓のような感じだ。

「暗号表をここに入れてください」

壁の一部が開く。暗号表が入った小さな箱が入るくらいの隙間だ。


「はい」

エドガルはそういうと背負っている鞄をおろし、中から暗号表の入った箱を二つ取り出す。

「二つですか?」

「はい。まあ、いろいろありまして。実はもう一つ、箱から出されているのですが、暗号表らしきものもあるのです」

二つの箱を隙間に入れ、さらに男が持っていた紙も隙間に入れる。

「これは.. 確認するのでそのまま待っていてください」

箱を入れるための隙間が閉じる。


「確認が済んでからでいいのですが、ガレスウェルの憲兵本部に通信をお願いしたいのですが」

エドガルがカイが提案した通信の件をもちだす。

「中継所では通信の発信は受け付けてないのです」

中の男がこたえる。

「その箱から出された暗号表を持っていた男は他にも盗んだと思われる書類を持っていて、ギルド本部とかライゼルの商業組合のとか。通信を狙う犯罪組織と関係がありそうなのです。ですので、いち早く知らせたいのです。その男は捕まえて仲間が今も見張っているので、憲兵に来てもらいたいのです」

「なるほど。相談してみます」


それから塀に囲まれた狭いところでしばらく待たされる。

このくらいの塀は、私なら爪を引っかければ登れそうだ。ちょっと試してみる。

地面から思いっきり飛び上がり前足の爪をかけ、引き上げた後ろ足の爪をかけて蹴る。二度の跳躍で塀の上に達する。塀の上は木の先端がとがっていて狭いが、これくらいなら問題ない。


見ると、奥に塀がもう一つある。三重になっているとは厳重だな。塀の中には小さな家のようなものがある。斜面に沿った二階建てのような建物だ。その家の上に木でできた台のようなものがあって梯子で登れるようになっているいる。これが通信のためのとぶひというやつか。見ていると人間が二人梯子を上っている。一番上まで登ると何か作業をしている。しばらくすると火が付いたようだ。火は見えないが煙が上がる。

一人の男が火が、火をつけたあたりを囲んでいる円筒形のものを右に左に動かしている。これが、火を使った通信というやつか。もう一人の男は手に持った何かを見ながら指示しているようだ。しばらくして、指示をしていた男が筒のようなものを目に当て遠くの方を見ている。何を見ているのかここかはわからない。しばらくした後、また円筒形をまわしている。筒を覗いたり円筒形をまわすのを何度か繰り返した後、男が火を消して梯子を下りてくる。


男が一人塀の方に向かってくる。どうやらエドガルに何か伝えに来たようだ。

のぞき窓が開く。


「ガレスウェルに状況を伝えたところ、ご希望の通り憲兵が最寄りの宿場町まで来るそうです」

それはよかったが、あの男を町まで連れて行かないといけないのか。


「連絡していただきありがとうございます。では捕まえた男を町まで連れて行きます」

「それと、暗号表の方も確認が取れましたので、本部の方に報告しておきます」

「ありがとうございます」


入ってきた扉の閂が外れ外に出る。

「さて、カイさんが待っているでしょうから急ぎましょう」

「みゃあ」

先に行く、と伝え斜面を駆け降りる。


その後カイと合流しエドガルが憲兵が宿場町まで来ることを伝え、抵抗する男を二人で引っ張るように山を下った。

意外と早く山を下りることができたのは、男が暴れまくり斜面を滑り落ちたおかげだ。平地に降りてからは男が歩こうとしない。しばらくは地面を引きずって進んでいたが、さすがにこれでは日が暮れてしまうということだったので、私が協力することにした。もちろん、猫の形態なので押したり引っ張ったりはできない。何をしたかというと、男の肩に乗って鋼鉄の爪を伸ばし男の首のあたりに当てたのだ。私の意図を把握したカイが、おとなしく歩かないと首を引き裂くと伝え、ようやく普通に歩いて町に到着した。フクロウが来ないのはちょっと気になるが。


憲兵が馬車でやってきたのは日も暮れかけた頃だった。

帰りはこの馬車に乗せてもらい帰ることになった。馬車の前にはランプがついていて夜でも走ることができるようになっていた。


今回の仕事も私の働きが大きかったな。見張りを先に見つけて対処したし、フクロウに奪われた暗号表も取り返したし、暴れる男をおとなしくもした。今回の報酬は予想の倍はあるし、この男を捕まえたことでさらに報酬も増えるはずだ。私はお金には興味はないが、あれば役に立つこともあるからと、報酬は三人で均等に分けることになった。

お金の使い方についてはそのうち考えてみよう。

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