第56話 例の男 その1
日課になっている洗濯物干場での寝そべりだが、最近は日差しが強くなってきたのであまり長くいられない。ちょっと前までは風に揺れる洗濯物の下にいると、時々あたる日差しが心地よかったのだが。とはいえ、ここは風が気持ちよいので、どこか別の日陰を探すことにしよう。
ふと通りの向こうの建物の上を見ると、目の大きな太った鳥がいる。あれはフクロウという鳥だが、もしかしてあの男と一緒にいたフクロウか? あの男と最初に会ったのはギルド本部に忍び込んだ泥棒を捕まえた時だったからこの街にいても不思議ではない。暗号表を運ぶ仕事でもやりあった。ただ、ライゼルでの仕事の際、その男は殺されると聞いた。あれがあの男と一緒にいたフクロウだとしたら気の毒なことだ。
フクロウがこっちを見る。私に気づいたようだ。
通りに向かって滑空したかと思うと、こちらの建物に舞い上がってきた。手すりの上に乗ると私の方をじっと見ている。
「みゃあ」
何か用か? と聞いてみる。言葉が通じるのかは知らない。
特に反応がないところを見ると通じてないような気がする。
フクロウは飛び上がると少し離れた手すりに再度舞い降り、こちらを見る。また跳び上がり少し進んではこちらを振り返る。ついてこいということか? そんな気はするが、これから寝そべって過ごそうと思っていたところなので無視しよう。
日陰に向かって歩いていると、目の前にフクロウが舞い降りる。音がしなかったのでちょっと驚いた。
フクロウを見ていると、またさっきと同じことを繰り返す。これは間違いなくついてこいということだな。さて、どうしたものか。無視しても同じことを繰り返しそうだ。しかたない。ついて行ってみるか。
屋根を伝って進んでいく。どうやら広場の方に向かっているようだ。
広場に付いたと思ったら、さらにその先に飛んでいく。広場を囲む大きな建物の間の狭い通りに入っていく。これは憲兵本部の建物だったかな。
いったん通りを挟んだ手前の塀の上で立ち止まる。
フクロウがいる建物は塀で囲まれている。その塀は他の建物の塀よりもかなり高い。さらに塀の上には紐のようなものが張り巡らされている。よく見ると紐には棘が付いているようだ。あたりを見回すと塀の中に入る扉があるが、両脇には手に長い棒、武器のようだ、を持った二人の人間が立っている。扉は閉まっているが、ここから入れてはくれなさそうだ。
仕方ないので建物の横に回り込む。塀にはところどころ柱のような太い出っ張った部分があり、その一番上は平らになっているようにみえる。跳躍力と鋼鉄の爪を使いよじ登る。
見渡すと、塀の内側には広場があって人間が大勢たむろしている。全員同じ服装だ。高い塀の内側には人間が歩けるくらいの幅の通路があって、武器を持った人間が一人広場の方を見降ろしながゆっくり歩いている。
取りあえずフクロウのいる屋根の方に移動するか。
通路に降り建物の方に移動する。人間は広場の方を見ているので、足元を音もなく駆け抜ける。建物に近づいたので屋根に飛び乗る。さらにフクロウのいる塔のようなところによじ登ろうとしたところでフクロウが滑空し、隣の建物の向こう側に降りていく。のぞき込むと、建物と建物の間の狭い隙間に小さな窓のようなものが並んでいる。窓には格子があるようだ。
フクロウは下の方にある窓枠の格子にとまっている。窓枠は私が乗るのに十分な広さはあるが、まずは屋根の上から様子を見ることにする。フクロウが格子の間に頭を押し込み小さな窓をつついている。ここからはよく見えないので、近くの格子に飛び乗ることにする。狭いが何とかなる。
見ていると窓が少し開く。中に人間がいて隙間から顔が見える。男のようだ。髪とひげが伸びていて誰かわからないが、フクロウと関係のある男ということはあの男しか考えられない。生きていたのか。
だが、フクロウはどういうつもりで私をここに連れてきたのだろう。
フクロウからすると、私は敵対関係にあった猫だと思うのだが。言葉も通じないし、なにが目的なのか見当もつかない。私になにかできることがあるとしたら、レブランにあの男は殺されていないようだと伝えることか。それがよさそうだ。伝えてどうなるのかは知らない。
次の日、昼の白兎亭。
「シイラさん、久しぶりです」
食堂を歩いていると声をかけられる。
聞き覚えのある声に振り返ると、窓際のテーブルについている男が私の方を見ている。レブランじゃないか。ライゼルに一緒に行った時以来だがちょうどよかった。
「みゃあ」
久しぶり、と返事すると窓辺に飛び乗る。
「食事が終わったら、ギルド本部に来ていただけないですか?」
「みゃあ」
もちろん。
この後、ギルド本部に行こうかと考えていたのだ。
「ちょっと相談したいことがあるのです」
なんだろう。また仕事の話だろうか。
「意見も聞きたいので、人間の姿でお願いします」
食器を見ると食事の残りは少ないが、人間は食事の後でお茶を飲むので、人間に変身して服を着てくる時間は十分にありそうだ。
「みゃあ」
わかった。
そうこたえると自分の部屋に戻る。
レブランの相談というと、この前みたいに悪い人間を捕まえることに協力してほしいということだろうか。あれはあれで面白かった。だが、しばらく魔物とも戦っていないので戦いが関係するものだとよいのだが。私の話はあの男が生きているようだと伝えるだけなので、先にレブランの話を聞くことにしよう。
ギルド本部の会議室。
他には誰もおらずレブランだけだ。大きな机を挟んで向かい合って座る。私はいつものように椅子の背もたれに座る。ここに座らないと顔が机の上に出ないのだ。
「シイラさんにまた仕事に協力いただけないかと思いまして。協力いただけるなら他の担当に紹介したいんです」
「またどこかに忍び込むのか?」
「具体的なことはこれから相談して決める予定なんですが、ライゼルの仕事の時に、殺されるかもしれないといった男ですが覚えてます?」
なんと。
「覚えている」
「その男は自殺したと報告されているのですが、どうやら生きているようなのです」
自殺という言葉は聞いたことがないが、生きているということをレブランも知っているのか。
「実は私もその男のことで話があったのだ」
先に伝えておこう。
「え?」
レブランはちょっと驚いたような表情だ。
「昨日、その男と思われる人間を見かけた」
「なんと。いったいどうやって、どこで見たんですか?」
フクロウのことと、案内された建物のことを説明する。
「なるほど。確かにその男の可能性が高いですね」
腕を組んで考え込むレブラン。
「あの建物は何なのだ?」
「ああ、そこは憲兵本部が管理する囚人の収容所です」
聞いたことのない言葉が並ぶ。
「囚人、収容所、というのはどういう意味なのだ?」
「え? ああ、囚人というのは悪いことをして憲兵に捕まった人間のことで、収容所というのはそういう人間を閉じ込めておくところです」
そういうことか。
「それにしてもフクロウに案内されるなんて、人間にはありそうもないことですね」
私の方を見てほほ笑むレブラン。
まあそうだろうな。仮に人間がついていったとしても、塀に登ることはできない。
「なぜ案内されたのか理由は分からないのだが」
これは見当もつかない。
「そうですね。もしかしたら、その男をそこから出してほしがっているのかもしれません」
そうかもしれない。これまでみたいに一緒に外で行動したいだろうからな。
「話というのはその男のことを私が覚えているか聞くことだったのか?」
「え? ああ、話が途中でしたね」
そういうと机の上に腕を置く。
「その男、これまでたくさん悪いことをしているんですが、それらのほとんどは誰かに頼まれたものなんです」
冒険者はギルド本部で仕事を引き受けるが、悪いことをする仕事を引き受けられる場所があるのだろうか。
「で、誰に頼まれて何をやったかを書いた手帳があるらしいのです」
手帳というのは文字を書くための紙をまとめたものだったな。
「殺すよう指示された人物が、その手帳を手に入れるまでその男を生かしておこうと思ったようなのです」
「その手帳を手に入れて何をするのだ」
腕を組むレブラン。
「憲兵団ですから、ふつうならそこに書かれた人物を捕まえるため、ということになりますが、そうではないでしょう」
また人間が複雑なことをやっているということか。
「金を得るために使うのか?」
人間が手の込んだことをするのは、たいてい金のためだ。
「おそらく。証拠をつかんで恐喝、つまり犯罪の証拠をばらされたくなければ金を出せ、というつもりなんでしょう」
そういうとレブランは下を向いて考え込む。
「その場所に収容されている囚人について調べてみますね。正確な窓の位置はわかりますか?」
覚えている窓の位置を伝える。
「その手帳を我々もなんとか手に入れたいと思ってまして、シイラさんに手伝ってほしいのです」
そういうことか。
まあ手伝ってほしいというなら手伝ってやろう。
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