第53話 部屋の模様替え
朝、中庭で剣術の練習をした後、自分の部屋に戻り服を脱ごうとしたところで扉をたたく音が聞こえる。
この部屋、家の形をしていて屋根もあるのだが、天井の
再度たたく音が聞こえるので扉を開けることにする。
扉を開けると棒が見える。下を見るとベルナが
「おはよう、シイラちゃん」
「おはよう」
「ちょっと待っててください」
そういうと予め用意していたらしい梯子を梁にかけてくる。戻ってくるときに梯子があったどうか覚えていないが、いつの間に持ってきたのだろう。
ベルナが梯子を上り扉のところまで登ってくると、開いた扉から頭を突っ込んでくる。
「入るのは無理だと思うが」
「あー、やっぱり」
部屋の中を見回すベルナ。
「なんの用なのだ」
首まで頭を入れてくるので、後ろに下がる。
「もう!」
なんか不機嫌なようだが、いったいなんなのだ。
「殺風景じゃないですか!」
聞いたことのない言葉だが、どうも非難されているようだ。
「シイラちゃんはかわいいんですから、部屋もかわいくしてくださいよ」
ベルナがよくいう、「かわいい」というのはよくわからない。
「ベッドも使ってる感じがしないですね。あ、もしかしてシーツをかけずに寝てます?」
首を突っ込んでいる入口に手を押し込み、ベッドの方を指さすベルナ。
「寝る時は猫の姿だから、ベッドの上に乗って寝ているが」
「えー、せっかくベッドを整えたのに台無しじゃないですかー」
どう寝ようが私の自由だと思うのだが。
「それとカーテン使ってます? 夜にひいてます?」
「いや。誰にも覗かれることもないから使っていない」
「えー、かわいい布で作ったのに!」
窮屈そうに首をまわして私の方を見るベルナ。
「それに机の上もなにもないじゃないですか」
今度は首を上に無理やり伸ばし机の方をのぞき込む。
「使ってないから」
椅子も使っていないが。
「はぁ」
ため息をつくと床に顔を付けるベルナ。
「あ、掃除もしてないじゃないですか!」
すぐに顔を上げ、指で床をこする。
「ほら、埃だらけです!」
掃除というのは塵を取ったり濡れた布で拭うことだったな。これまでやったことはない。
「あ、小さい
何かぶつぶついいながら首を部屋から引き出し梯子を下りていくベルナ。梯子もはずしてどこかにもっていく。
結局なんの用だったのだ。
取りあえず服を脱いで猫の姿に戻り、いつものように日の当たる窓辺にいって寝そべることにする。
今日は曇りだが、最近は暖かいので日が差していなくても問題ない。
昼に白兎亭食堂が開き騒がしくなってきた。ベルナが食堂で働いているのが見える。
さて、屋根の上にある洗濯ものを干す広場に移動するか。そこで寝転んで夕方まですごすのが日課だ。
夕方。日が傾いてきた。日の差す時間も長くなってきたような気がする。以前いたところも春から夏に向けて昼間の時間が長くなったが、ここも同じようだ。
何事もなく今日も穏やかな一日だった。いや、朝ベルナが騒いでいたがあれはなんだったのだろうな。
まあいい。そろそろ夕食の時間だ。いつもの場所で食事をとっていると、食堂で働いているベルナが近くを通りかかる。
「せっかくシイラちゃんの食器とか買ってるのに、それを使わないのが問題よね...」
そういうと仕事に戻っていくベルナ。
人間に変身できるようになった最初の頃、ベルナとリスタに人間の子供用の食器を買ってもらったのだが一度も使っていない。そういえばその食器はまだリスタの部屋に置いてあるんじゃないだろうか。使わないから埋もれてしまっていると思う。部屋もできたから持ってきておいた方がよさそうだ。
食事は1日に2度用意されるが、食堂で出される人間用の食事とは別に用意されている。つまり猫用だ。なので人間の姿で食事をすることはない。人間の姿で食事をするのはダンジョンに行った時くらいだ。
翌日の朝。いつものようにネズミ狩りを終えて中庭に移動する。
食事が出てくるのを待つが出てこない。どうしたのだろうと食堂に入るとベルナがいる。
「あ、シイラちゃんおはよう」
「みゃあ」
おはよう。
「今日から、シイラちゃんの朝食は私が用意します。私と一緒に食べるんです」
そういうとテーブルの方を指さす。
見ると、椅子の上には箱が置かれている。私の身長でもテーブルを利用できるようにしているのだろう。食事はテーブルの上にあるようだ。
「人間に変身してきてください」
つまり人間の姿で食事しろということか。
いつもは食事の後で白兎亭内を巡回しその後に変身するのだが、まあちょっと早くなるくらいなら構わないか。
部屋に戻り人間に変身し食堂に戻る。
椅子の上に置かれた台に座る。テーブルの高さがちょうどよい。テーブルには小さな皿とスープの入った皿、スプーンとフォーク、それに小さなパンが置かれている。向かいの席に着いているベルナはにこやかだ。
「シイラちゃんのために買った食器がようやく使えますね」
「そうだな」
皿に載っている食事は猫用に用意されるものと同じもののようだが、量が少ない。その代わりスープとパンが付いている。
「ベルナさんおはよう」
ハルトが朝食をもって近づいてくる。
「おはようございます」
ベルナがあいさつを返す。
「あれ? 人間の格好で食事?」
私に気づいたハルトがいう。
「なぜかそういうことになった」
「そうです。これから毎日シイラちゃんと一緒に朝食を食べるんです!」
いつのまにか一緒に食事することになったようだ。まあ朝食は食べるし、人間に変身するのは朝の日課だし構わないが。
「あら? シイラさんのお食事は宿泊者用のものじゃないですか?」
見るとアリナさんがテーブルの横に立っている。
「え? あ、あの、その...」
ベルナがあわてている。
白兎亭の朝食は宿泊者向けで、宿泊料金に含まれている。前日の夜の残り物らしいが。
私は宿泊費を払ってはいないが、私の食事は毎日専用のものが用意される。ネズミ狩りの仕事をしているので、その報酬として1日2回の食事と建物内に宿泊することができている、ということだ。
「シイラさんからは宿泊代をいただいていませんけど」
まあそうだが。私の朝食と宿泊者向けの朝食の違いは、スープとパンがあるかどうかだ。その分、皿の食事はちょっと少ないが。
「スープとパンがあるかないかの違いだろ? それに皿は猫用のより小さいじゃねえか」
隣のテーブルにいたギースがこっちをのぞき込みながらいう。
「アリナさん、細かいことはいいっこなしですよ、この猫は泥棒捕まえたり活躍してるんですから」
近くにいた他の宿泊者もアリナさんの方を見る。
「猫からも金をとろうってのか」
「そんなに小銭が欲しいのかよ」
「昨夜の残りものなのにな」
「貧乏人からむしり取るだけじゃあ足りないってか?」
誰かは分からないがいろんな声が聞こえてくる。
「そ、そうですよ」
ベルナも周りの声に気を取り直したようだ。
「私はどちらでもいいのだが」
と正直にいってみる。ベルナがにらんでくる。
「ちょ、ちょっとからかっただけです」
周りの反応にちょっと戸惑うようなアリナさん。
「別にダメだといってるんじゃないんですから。皆さん、私のことを守銭奴か何かと勘違いされているようですねっ」
アリナさんはそういうと厨房の方に向かって歩いていく。
どうやらこの食事で問題はないようだ。
「み、みなさん、ありがとうございます」
ベルナが立ち上がって周りの宿泊者らにお礼をいっている。私も礼をいった方がよいのだろうか。ただ、私は人間用の食事をとりたいというわけでもないし、これはベルナが勝手にやったことだから構わないか。
そんなわけで、朝食はベルナと一緒に食べることになった。
ただ、私は白兎亭の住民、特に人間の女に人気があるから、毎朝同じテーブルはもちろん隣のテーブルもすべて埋まることになった。いろいろと話しかけられて落ち着いて食事ができず、できることなら猫用の食事に戻りたい。
話をするだけならまあ問題なかったのだが、ベルナが私の部屋のことをいろいろと批判的、殺風景、だったか、とかいい始めたものだから他の人間の興味をひいてしまい。大勢の人間が私の部屋をのぞきに来ることになった。
それだけなら実害はなかったのだが、模様替えとやらをするということで私の部屋が
机の上には花瓶とやらに花が突き刺してあり、水は時々変えないといけないそうだ。なんでそんな面倒なものを部屋に置かなければならないのだ。それと箒と雑巾が机の上に置かれていた。これを使って私が掃除をするのだそうだ。人間はなにかと面倒だ。
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