第67話 久しぶりのダンジョン その2
ダンジョン8層。
9層に向かって下り坂が続く洞窟に、梯子が置かれている。
「天井のあたりにあった横穴が崩れて、人が通れるくらいの大きさになっているのが見つかったのだ」
カイが上を指さす。
「以前シイラくんと一緒に測量士の護衛をやっただろ?」
「そうだな」
あの時は10層にいったのだったか。
「その経験を買われて今回このパーティーのリーダーになったのだ」
「経験? なにかの護衛なのか?」
測量は手伝わなかったからな。
「いや。測量士と一緒に仕事したということで、大まかな洞窟の長さとか分岐を調べることになったのだ」
肩をすくめるカイ。
「測量士に連絡はしているが、来れるのは13日後と聞いている」
なるほど。
「それまで、どの程度の洞窟なのかをまず確認したいということだ」
梯子を上り横穴に入る。私の身長でもぎりぎりの高さだ。人間は両手を地面に付いて這って進んでいる。
しばらく登ったり下ったりしながら進む。人間には曲がりくねった狭い洞窟は進みにくそうだ。
ようやく広い洞窟に出る。梯子を伝っておりると、人間が持っている明かりから逃げるように何かが逃げていく。虫の群れと蛇のような長いやつ、天井にはコウモリのようなのもいたようだ。何かの動物の骨や鱗のようなものが多数転がっている。
「この先で洞窟は二手に分かれていて、どちらも70スタッドほどで行き止まりなのだが、横穴が多数ある」
スタッドというのは長さを表す言葉だったな。
「コウモリがいるということは、外につながる横穴もあるのだろう」
コウモリが飛んでいった方向を指さすカイ。
「エルザールは昨日同様右の洞窟の横穴を調べてくれ」
カイはそういうと歩き始めるのでついていく。
「おう」
エルザールと呼ばれた男が4人引き連れて先に進んでいく。
「シイラくんには、左の洞窟の突き当り付近にちょっと大きめの横穴があるのだが、そこを調べてもらいたい」
「わかった」
「その横穴から空気流れてくるので外かもっと広い洞窟に繋がっている可能性があるのだが、狭いのと急角度で曲がっていて人間では中に入れないのだ」
そういうことか。
「さっきから虫とコウモリくらいしか見ないが、こんなに大人数が必要なのか?」
気になっていたので聞いてみる。
「大ムカデと大サソリがいるのでな。それに広間に転がっている骨の大きさからすると、それなりに大物もいそうなのだ」
そういうことか。ただ、この洞窟に繋がっているのが小さな横穴だけなら、それほど大きな奴はいなさそうだが。
左の洞窟に進み、目的の横穴のあるところに到着。
「穴を広げられるかちょっと掘ってみたのだよ」
確かに、入口のところは人間がしゃがめば入れるくらいの大きさになっている。
「すぐ先が下方向に曲がっていてどうなっているかわからないから、念のためこの紐を結んでおいた方がいいだろう」
そういうと、私の腰に紐を結びつける。
「何かあったら叫ぶか紐を引いてくれ。合図があったら紐を引っ張るから」
手渡された光る石を首にぶら下げ横穴に入り、急こう配を滑り降りる。そこから先は上方向に曲がっている。これでは人間は通れないな。
二度方向を変えてからはほとんどまっすぐな下り坂になった。多少は広いところもある。
風が正面から吹いてくる。風に向かって進むと、横穴の終点、別の洞窟にたどり着いた。真っ暗でようすがみえないので、明かりを手にもって横穴から突き出してみる。見たところ、洞窟というよりは大きな空間という感じだ。反対側の壁まで結構な距離があるように見える。下はそれほど高くはなく、問題なく降りられそうだ。空間の真ん中あたりにあるのは大きな穴なのか。光が届かず真っ暗なままだ。ものすごく深いのかもしれない。
下に降りてもいいが、いったん元に戻って大きな空間があることを伝えることにするか。
引き返そうとしたところで、空気の流れが変わる。何だろうと空間の方を見る。何もないか。いや、上か? 横穴からそっと顔をだして上を見る。何かが迫ってくる。顔を引っ込める。壁をこするような音が近づいてくる。爪で岩をひっかいているような感じか。音の感じからするとかなり巨大な爪だ。
岩をひっかく音が聞こえなくなったと思ったら、大きな目が横穴を覗いているのが見える。手に持った明かりがまぶしいのか、目の瞳孔が小さくなる。猫の目のような感じだ。顔には
幸い横穴には入ってこれなさそうだが、念のため剣を抜く。だが、ここは狭くて剣を使うのも難しい。引き返した方がよさそうだ。剣をしまい元来た方向に体を向ける。
「グギャーー!」
突然の大きな音とともに発生した空気の流れに押され、体が前に倒れてしまう。吠えるのか、あのトカゲは。
立ち上がろうとしたところで紐が引っぱられる。カイらも大声に気づいたのだろう。
強く引っ張られるので、倒れないように走るのは一苦労だ。紐は腰に結び付けられているので、紐が地面をこする曲がり角では立った状態を維持できず倒れてしまい、そのまま元の洞窟まで引っ張り出される。
「大丈夫か!」
「何があった?」
「さっきのは何の叫び声だ?」
「横穴は大きな空洞に繋がっていた。そこに巨大なトカゲみたいなのがいたのだ」
「なんと」
「大物か!」
「紐はどこまで延ばしていた?」
カイが近くの男に尋ねる。
「だいたい10スタッドですね」
「腰に巻いていた分を引くと9スタッドくらいか」
腕を組むカイ。
「それくらいの距離なら、穴を広げるだけなら簡単だ」
「確かに」
「大きな空洞があるとわかってそこに行かないという手はねえ」
「ああ、大物もいるみたいだしな」
「大物がいるとわかってるところに狭い洞窟から入るのは危ないんじゃないか?」
集まった男らがいろいろと話している。
「穴を広げるのは、本部に報告してからの方がよさそうには思うが...」
カイがいう。
「えー」
周りの男らは不満そうだ。
「多少横穴を広げるくらいなら問題ないでしょう」
「問題ねえ」
「大物がいると聞いて帰るなんてできねえ」
「空洞まで調べるのが調査だ」
「その通り!」
「そうだな...」
男らがカイの返事を期待を込めて見つめている。
「大きな空洞だが、そこには大きくて深い縦穴があるように見えた」
穴のことをいってなかったことを思い出したので、伝えてみる。
「なんと!」
「それは報告が必要だな」
「俺たちがやらないと、誰かに先を越されるぞ」
「よし、ではその空洞の調査を行うことにする」
カイがそういうと歓声が上がる。あの叫び声を聞いて、そいつがいるところに行きたがる人間もどうかと思うが、私も戦ってみたいという気はしなくはない。人間が10人もいれば何とかなるかもしれない。
「右の洞窟に行ったエルザールらにもここに来るよう伝えてきてくれるか」
「了解」
若い男が洞窟を引き返していく。
「じゃあ、さっそく」
そういうと、手に小さな金属の棒と木の棒の先に金属の塊のようなものが付いた道具を持った男が二人横穴に向かう。
「取りあえず、下方向に曲がっているところを削って通りやすくすればいいだろう」
カイが指示する。
「下った後、登り坂になる。そこは大きく削らないと人間が通るのは厄介だろう」
と意見する。
横穴からは岩をたたく音が聞こえてくる。
洞窟を削る人間が二人、後の人間は横穴から削った岩を外に運び出している。
途中、昼食をとったり休憩しながら作業を進め、ようやく人間が通れるようになったようだ。
「けっこう削ったと思うが、下って登るところがちょっと通るのは大変だ」
岩を削っていた男の一人が説明する。
「ああ。荷物を先に落として、背中を下に頭から坂を滑り降りてくれ」
もう一人の穴掘りも追加で説明する。
「登ったところがちょっと広くなっていて、そこで数人は待機できる」
「空洞も覗いてみたが、確かにでかい。そいつのいう縦穴らしきものもある」
そういうと私の方を見る。
「空洞には降りられそうか?」
カイが質問する。
「ああ、横穴からはそれほど高くはない。縄梯子を使えば問題ない」
「それに、空洞にはくぼみや突き出た岩も結構あるから、でかいのが出てきても退避はできると思う」
「よし」
「じゃあ、行くか」
ということで、10人と私全員で空洞に行くことになった。
最初に空洞に降りる人間が最も危険ということで、カイが先に降りるということだ。人間は一人ずつしか降りることはできないが、私は体が小さいので、カイと一緒に降りることにした。大物と戦うのは難しいが、カイが梯子を下りている間にあたりを監視することはできる。
幸い、例の大物は襲ってくることなく全員が空洞に降りることができた。
魔法使いが強い光を灯したので、空洞の様子がわかってきた。
例の縦穴だが、明かりを照らしても底が見えない深さだ。ここを探検するには専用の装備が必要とのことだ。私なら長い紐が一本あれば降りていけそうだが。
「こいつはすげーな」
「風が吹き上げてくるってことは、外に繋がってるのか?」
「そうだとしたら、新たなダンジョンみたいなもんだろ、ここに繋がってるってことは」
「ここを降りるのは厄介だな」
男らがあれこれ話している。
「おい、なんかいるぞ!」
男が上を指す。
見ると、空洞の壁に何かが張り付いている。さっきのトカゲだ。
「あれは、
男たちが剣を抜く。弓を持っている奴もいる。
「似てはいるが、口から炎も煙も見えないな」
「それに角が生えてますね。鱗も大きくて硬そうです」
「でかいトカゲであることは間違いない」
「他にもいるぞ!」
見ると、でかいやつの周りに小さいトカゲのようなのがいる。
「グギャーー!」
さっきと同じ叫び声だ。
大トカゲが壁を駆け降りてくる。
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