第75話 新たな洞窟 その5
『ゴブリン帝国の逆襲』
瓦版の広告に大きく書かれている文字だ。
エルナによると、ゴブリンは群れで行動するので、やつらにも人間のような国があるだろうということでこのような題にしたのだという。群れは他の動物も作るが、単なる動物の場合は国とはいわないそうだ。ゴブリンは人間のように鎧や武器を使うし、見かけも人間に似ているので、国があると考えたほうがより印象的で広告には最適な表現なのだという。
そのあたりはよくわからないが、この広告のおかげか瓦版はすごく売れているのだという。エルナらが作る瓦版が売れているので、他にも瓦版を作る会社がいくつもできたそうだ。白兎亭でも瓦版を読んでいる人間をよく見かける。
今では白兎亭の食堂でもいろんな瓦版が売られている。売り上げの一部は白兎亭の儲けになるそうで、アリナさんも上機嫌だ。
瓦版を並べている棚はエルナの会社が用意したものなのだそうだ。他の会社の瓦版も並んでいるが、手数料をもらって置いているのだという。ほかの会社も自分で棚を用意すればよさそうだが、今はどの会社の瓦版もすごく売れているので、瓦版を作ることに直接関係のない仕事をする人間が足りないのだという。エルナの会社は好調で働く人間も増えたので、こういった仕事ができるのだそうだ。
ギースが書いた記事は今回も好評ということで、内容を読んでみた。ギースはゴブリンを10匹以上倒し、逃げる時もゴブリンをなぎ倒しながら走ったのだという。全く気付かなかった。
エドガルに聞いたが彼も気づかなかったそうだが、笑いながらこたえたので何がおかしいのか質問したところ、これは大げさに書いたものなのだという。つまり、実際は1匹も倒していないが、戦って倒したことにした方が記事が面白くなるのだという。
エドガルも、横穴まで追ってきたゴブリン3匹を熱波攻撃で吹き飛ばしているし、私も縦穴にかかる橋の上で矢の攻撃を剣で受けながら状況を報告したことになっている。大げさというのは嘘とは違うのだろうか。
洞窟はどうなっているかというと、8層にある入口と、縦穴につながる狭い横穴は閉鎖されて剣士らが見張りについている。今のところ、その横穴からゴブリンは出てきていないそうだ。洞窟の奥には大勢の人間が入っているはずなので、救出に向かった剣士らもいると聞いた。
横穴にゴブリンは来ていないが、ダンジョンの森でゴブリンを見かけたということだ。封鎖された洞窟にはコウモリがいたので、外に繋がる穴があるんじゃないかといわれていたが、実際、そういう穴があったようだ。今のところ奴らの集団は見つかっていないが、地上に出ていることが確認されたということで、街の外に出る際には剣士の警護が必須になった。
例の騎士団や僧侶らだが、ゴブリンについて何か知っているはずなのに説明がない。この点についても瓦版で書かれたことから、ガレスウェルの住民も不満を持ち、彼らが宿泊している教会の周りには抗議する住民が多く集まった。
エルナによると、こういった場合は関係者が説明責任を果たすために記者会見とやらを開催すべきなのだそうだ。何のことやらわからないが、レブランにいろいろと相談していたところ、ギルド本部としても説明もなくダンジョンを閉鎖されることになり抗議していたこともあり、エルナが主張する説明する場が設けられることになった。
仲間内で小さな声で話すだけの連中が説明するというのは意外だが、彼らにしてもギルド本部らの協力は得たいということもあって、要求に応じたのだろうということだ。
記者会見の場所はギルド本部の会議室。記者会見と呼んでいるのはエルナだけで、他の人間は説明会と呼んでいる。
説明会には、ギルド本部、憲兵本部、市役所の人間、それと瓦版を出している会社の人間が集まった。最初は瓦版の関係者は入れなかったそうなのだが、市民の協力を得るには必須ということでレブランやエルナらが強く主張し認められたのだそうだ。これら関係者以外の人間は入れないのだが、私は猫の姿でエルナの膝の上に乗って話を聞くことができた。
会議室の前に座るのは、騎士団の団長と僧侶の一人の二人だけだ。残りの僧侶は一番前の壁際の席に座り、残りの騎士団の男は壁のところに立っている。反対側の壁には、洞窟に一緒に行ったギルド本部の女が立っている。
「では、早速ですが、洞窟で発見されたゴブリンについて説明をお願いします。あの閉鎖された洞窟について何か知っているようですので、そのあたりから」
女が前に座っている二人に向かっていう。
「ダルキウ村を知っているか?」
騎士団の男はそういうと女の方を見る。やはりしゃべるのはこの男だけなのだろうか。
「ダンジョンの森の先にある村のことですか?」
女がそう質問すると、うなずく男。
「ここ、ガレスウェルが建設される50年以上前からある村だ」
「小さな村ですね。冬の猟期には人が集まると聞きますが」
女がこたえる。
「以前はもっと大きな村だったのだが、その村をゴブリンが襲うようになった」
「え? あの辺りにいたということですか?」
女はちょっと驚いているようだ。周りも騒がしくなる。そんな話は聞いたことがない、という声が聞こえてくる。
「その時は我々ハリエル騎士団が撃退した」
「その際にあの洞窟を閉鎖したのですか?」
「地上への出口につながる洞窟はすべて5重に封鎖した」
また騒がしくなる。5重と聞いて驚いているようだ。
「5重? 私たちが見たあの石垣は5つ目ということですか?」
「そういうことだ」
ゴブリンがあけた狭い横穴を通り抜けて反対側に行った際には4つ目は見えなかったが、離れた場所に作ったのだろうか。
「村にザグリエル教会があるが、あの教会も出口をふさいでいるのだ」
また、騒がしくなる。
「あの場所に洞窟への入口があったということですか?」
「教会による封鎖が破られていないことは確認している」
「質問いいですか?」
後ろの方の席にいる人間の声が聞こえる。後ろにいるのは、瓦版を出している会社の人間だったか。
「はい、どうぞ」
ギルド本部の女がこたえる。
「5重に封鎖したということは全滅させたわけではなく閉じ込めた、ということですか?」
後ろ足で立ち上がりエルナ肩ごしに後ろを見ると、女が立ち上がって質問している。
「記録では、ゴブリンの大群を撃退した後、掃討作戦で洞窟に入ったが、一部は狭い横穴に逃げ込んだということだ。それで、閉鎖した、とある」
「今回、封鎖が不十分だったということでしょうか?」
今度も後ろの席にいる男が質問している。
「わからない。記録によれば、戦いは3年にわたったが最終的にゴブリンの戦士はすべて排除、やつらの居住地もすべて破壊している。逃げたのはごく一部だったので、閉鎖すれば小規模で害のない群れになると当時は考えたようだ。今のマグダのように」
あちこちから小声で話す音が聞こえてくる。
マグダには行ったことがないが、そこにいるゴブリンは人間を襲ったりしないということなのだろうか。
「なぜ、ゴブリンのことを秘密にしたのですか?」
「ガレスウェルができる50年前の話で、知っているのは当時ダルキウ村にいた人間だけなので忘れ去られたのだろう。秘密にしていたわけではない」
「大群はダンジョンの奥に進んだと考えられていますが、彼らの目的は何だと思いますか? それと、どう対応する予定ですか?」
「ダルキウ村では家畜や人間を襲っていたと記録されているので、同じことをやろうとしている可能性はある。我が騎士団の援軍が到着し次第、殲滅する」
ざわつく会議室。エルナもさっきから手帳に色々と書いているが、文字を書く速度が早くなる。
「あの縦穴について何か知っていますか? 階段が作られていたという話ですが」
「あの場所に奴らの村があったとされている。空洞が多い場所だったこともあり、魔法使いの力で陥没させたと記録にある」
「え? あれは魔法使いが作ったんですか?」
「縦穴の底には多数のゴブリンが埋まっているはずだ」
さらにざわつく会議室。
「では、最後の質問です。騎士団の増援が来るとお聞きしましたが、どのくらいの数でしょうか」
そろそろ予定の時間に達したのだろうか。
「援軍は50名、明日には到着予定だ。相手は数が多いので、ギルド本部に登録している剣士や射手、戦えるものは誰でも協力を願う」
50名か。今ここには5名いるから合計で55名か。狭いところで戦う場合は多いような気もするが。
「あのーすみません。もう一つ質問いいですか?」
声のする方を見ると、真ん中あたりの席にいる男が立ち上がっている。
「市役所の方ですね。どうぞ」
「ありがとうございます。その、ゴブリンの殲滅ですが、どのくらいかかりそうでしょうか。街の外に出るのは危険といわれてますが、収穫祭まであと70日もありませんし、それまでに解決できるでしょうか?」
周りの人間があれこれ話し始める。収穫祭の開催を心配しているようだ。
「ダルキウ村では3年かかったとされている。相手の規模が不明だが、少なくとも1年はかかるのではないかな」
男の回答に会議室が騒がしくなる。
さらに質問をしようとする人間が何人も立ち上がるが、説明会は打ち切りになった。
翌日の瓦版も大いに売れたが、中には収穫祭が中止になるかもしれない、と書いているものもあるようだ。そんなことは誰もいっていなかったと思うが、これも大げさに書いているのだろうか。
瓦版があれこれ書くので、白兎亭の食堂もその話題で持ち切りだ。
「ゴブリンだかなんだか知らねえが、要は魔物みたいなもんだろ。そんなのの群れが一つ増えたからってどうだってんだ。収穫祭が中止なんてのはありえねえ」
「まったくだ。これまでだって、大トカゲの群れがダンジョンの森に現れたこともあったしな」
「ああ。生け捕りにした大サソリが街で逃げ出したって騒ぎもあっただろ」
「収穫祭はこの街にとって非常に重要な祭りだ。騎士団のえらい人はそれがわかってねえんだ」
「逆に、ゴブリンがいるってことになりゃあ、この街にくる剣士やらも増えて商売は大繁盛だろ」
「その通りだ」
こんな会話が街のあちこちで話され、市民も市役所の前で収穫祭を中止にするな、と抗議していると聞いた。
そんな中、ダンジョンの森でゴブリンが出てくる穴を探していた剣士らから、ゴブリンの大きな群れを発見したとの報告がギルド本部に入った。
報告によると、ゴブリンの数は少なくとも1000以上。今のところ集まっているだけで動きはないとのことだったが、ガレスウェルの近くでも何匹か見かけたということから、街に向かってくるかもしれないということだ。
この集団発見の知らせはあっという間に街中に広まり、武器を持った剣士、射手、冒険者らは街の門の前にでて砦を作り始めた。木で作った壁や大きな弓矢のようなもの、石を投げる装置などが並び始めた。街を囲む壁の上にも人間がいてあたりを監視している。
今回の戦いは、騎士団と憲兵団が指揮して戦うことになった。集団同士の戦いは、ダンジョンでの魔物相手の戦いとはやり方が違うのだという。
戦いには、もちろん私も参加する。素早さでは負けない自信はあるが、相手は小さいとはいえ私よりは大きいし武器を持っている。ムカデやサソリ相手のようにはいかないだろう。
戦いに参加するものは、使う武器や経験によっていくつからの班に分けられた。
私は、体が小さいこともあり後方支援という役割になった。奴らは小さいので、どこかの隙間や荷物に紛れて街に入ってくるかもしれないということで、街の中を巡回することになった。私は屋根の上から見張る役割だ。同じ班で一緒に行動するのは、まだ若い初心者の冒険者とか街で働く市民たちだ。知っている人間もいる。鍛冶屋の見習いで私の剣を作ってくれた若い男だ。
街の広場でそれぞれの持ち場を指示され配置につく。
さて、どんな戦いになることやら。
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