第72話 新たな洞窟 その2

新たな洞窟への入口は、8層の下り坂になっているところの天井付近にある。

この前来た時は梯子を使って入口まで登ったが、今は木で作られた階段が用意されている。


横穴を通り抜けて洞窟に入ると、こっちにもキャンプのようなものが作られている。キャンプは入口のある下り坂手前の平らなところにも作られていたのだが、3層や5層のキャンプに比べるとかなり小規模なのでこっちにも作ったのだという。規模は新洞窟の方が大きいような気もするが、荷物置き場のような感じでたくさんの荷物が置かれていて、何人かの人間が荷物の周りに集まっている。


「これで足場を組もうってわけだな」

ギースが荷物置き場を指さす。箱や木が積み重ねられている。

「足場を組むにしては、これらの木は短いような気もしますが」

これは魔法使いのエドガル。これまでも何度か一緒に仕事をしたことがある。

今回は、ギース、エドガル、私、の3人で来ているのだ。


「ああ。横穴が曲がっていて長いのは通らないんだと」

ギースがこたえる。確かに、下ってから登るところが急に曲がっている。


「作業員はこっちに集まって!」

人間の女が荷物置き場のあたりにいる人間に声をかける。


「じゃあ、俺は初日は足場を組む仕事やるんで、明日からよろしくな」

「はい。じゃあ、私は洞窟の方に行ってきます」

そういうとエドガルは先に横穴のある奥の方に進んでいく。


ギースは縦穴に入る予定なのだが、足場とやらを組む仕事もやってお金を稼ぐらしい。ここに来るまでもいろんな荷物を手配したり運んだりしたそうだ。縦穴に入っても、何かを発見するか魔物とかを倒さないとお金にはならないので、確実に金を稼ぐためにそういった仕事もするのだそうだ。


ギースら作業員は、積み上げられている荷物を持ち、縦穴のある洞窟につながる狭い横穴に向かう。横穴の入口は以前に比べるとかなり大きくなっている。下ってから登るところは岩が堅くてあまり削れていないそうだが。


「で、お前は今日は何もしないんだったな?」

「みゃあ」

その通りだ。


初日はここで寝そべって過ごす予定なので、猫の姿のままでここに来ている。明日使う予定の鎧と剣はギースに運んでもらった。

ということで、私は先に縦穴のある洞窟に移動することにする。


こっちの横穴の出口にも木で作られた階段が設置されていて、横穴からは簡単に降りられる。

明かりが多数設置されていてけっこう明るい。人間も大勢いるので、もうこのあたりにはトカゲは出てこないだろう。まあ、出てきたとしても、鋼鉄の爪で対処できるはずだ。


縦穴の周りには木で柵が作られていて、穴の上をまたぐ橋のようなものが二つある。橋は上の方に丸く膨らむ半円状の形をしており、十字を描くように二つ作られている。橋の上では人間が2人なにか作業をしているが、よく見ると二つの橋が交わるところには穴が開いているようだ。何を作っているのだろう。それに柵から穴の中にたくさん紐がぶら下げられている。あの紐で下に降りるのだろうか。


さて、どこで寝そべろうか。人間が多くてうるさいが、あまり離れるとトカゲが出て来るかもしれない。縦穴が見える洞窟側面のでっぱりに登るとするか。


時々目を開けて人間が動き回っているのを眺める。ギースら作業員が次々と木やら箱を運び込んでくる。狭い横穴を通って荷物を運ぶの大変そうだ。


人間が話している内容からすると、あの縦穴にかけられた橋に作られた穴は、人や物を載せた籠を降ろしたり上げたりするためのもののようだ。白兎亭の井戸で水をくみ上げるのに使っている桶と同じようなものか。その桶を人間が載れるくらいの大きさにするということらしい。

この穴はとても深いので、同じような橋を縦穴の途中にいくつか作るのだそうだ。縄梯子で木を背負って降りている男らがいるが、その作業のためだろう。縦穴には横穴も多いそうだから、横穴のあるあたりに作るのかもしれない。


食事は8層のキャンプに戻って取るのだが、猫の姿でいると人間が食べ物を分けてくれるので、食事代を出す必要はなかった。作業員は食事が出るそうなのだが、そうではないやつは食事を持参するかキャンプでお金を払って買うしかないということだったのでお金を持ってきていたのだが、使う必要がなかった。明日の朝も、朝食が終わるまでは猫の姿でいることにしよう。


そんな感じで涼しいダンジョンでゴロゴロしたり人間が作業しているのを近くをうろついたり、あたりを走る虫を追いかけたりしながら過ごし、充実した初日が終わった。



翌日、いよいよ縦穴だ。

人を下ろす籠はまだ完成していないので、縄梯子を伝って降りることになる。目的地は横穴だ。

縦穴に横穴はたくさんあるようだが、人が通れるくらいの大きさのところに入る予定だ。まだ誰も入ったことのない横穴で、その長さや分岐についても調べることになっている。そういった調査をすることでもお金をもらえるのだそうだ。


「で、そっちはどうだったんだ?」

ギースがエドガルに質問する。


「いやー、やっぱり人間が来たことのない洞窟はいろいろいましたよ」

「ほう、楽しそうじゃねえか。どんなのがいるんだ?」

「聞いていた大トカゲには出会わなかったんですけど、巨大な蛇に出くわしました。うろこが固くて剣や弓矢では歯が立たず、動きも早くてけが人が何人も出ました。骨折した人もいましたね。私の火炎魔法も大して効かず、結局逃げられましたけど」

そういえば、あの大トカゲも鱗が堅かったな。


「でかい蛇は厄介だな」

「ええ、後は、トカゲ、虫、が多いですね。虫の大群にはちょっと参りましたよ、むやみに焼き払うわけにはいきませんからね」

そういうとエドガルは杖を軽くふるしぐさをする。そういえば、虫はトカゲやらの動物の餌なので、火炎魔法とかで大量に焼き払うのは禁止されているとかいう話を聞いたことがある。


「金になりそうなのはあったか?」

「そうですね、結晶とかキノコの類はいっぱいありましたよ。手付かずですからね。後、ワームがはい回った跡がいたるところにあって、同行した男の話だとその粘液も売れるそうです。私はそういったのを入れる瓶とかは持ってきてないので採取はしませんでしたが」


「なるほどな。縦穴は、上から覗き込む限りは壁をはい回ってる虫かコウモリくらいしか見えねえが、横穴にはどんなのがいるのやら」


ということで、ギースを先頭に縄梯子を降りていく。

縦穴の壁面で岩の突き出たところに小さな足場が作られていて、いったんそこに降りる。足場は紐でぶら下げられているようだ。縦穴の周りに作られた柵から何本も紐が穴に降りていたが、こういった足場をぶら下げていたのか。


「で、ここで猫、お前の出番だ」

ギースが私の方見ている。なんか楽しそうだ。

「何をするのだ?」

「あのあたりに大きな横穴がいくつもあるだろ?」

ギースが指さす方を見ると、確かに人間が入れそうな大きさの横穴がいくつか見える。

「そうだな」


「身軽なお前はあそこに行って、奥行きのある横穴かどうかを調べるんだ」

跳躍力に自信はあるが、斜め下方向にある横穴に入るのは無理だろう。

「ここからは無理だと思うが」


「紐がいっぱい上からぶら下がってるだろ?」

ギースがあたりを指さす。

「そうだな」

確かに柵から紐がたくさんぶら下がっている。今いるところのように足場には繋がっていない、単にぶら下がっているだけの紐がほとんどだが。


「ぶら下がっている紐を伝っていって見てきてほしいんだよ」

「そういうことか」

それならできそうだ。


「落ちると大変だから、この紐を腰に巻くんだ」

そういうとギースは私の腰のあたりに紐を巻いて結びつける。この前横穴に入った時のような感じだな。


「その穴が奥行きのあるものだったら、その穴の前にぶら下がっている紐を掴んでここまで持って戻ってきてくれ」

「なるほど。その紐にぶら下がれば我々もその横穴に入れる、ってことですね」

エドガルが指摘する。確かにその方法ならギースらも横穴に行けそうだ。

「ああ。横穴に行ったら、その横穴に入るための足場を作るってのも仕事の一つだ」

いろんな仕事を引き受けているんだな。


やることは分かったので、ぶら下がっている紐に向かって跳躍する。手で掴むというのは慣れない動作だが、何とか狙い通りの紐を掴むことができた。

紐を掴んで縦穴の壁を蹴って横に移動し横穴に入る。首にかけたエドガルにもらった光る石に驚いたのか、コウモリの大群が横穴から外に飛び出す。


「大丈夫か?」

ギースの声が聞こえる。

「問題ない。この穴はすぐ先が行き止まりなので別の横穴に向かう」


紐にぶら下がり壁を蹴ってちょっと下にある横穴に入る。

こっちにはコウモリはいないが、奥はすぐに狭くなっていて人間は通れそうにない。

さらに下にある別の横穴に向かう。上からぶら下がっている紐の端がかろうじて届いている。

この穴は奥行きはありそうだが、すぐ先が曲がっていて奥が見えないので、様子を見に行くことにする。

曲がり角からのぞき込むと、光が届かないようで先が見えない。つまり長いということだ。


ここに来るときに使った紐に飛び移り、壁を蹴って近くの岩のでっぱりの上に着地する。ギースらが目的地に行くための使う紐を腰に結び付けておく。ギースらのいる場所は離れているので、そこに戻るには他の紐を使う必要があるのだ。


「よくやったぞ、猫」

「さすがです。シイラさん」


二人同時には移動できないので、まずはギースが移動。私が紐を持ち帰り最後にエドガルが移動する。

ギースが紐を揺らしながら上にいるやつに合図すると、木で作られた足場が紐に結び付けられて降ろされてくる。その足場を横穴に固定するため、ギースは金属製の杭を打ち込む。打ち込んだいくつもの杭と足場を紐でつないで出来上がりだ。


「こんな感じだな」

足場の上に乗ったギースが満足そうにいう。

「奥を見てきましたけど、結構長いですね。虫と蛇が多いですが」


「よし、じゃあ、行くぞ」

ギースはそういうと奥の方に進み始める。


角を曲がりしばらく歩くとギースが突然立ち止まる。

「なんだ、これは」

「階段ですね」

エドガルがつぶやく。確かに、岩を削って階段が作られている。


「足場はさっき俺が作ったのが初めてだ」

「見たところ古くからあるような感じですね」

「誰も知らないくらい昔に誰かここに来たってことか?」

「かもしれませんが、その割にはここに来るまでの洞窟は手付かずでしたね」

「ってことは、他の入口があるってことか? つまりこの先がその入口に繋がってるのか」

「その可能性はありますね」

「大発見じゃねえか!」

ギースが嬉しそうだ。これは本部から賞金かなにかもらえるかもしれないな。


「よし、先に進むぞ」

ギースはそういうと階段を下りていく。

階段は短く、そのあとは緩い下り坂になる。

しばらく歩くと、なんか空気が変わったような感じがする。

「なんか、空気が変わったな」

といってみる。

「確かに。この先に何かありそうですね」


明かりが照らす洞窟の先で、天井や壁が見えなくなっているところがある。洞窟が広くなっているのかもしれない。

先頭を歩いていたギースが立ち止まる。追いつくと、確かに広くなっているところに出た。


「こいつはいったい...」

「これは、人間? 子供?」

見ると、骨がたくさん転がっているがずいぶん小さい。それに剣や盾も骨の近くに落ちているが小さい。私の剣よりは大きいが、人間が持つものよりは小さい。


「戦場跡か?」

ギースが骨の近くにしゃがむ。

「これは...」

エドガルも座りこんで骨を見ている。

「これはゴブリンの骨じゃないですか?」

ゴブリン? 聞いたことのある名前だな。

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